第511話別世界のシスターズ?




「本当にその能力は厄介だね。間合いを取った意味が無くなるよ」


「んっ! でも澄香には当たらないっ! ギリギリで躱されて、すぐ反撃される。意味の無いのはこっちっ!」


「まぁねっ! 脊髄反射でのカウンターにも慣れてきたから、もっと熟練度が上がったら、躱す動作がそのまま攻撃に繋がるよ」


 シュッ!


「んっ!? ヤバいっ!」



 ノトリの街を出発して、約5時間がたった頃。

 スキルでの空の旅にも些か飽きて、今はマヤメと摸擬戦の最中だ。

 

 もちろん武器は無し。お互いに無手で戦っている。

 

 あ、戦っていると言うと勘違いされちゃうけど、実際にはルールがあって、アイテムとスキルは使用可。そしてお互いの頭に着けている『メンディングロッド』を取った方の勝ち。


 因みに私も着けてるけど、メンディングロッドとしての効果はない。

 どうやらアバターは人間として認識されているらしい。

 なので回復も修復もしてくれない。


 そんな訳で、摸擬戦と言うか、ゲームに近い感じで体を動かしている最中だ。



「って、また消えたっ!? マジでチートだってその能力」


『んっ! 今度こそ取った』


「甘いよっ!」


 マヤメのロッドに触れそうになった瞬間、その姿が私の足元に消える。

 そして背後から出てきて、カウンターとばかりに、私のロッドを奪おうとする。



 マヤメのスキル『インビジブルDシャドー(LV.5)』


 これが非常に厄介で、半径10メートルの範囲内ならば、瞬く間に相手の影に潜る事ができ、一気に間合いを詰められる。



「んっ! 本当に当たらない。メドだって避けられなかった。でもこれなら――」


『ケロロ?』


 目の前に現れたマヤメの姿が再び掻き消える。

 そしてあろうことか、椅子の上で観戦している桃ちゃんの影から出てきた。



 ビュンッ!


「おっと、危ない。そのマフラーも便利すぎ」


「んっ! 悔しい」


 ロッドを狙って伸びてきた、黒のマフラーを躱して距離を取る。

 伸縮自在なマフラーもマヤメの持つアイテムだ。



 マヤメ専用アイテム『テンタクルシャドーマフラー』


 かなり汎用性が高いアイテムで、その名前のように、影の触手を伸ばして相手を掴むことや、更に、硬さや形状を変化させれば、拘束の他にも、打撃や斬撃にも使えるものだ。



「んっ! 本当に澄香は凄いっ! 澄香は能力もアイテムも使ってない。なのにマヤの攻撃が全然届かない。蝶のようにヒラヒラと躱されるっ!」


「マヤメだって中々のものだよ? 能力もそうだけど、身のこなしと体幹のレベルが高いよね。それと目がいいからか、ギリギリで躱してるし」


「んっ! でも澄香には全然敵わないっ! 見てないのに躱されるっ!」


「ああ、私の場合は、相手の目線や初動の起こりを見て、そこから派生する動きを予測してるからね。それと表情から感情も読み取って、次に何を仕掛けて来るか予想もしてるからね。ただマヤメの場合は後者は難易度高いけど」


 息が乱れ始めたマヤメの攻撃を躱しながら説明する。


「んっ! そんなのズルイっ! マヤは出来ないっ!」


 ヒュンッ!


「そりゃそうだよ。マヤメもそこそこ戦い慣れてるみたいだけど、もっと経験が必要だよ。私だって、毎日4桁近い戦いを5年以上こなして、まだこの程度だしね」


「んっ!? 4桁5年…… なんか澄香の強さの秘密がわかった気がす…… あっ! ズルイっ!」


 パシッ!


「隙ありっ! これで10連勝だね」


「ん、悔しい」


「そろそろお茶にしようか? マヤメも疲れたでしょう?」


 手に取ったロッドを頭に戻してあげながら、そう提案する。


「ん、悔しい。でもそれは賛成」


「なら準備するから、桃ちゃんと待ってて。話の続きも聞きたいし」


「ん、待ってる」



 いつものテーブルセットを広げ、マヤメと二人席に着く。

 桃ちゃんは私の膝の上でウトウトしている。

 因みにまだ空の上を移動中だ。



「で、結局その組織って何をしたいの? ってか、名前ないの?」


 代り映えのしない景色を横目に、摸擬戦前のマヤメとの話を再開する。



「ん、ない。と思う。マヤはそこまで知らない」


「はぁ? メンバーが知らないなんて事あるの? それじゃ自分が働く店の名前を知らないアルバイトみたいじゃない」 


「ん? あるばいと?」


「ううん、なんでもない。そっか、ならそこまで秘密にする理由が別にあるって事かぁ。余程存在を知られたくないみたいだね、その組織」


 組織名まで秘匿する理由が不明過ぎる。

 一体仲間内でどう呼び合ってるんだろうか?


