第512話砂漠を目指して一日目の夜
「ここら辺にしようか? 安全そうだし」
比較的人里からも離れ、平らなスペースを見付けてマヤメに声を掛ける。
周りは既に暗闇に包まれ、木々の影が地面に影絵を作っていた。
「ん、澄香に任せる」
トリット砂漠を目指しての旅の、一日目の夜。
さすがに空では疲れが取れないという事で、地上に下りて泊まる事にした。
「安全って言っても、直接触れられたらバレちゃうんだけどね」
透明壁スキルでレストエリアを覆いながら、同時に保護色にする。
これで視認は出来ないので、普通なら見つかる事はない。
仮に魔物が現れても、透明壁のお陰で建物も安全だ。
『レストエリア』
現代だとユニットハウス的な施設の建物。
大きさは4人分から、数百人まである。
施設内の設置物(家電品や水道関係)は無限で使用可能。
外には音や灯りが漏れないが、外の物音は聞こえる。
登録しないと出入り出来ない。
「ん、澄香凄い。大きい家が見えなくなった」
それを見ていたマヤメが、若干驚いた様子で答える。
「そう言えば、マヤメは初めてだっけ?」
「ん、初めて。だから優しくして」
そっと目を逸らし、わざとらしくモジモジと体を揺らし始める。
「はぁ、優しくも何も、中の使い方を覚えてもらうだけだよ」
「ん 中の使い方? 覚える?」
「冗談はいいから、さっさと中に入るよ。晩ご飯の準備もあるんだからね」
「ん」
寝てしまった桃ちゃんを抱っこしながら、マヤメと二人でレストエリアに入った。
※
「ん、今日も澄香の料理美味しい」
「いや、それ街で買ったのを、お皿に盛り付けただけだから」
レストエリア内の使い方を教えた後で、マヤメと晩ご飯を食べる。
褒めてくれるのはいいが、私が作ったものは何一つない。
「ん、わかってる。でも美味しい」
どこか蕩けた表情で、数々の料理を口に運ぶマヤメ。
ゆっくりと味合うように、よく噛んで食べている。
「なんだ、わかってるじゃん。それはコムケの街の――――」
「ん、知ってる。大豆屋工房サリューの料理。オークの肉を味噌と一緒に炒めたもの。オークは澄香が倒したもの」
「あれ? そんな事まで教えたっけ? それとオークの事は――――」
「ん、こっちは、スラムに数多く群生してる、萌やしと豆腐の味噌汁。それと醤油に漬けてあるのは、スラムに現れた、シザーセクト(仮)の魔物の肉。それでこの白い飲み物は、ナルハ村の牛のミルク。それとサラダの上に乗ってるのはチーズ」
一口ずつ口に運びながら、一つずつ食材の出所を説明するマヤメ。
「へ~、随分と詳しいね。さすがは偵察役ってところなのかな? そこまで詳しいと、まるでストーカーみたいだけど」
「ん、ストーカー違う。マヤはただの追っかけ。それとこの食材たちは、澄香が救った街や人たちのものばかり。だから美味しい。みんなの想いや、澄香の想いがこもってるから…… ん、ごちそう様でした」
空になった食器を前に、手を合わせて一礼をする。
確かにマヤメの言う通り、どれもこれもが私が関わった食材だ。
「はい、お粗末さまでした。てか、随分食べたね? 軽く私の2倍食べてるけど、それってエネルギーの代わりになるの?」
汚れた食器を収納しながら、疑問に思った事を尋ねてみる。
平常時はアイテム(メンディングロッド)で補給をしているからだ。
「ん~、殆どならない」
フルフルと首を横に振る。
「なら、何になるの? そもそも何処に消えるの?」
そこが一番の疑問だ。
ここに来る間にも、三食キチンと食事はとっていた。
なんならオヤツのお代わりも所望してたぐらいだ。
そんなマヤメは今のやり取り通りに、人間とは異なる存在だ。
その事実を本人から明かされた時には、少しだけ驚いたっけ。
なら何者って話になるけど、どうやらカテゴリーでは生物に分類されるらしい。
確かに人間と構造が違うかもだけど、見た目だけでは区別がつかない。
それにこうして食事も話も出来るのだから、人間と同等だと思っている。
