第513話影の少女の暴露と本心




 マヤメの話から、ジェムの魔物が起こした事件を振り返ってみる。

 その役割がわかれば、そこから目的が見えてくる可能性があるからだ。



『確か、サロマ村は元々コムケの街とも取引があって、その流通が途絶えたから、冒険者のギュウソたちが調査に言ったんだっけ』


 最初の依頼を受けた、あの時のクレハンの説明を思い浮かべる。


『それで、サロマ村にオークの群れを確認できたから、全滅したって事になったんだ。で、その後で私たちが駆け付けた時には、確かにオークに占領されてた。村人の誰一人の亡骸も発見されないままで……』


 違和感を感じる。


 生き残りはいないにしても、その痕跡が残ってなかったことに。

 まるで神隠しのように、100人以上の村人が消えていた事実に。



『あ、神隠しって言えば、確か酪農の村のナルハ村でも、似たような事が起きてたんだよね。牛と村人が忽然といなくなって、その調査の為にユーアと一緒に行ったんだ。ロアジムの依頼を受けて』


 その事件にもジェムの魔物が絡んでいて、やはり村人が行方知らずだった。



『で、その次はスラムの地下。こっちは最深部の大広間で、虫の魔物に攫われた、スラムの人たちが見つかったんだけど、みんな衰弱してたんだよね…… 衰弱? これもどこかで』


 記憶を呼び起こす。

 ジェムの魔物が絡んだ、数々の事件を――――


 なんて、思考の渦に飲まれていると、


『ケロ? ケロロ?』

「ん、澄香。キュートードが起きた」


 テーブルの上で寝ていた桃ちゃんが目を覚ました。


「あ、良く寝てたね? ご飯あるけど食べる?」


 目を擦っている桃ちゃんに干物を差し出す。


『ケロロ』

 

 ハシッ!


 すると、綿毛のような前足で受け取り、パクリとかぶりつく。

 時折目を細めて、いかにも美味しそうに食べている。



「はあ~、相変わらず可愛いね~」


 癒される~。


 本当に魔物だなんて、信じられないくらい可愛い。 

 真っ黒なつぶらな瞳や、頭の花もそうだけど、人間らしい仕草がいいよね。

 


「は~、こんな可愛いのがたくさんいるんだから、あの場所はある意味天国だよね~。チーム名もバタフライから、カエルシスターズに変えたいくらいだよ。帰ってきたらみんなで行きたいなあ~。あの見渡す限りにキューちゃんが溢れる、楽園みたいなシクロ湿原に…… ん、シクロ湿原? あっ!」


 桃ちゃんを見ながら思い出す。

 シクロ湿原にも、あのジェムの魔物が現れた事を。

 

 姿が消える魔物が出没し、その魔物に攻撃されると衰弱してしまう事を。

 まるで、体中の力を吸い取られてしまったかのように、弱ってしまう事を。



『そうだ。ロンドウィッチーズのリブがそう教えてくれたんだ。そのせいで仲間のマハチとサワラが危険な状態になったんだ。高価な回復薬でも追い付かないくらいに、進行が止まらなかったんだ』


 最終的には私の持っているアイテムで回復したが、この症状はスラムの人たちと酷似していた。 



『え~と、ちょっとまとめようか…… サロマ村とナルハ村では、村人がいなくなった。ここだけ聞くと、攫われたって思うけど、そもそもサロマ村は100人以上もいたのに、遺体も血痕も何も残っていなかった』


 人数に差があるが、起こった内容は一致している。

 家々が荒らされた形跡はあったが、村人だけはいなかった。



『次に、共通しているって意味では、スラムの人たちと、シクロ湿原で魔物に襲われた人たちだよね。こっちは実際に見聞きしているから、それが証拠になってる』 


 スラムとシクロ湿原で、魔物に襲われた人たちの症状。

 どちらの人たちも命に係わるほど、かなり衰弱していた。


 それはまるで、体中のエキスを吸い取られたかのように。

 生命と言うエネルギーを奪われたかのように。

 