 もしかして仲間意識のない、有象無象の寄せ集めなのかな?

 それか、そこまで固有名詞に拘ってないとか?



「ん、でも一つだけ知ってる名前ある」


「ん? なに」


「ん、シスターズ」


「シスターズ? って、もしかして前にバタフライって付かないよね?」


 もしそうだとしたらモロパクリだよ?

 その名前で悪行三昧を繰り返してたら、風評被害を受けるのはこっちだよ?



「ん、違う。『リバースシスターズ』って呼ばれてた」


「リバース?」


「それとリーダーは、真っ赤な全身鎧とを持ってる『タチアカ』って名前で、時たま『逆転劇』がどうこう言ってた」


「うん? タチアカは恐らく『赤い太刀』。それと逆転劇は『リバーサル』? そしてリバースシスターズのリバースは『ひっくり返す』…… まさかね」


「ん?」


 ここまでの話を聞き、過去の自分の居場所を思い出す。

 この世界に来る切っ掛けとなったであろう、とあるゲームの名前を。


 

『リバースワールド・リキャプチャーズオンライン』


 このゲームは、プレイヤーが新規登録と同時に、それぞれ特色の違う『表』と『裏』との二つの世界を選択できるが、一つのアカウントで片方しか選べないものだった。

 ただ一つのゲームに、2種類の世界観を味わえるって事で、非常に人気が高かった。因みに私は表世界を選んだ。


 その二つの世界の違いはと言うと――――



 表世界:近未来風のSFチックな世界。

     兵装は銃火器等の近代兵器が主。

     現れる敵はマシナリー系が殆ど。 


 裏世界:ファンタジー色が強い世界。

     剣や魔法、召喚と言った、昔ながらのRPG風。

     敵も魔物や幻獣などが多い。


 基本的にお互いの世界を行き来することは出来ない。 

 それぞれの世界で発生するイベントや、ランキングに参加するだけだった。


 

『なんだけど、ゲーム内の時間で10年毎に『表』と『裏』世界を行き来できる、お祭りみたいなイベントがあったんだよね。アイテムも珍しいものがあったし、プレイヤーと交換も出来たから、かなり盛り上がってたな。お互いの世界を体験できる交友会みたいなものだったけど』


 私ももちろん参加した。

 でもいつも独りだった。


 だからひたすらアイテム集めに翻弄してた。

 収集の趣味はないけど、参加できなかった清美に上げるために。



『それで、そのイベントで一番の目玉は、表と裏世界を巻き込んでの、ランキングバトルだったな。報酬も豪華でレアなものが多かったし、私の装備もそこで手に入れたんだよね』


 凡そSFチックな表世界のデザインとは、かけ離れた私の装備。

 『M.Swallowtail butterfly(ゴスロリ風)』


 能力は割愛するとして、世界観とズレているのにはそう言った理由があった。

 恐らく、表と裏の特色を混ぜ込んだ、デザインと能力なのだろう。


 だがそのお陰で、表世界で目立つのには参った。

 何度も対戦を挑まれて、嫌になったこともあった。

 もちろん全て消滅させたけど。



『けど、その何回目かのランキングバトルで、私よりも強い人もいたな。この装備を手にする前だったけど、あの時は優勝争いでギリギリで負けたんだっけ。確かその時の優勝者の報酬は、深紅の……』


 太刀と鎧。だったはず。

 裏世界から来た、古参女性プレイヤーだったと記憶している。



 それと一番気になるのは『逆転劇』と言う単語。

 真偽の程は定かではないが、一部で囁かれていたある話。


 表と裏をひっくり返す『裏技』が存在すると言う。

 情報の出所も、その条件も何もかも不明だが、一時期その噂で持ちきりだった



「いや、まさかね? それだと色々と矛盾が…… てか、そもそも何のために?」


「ん、澄香、どうしたの?」

『ケロ?』


「え? いや、何でもないよ。それより紅茶のお代わりいる?」


 マヤメの呼びかけに顔を上げ、慌てて返答する。


「ん、ありがとう。でも澄香のは冷めてる」

「あ、なら私の分は淹れなおすよ。冷めちゃうと美味しくないからね」

「ん、ならマヤが淹れてあげる」

「うん、ありがとう。あとおやつもお代わりだすね」

「ん」


 

 マヤメと私たちの旅は、まだまだ始まったばかり。


 どこまでも青く澄んだ、遠くの空を眺めながら、暗雲が訪れないことを密かに願った。


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