もっと極端に言えば、人工的、実験的、実践的に、培養されて、マヤメが作られたって聞いても、今後の付き合い方を変えるつもりはない。
それを決めるのは、一般的な倫理観や道徳観、身勝手な価値観ではなく、私自身がどう見て、どう思って、どう感じたかだ。
そもそもそんな事に拘っていたら、魔物の桃ちゃんとだって、永遠に相容れない種族同士になってしまうから。
「ん、マヤはマスターに最初に創られたバイオンボロイド」
何やら唐突に説明が始まった。
ビッと背筋を伸ばし、微妙に誇らしげに話し始めたが、
「違うでしょ? 何か余計なの入ってるよ」
そんなマヤメにすかさず突っ込む。
正体については、コムケの街からノトリの街への道中で聞いていたし。
「ん? 何が違う?」
「『バイオロイド』でしょ?」
「ん、そう。それで合ってる」
「てか、自分が何者かぐらいちゃんと覚えておきなよ」
「ん、そうする。今度からはみんなにそう説明する」
何かを決意したように、グッと拳を握る。
「いや、それは止めておきなって。中には怯える人もいるんだから。そう言えばさ、マヤメっていつからコムケの街にいたの? さっき、オークの肉を食べて、私が倒したとか言ってたよね?」
今の話で出たオークと言えば、一つの村を全滅に追い込んだ魔物で、その討伐をきっかけに、私はコムケの街で英雄と呼ばれる事となった。
もう一つ注釈を入れると、ジェムの魔物との初遭遇した時でもある。
「ん、マヤは最初からコムケの街に配置されてた。そして魔戒兵が倒されたと聞いて、澄香とユーアの事を知った」
「なるほどね……」
ならマヤメは私を直接追ってきたわけではなく、魔戒兵ってやつを倒した何者かを追ってきて、その先で私を見つけたって事だ。
そうなるとマヤメが所属していた謎の組織―――― 仮に『エニグマ(謎)』と名付けようか、人前では言いにくいしね。
で、今のマヤメの話から分かる事は、エニグマはジェムの魔物(魔戒兵)を生み出し、この大陸に解き放った組織で、その動向を監視しているって事だろう。
「なら、その役割はなに? わざわざ監視しているって事は、自分たちでその行動を制御できないって事? 不測の事態になったら、それに対処するために誰かが送られるって事? いや――――」
何となく予想してみるが、何かが違う。
そもそも制御できない魔物をどうにかするなんて、かなり危険を伴うし、使い捨てのような魔物に、そこまでリスクを負うのもおかしな話だ。
なら――――
「ん、マヤは澄香を始末しろと言われた」
「だよね」
当然そうなる。
監視をしているわけではなく、倒した
目的の遂行の為に、ジェムの魔物を倒した何者かを脅威と捉えている。
「そうなると、魔物を各地に放った役割は何かって話だよね…… マヤメは他に知ってることない? 気になった事でもいいけど」
神妙な表情で私を見つめている、マヤメに振ってみる。
「ん、マヤはそこまで知らされていない。けど、少し予想できる」
「予想? どんな事?」
「ん、澄香も気付いているかも。共通点が多いから」
「共通点? もしかしてこれ?」
アイテムボックスから、謎の腕輪を一つ取り出す。
「ん、それもそうだけど、魔戒兵の役割とは違う」
「そ、そう言えばそうだね」
少しだけ恥ずかしくなり、急いでアイテムボックスに戻す。
「ん、澄香はオークのいたサロマ村で何か気付かなかった? それとスラムの地下での事」
「サロマ村とスラムの地下?」
「ん、あと他に魔戒兵が現れたところで」
「他にって言うと、最近だと酪農で有名なナルハ村と、え~と……」
天井を見上げながら、マヤメのヒントを頼りに考えてみる。
ジェムの魔物が出没した地域と、そこで起きた共通点について。
確かに薄々とは感じていた。
その都度違和感を覚えていた。
私の直感、そしてマヤメの予想が正しければ、ある事実が浮かび上がるはずだ。
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