 そう考えると、いなくなったサロマ村とナルハ村の人たちも同じかもしれない。

 その手口が違うってだけで、目的は同一な可能性が高い。



『それと恐らくだけど、発見に時間がかかる場所を選んでるよね? サロマ村にしても、ナルハ村にしても、近くに集落がないから、事件の発見に時間がかかるし。あとスラムは、隔離されたような地区だったのが、選んだ理由かな? で、シクロ湿原は、消える魔物を使う事によって、発覚までの時間を稼いだんだろうね』


 そしてもう一つ、人目を避け、秘密裏に動く、一番の理由は――――



「こっちは単純。私やフーナ達に邪魔されるのが嫌だって事。まぁ、他にも現役のAランクがいるんだから、そう言った実力者に嗅ぎ付けられ、討伐されるのを恐れてるんだよね。現にフーナ達は動き出してるし」


「ん? 澄香?」

『ケロ?』


 思わず出た独り言に、反応するマヤメと桃ちゃん。


「うん、何となくだけど、ジェムの魔物の役割と目的が分かったよ」

「ん、ジェムの魔物?」

「あ、マヤメが言う魔戒兵ってのを、私たちはジェムの魔物って呼んでるんだよ」

「ん?」


 意味が分からず、真顔でコテンと首を傾げる。


「だって、特殊な腕輪に宝石みたいの付いてる奴いるじゃん。そこから命名したんだよ。だからマヤメもそう呼んで。魔戒兵だと、周りに聞かれたら物騒に聞こえるし、シスターズ内でもそう呼んでるから」


「ん、わかった。ジェムの魔物。シスターズと一緒」


「それと、マヤメがいた組織は『エニグマ』って呼ぼうか。名前がわからないし、謎の組織って呼ぶのもおかしいからね。仮でも固有名詞があった方が、仲間内で伝わりやすいし」


「ん、了解した。エニグマ」


「うん、よろしく」 


 これで朧気ながら、ようやく見えた気がする。


 謎の組織『エニグマ』の目的の一部が。

 ジェムの魔物たちを使い、なぜ人間を襲うかの、その理由が。



「ん、そう言えば、澄香に謝りたいことあった」

「なに? 突然」

「マヤはずっと澄香の街にいた。そしてずっと見てた」

「ああ、さっきそう言ってたね。オークを倒された後で見付けたって」


 そうなると、私がこの世界に来て直ぐぐらいだ。

 うろ覚えだけど、大体5日経ったくらいかな?

 ってか、見てたってなに?



「ん、それで合ってる。そして澄香はいつも門兵に注意されてた」

「門兵? ああ――」


 きっと警備兵のワナイの事だ。

 コムケの街に入街する時に、最初に対応してくれた人だ。


 それと、注意されてたってのは、だろう。

 建屋の屋根に度々登って、移動をショートカットしてたからね。

 

 しかもその事を毎回通報してた何者かがいたらしく、私はその都度注意されてた。

 子供が真似するから危険なのと、スカートが捲れて、はしたないって理由で。



「ん、それはマヤのせい」

「え?」


 はぃいっ!?


「マヤがいつも門兵に教えてた」

「な、なんで――――」


 意味が分からない。

 いや、内心では薄々と勘づいていた。


 だって私は結構な速さで高所を移動しているんだよ?

 屋根の上、しかも、その中身まで報告する者が、只者ではないって事に。


 だからマヤメが犯人だと聞いても、そこまで驚きはしなかった。



 にしても、  



「な、なんでわざわざパンツの色まで報告するのさっ!」

「んっ! 違うっ!」

 

 そう。

 その通報者、って言うかマヤメは、その日の下着の色まで報告していた。



「んっ! だってマヤでは澄香に勝てないから、だからっ!」

「?」


 余計に意味が分からない。 

 何かを訴えてるようだけど、言葉足らずで伝わってこない。


「でも、マヤが全部じゃない。マヤは2回目から」

「ん?」


 2回目?


