第512話砂漠を目指して一日目の夜




「ここら辺にしようか? 安全そうだし」


 比較的人里からも離れ、平らなスペースを見付けてマヤメに声を掛ける。

 周りは既に暗闇に包まれ、木々の影が地面に影絵を作っていた。



「ん、澄香に任せる」


 トリット砂漠を目指しての旅の、一日目の夜。

 さすがに空では疲れが取れないという事で、地上に下りて泊まる事にした。

 


「安全って言っても、直接触れられたらバレちゃうんだけどね」


 透明壁スキルでレストエリアを覆いながら、同時に保護色にする。

 これで視認は出来ないので、普通なら見つかる事はない。

 仮に魔物が現れても、透明壁のお陰で建物も安全だ。




 『レストエリア』


 現代だとユニットハウス的な施設の建物。

 大きさは4人分から、数百人まである。

 施設内の設置物(家電品や水道関係)は無限で使用可能。

 外には音や灯りが漏れないが、外の物音は聞こえる。

 登録しないと出入り出来ない。




「ん、澄香凄い。大きい家が見えなくなった」


 それを見ていたマヤメが、若干驚いた様子で答える。



「そう言えば、マヤメは初めてだっけ?」

「ん、初めて。だから優しくして」


 そっと目を逸らし、わざとらしくモジモジと体を揺らし始める。


「はぁ、優しくも何も、中の使い方を覚えてもらうだけだよ」

「ん 中の使い方? 覚える?」

「冗談はいいから、さっさと中に入るよ。晩ご飯の準備もあるんだからね」

「ん」


 寝てしまった桃ちゃんを抱っこしながら、マヤメと二人でレストエリアに入った。  






「ん、今日も澄香の料理美味しい」


「いや、それ街で買ったのを、お皿に盛り付けただけだから」 


 レストエリア内の使い方を教えた後で、マヤメと晩ご飯を食べる。

 褒めてくれるのはいいが、私が作ったものは何一つない。



「ん、わかってる。でも美味しい」


 どこか蕩けた表情で、数々の料理を口に運ぶマヤメ。

 ゆっくりと味合うように、よく噛んで食べている。



「なんだ、わかってるじゃん。それはコムケの街の――――」


「ん、知ってる。大豆屋工房サリューの料理。オークの肉を味噌と一緒に炒めたもの。オークは澄香が倒したもの」


「あれ? そんな事まで教えたっけ? それとオークの事は――――」


「ん、こっちは、スラムに数多く群生してる、萌やしと豆腐の味噌汁。それと醤油に漬けてあるのは、スラムに現れた、シザーセクト(仮)の魔物の肉。それでこの白い飲み物は、ナルハ村の牛のミルク。それとサラダの上に乗ってるのはチーズ」


 一口ずつ口に運びながら、一つずつ食材の出所を説明するマヤメ。


「へ~、随分と詳しいね。さすがは偵察役ってところなのかな? そこまで詳しいと、まるでストーカーみたいだけど」


「ん、ストーカー違う。マヤはただの追っかけ。それとこの食材たちは、澄香が救った街や人たちのものばかり。だから美味しい。みんなの想いや、澄香の想いがこもってるから…… ん、ごちそう様でした」


 空になった食器を前に、手を合わせて一礼をする。

 確かにマヤメの言う通り、どれもこれもが私が関わった食材だ。



「はい、お粗末さまでした。てか、随分食べたね? 軽く私の2倍食べてるけど、それってエネルギーの代わりになるの?」


 汚れた食器を収納しながら、疑問に思った事を尋ねてみる。

 平常時はアイテム(メンディングロッド)で補給をしているからだ。



「ん~、殆どならない」


 フルフルと首を横に振る。


「なら、何になるの? そもそも何処に消えるの?」


 そこが一番の疑問だ。


 ここに来る間にも、三食キチンと食事はとっていた。

 なんならオヤツのお代わりも所望してたぐらいだ。



 そんなマヤメは今のやり取り通りに、人間とは異なる存在だ。

 その事実を本人から明かされた時には、少しだけ驚いたっけ。


 なら何者って話になるけど、どうやらカテゴリーでは生物に分類されるらしい。


 確かに人間と構造が違うかもだけど、見た目だけでは区別がつかない。

 それにこうして食事も話も出来るのだから、人間と同等だと思っている。


 もっと極端に言えば、人工的、実験的、実践的に、培養されて、マヤメが作られたって聞いても、今後の付き合い方を変えるつもりはない。


 それを決めるのは、一般的な倫理観や道徳観、身勝手な価値観ではなく、私自身がどう見て、どう思って、どう感じたかだ。


 そもそもそんな事に拘っていたら、魔物の桃ちゃんとだって、永遠に相容れない種族同士になってしまうから。

 