「マヤはずっと澄香を狙ってた。でも敵わないから悪戯した」

「え?」


 ああ、そう言う事か。


 ジェムの魔物を討伐した私の動向を、マヤメは監視していた。

 それであわよくば倒そうって、画策してたって事だ。


 でも私との実力差を知って断念し、それで腹いせに報告した。

 精神的にダメージを負わせ、少しでも戦力を落とそうと。

 

 で、2回目ってのは、初犯の時は、私の事を知らなかったって事だろう。

 そもそもその頃は、まだ冒険者なったばかりで、依頼も受けてないしね。



「ん、だから――――」


「いやいや、そんな理由で許されると思ってんのっ! 私が何回も怒られて、しかも街の人たちにまで知られてるんだよっ! ノトリの街でも、コムケの街でも、歩くのが恥ずかしいんだよっ!」


「んっ! ノトリの街はフーナのせいっ!」


「そ、それはそうだけど、でもなんで色まで報告してるのさっ! 見えるだけならまだしも、色まで知られたら、余計に視線が気になるんだよっ!」


「ん…………」


 私はユーアたちの住む、コムケの街を気に入っている。 

 そこに暮らす人々もみんな良い人ばかりだし、第二の故郷だとも思っている。


 だと言うのに、この世界に来た当初から、おかしな噂ばかりが先行して、私を見て恐がる男や、怯える子供。はたまた、視線を逸らされたり、そっと距離を取られたりで、なかなか輪に入れないでいた。


 そんな状況で、仮に、ナゴタに貰ったTバックなんて知られたら、そこへ性的な興味と視線が加わる事になる。もしそんな事になったら、私は今後いやらしい視線に、ずっと堪えなければならない。それだけは御免だ。



「ん、マヤは――――」

「うん?」

「マヤは澄香が羨ましかった」

「う、羨ましいっ!? せ、性的な目で見られるのが?」


 だったら少し距離を置くよ?

 そんな性癖の人とは付き合えないからね。



「んっ、違うっ! 澄香はいつも楽しそう。ユーアもいて、ナジメもいて、たくさんの人間に頼られて、色んな所に自由に行ける。でもマヤはずっと独り……」


「マヤメ?」


 そんなマヤメの反応に少しだけ戸惑う。


 私は軽口のつもりだったが、マヤメは違った。


 いつもの無表情ながらも、どこか寂し気に映った。

 感情が乏しいながらも、本音が垣間見えた気がした。


 そんな戸惑う私を置いて、マヤメはポツポツと話しを続ける。


「マヤは、楽しい事も、きれいな景色も、美味しい食事も、分かち合える人がいなかった。マスターがいなくなって、ずっと寂しかった。だから羨ましかった。だから悪戯した。いつか澄香に気付いて貰えるように、いつか近づきたくて、もっと分かってもらいたくて、だから―――― んっ!? 澄香?」


 ギュッ


 私はマヤメを強く抱きしめる。

 独白にも似た告白は、まるで子供が親に振り向いて欲しい、行動そのものだった。


 一人の寂しさはわかる。

 この広い世界に、たった一人取り残されたみたいで、心細いし、精神が疲弊する。


 もし最初から独りだったら、そんな事を感じないのかもしれない。  

 物心つく前から孤独ならば、きっとこれからも強く生きられる。


 だけどマヤメはそうじゃない。


 大好きな人のぬくもりを知り、大切な人の優しさにも触れた。

 それを知ったからこそ、相反する、孤独の怖さを知る。


 創造主でもあり、親でもあり、友達でもある。

 マヤメの中のマスターは、きっとそんな存在だったのだろう。


 私はユーアに出会って救われた。

 そして孤独から解放された。

 仲間も出来た。

 妹と言う、家族もたくさんできた。

  

 だったら――――



『…………うん』


 やるべき事は決まっている。

 自分のやりたい事が、みんなの幸せになると、私は信じているから。



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