 

 

「ん、マヤはマスターに最初に創られたバイオンボロイド」


 何やら唐突に説明が始まった。

 ビッと背筋を伸ばし、微妙に誇らしげに話し始めたが、



「違うでしょ? 何か余計なの入ってるよ」


 そんなマヤメにすかさず突っ込む。

 正体については、コムケの街からノトリの街への道中で聞いていたし。



「ん? 何が違う?」 

「『バイオロイド』でしょ?」

「ん、そう。それで合ってる」

「てか、自分が何者かぐらいちゃんと覚えておきなよ」

「ん、そうする。今度からはみんなにそう説明する」


 何かを決意したように、グッと拳を握る。

 

「いや、それは止めておきなって。中には怯える人もいるんだから。そう言えばさ、マヤメっていつからコムケの街にいたの? さっき、オークの肉を食べて、私が倒したとか言ってたよね?」


 今の話で出たオークと言えば、一つの村を全滅に追い込んだ魔物で、その討伐をきっかけに、私はコムケの街で英雄と呼ばれる事となった。

 もう一つ注釈を入れると、ジェムの魔物との初遭遇した時でもある。



「ん、マヤは最初からコムケの街に配置されてた。そして魔戒兵が倒されたと聞いて、澄香とユーアの事を知った」


「なるほどね……」


 ならマヤメは私を直接追ってきたわけではなく、魔戒兵ってやつを倒した何者かを追ってきて、その先で私を見つけたって事だ。


 そうなるとマヤメが所属していた謎の組織―――― 仮に『エニグマ(謎)』と名付けようか、人前では言いにくいしね。 


 で、今のマヤメの話から分かる事は、エニグマはジェムの魔物(魔戒兵)を生み出し、この大陸に解き放った組織で、その動向を監視しているって事だろう。



「なら、その役割はなに? わざわざ監視しているって事は、自分たちでその行動を制御できないって事? 不測の事態になったら、それに対処するために誰かが送られるって事? いや――――」


 何となく予想してみるが、何かが違う。

 

 そもそも制御できない魔物をどうにかするなんて、かなり危険を伴うし、使い捨てのような魔物に、そこまでリスクを負うのもおかしな話だ。


 なら――――



「ん、マヤは澄香を始末しろと言われた」

「だよね」


 当然そうなる。


 監視をしているわけではなく、倒したかに危険を感じている。

 目的の遂行の為に、ジェムの魔物を倒した何者かを脅威と捉えている。

 

 

「そうなると、魔物を各地に放った役割は何かって話だよね…… マヤメは他に知ってることない? 気になった事でもいいけど」


 神妙な表情で私を見つめている、マヤメに振ってみる。


「ん、マヤはそこまで知らされていない。けど、少し予想できる」

「予想? どんな事?」

「ん、澄香も気付いているかも。共通点が多いから」 

「共通点? もしかしてこれ?」


 アイテムボックスから、謎の腕輪を一つ取り出す。


「ん、それもそうだけど、魔戒兵の役割とは違う」

「そ、そう言えばそうだね」


 少しだけ恥ずかしくなり、急いでアイテムボックスに戻す。


「ん、澄香はオークのいたサロマ村で何か気付かなかった? それとスラムの地下での事」

「サロマ村とスラムの地下?」

「ん、あと他に魔戒兵が現れたところで」

「他にって言うと、最近だと酪農で有名なナルハ村と、え~と……」


 天井を見上げながら、マヤメのヒントを頼りに考えてみる。

 ジェムの魔物が出没した地域と、そこで起きた共通点について。

  

 確かに薄々とは感じていた。

 その都度違和感を覚えていた。


 私の直感、そしてマヤメの予想が正しければ、ある事実が浮かび上がるはずだ。



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