第504話無邪気な曲者




『リフレクトマジックソーサー』


 直径は20cm程の◇型の形状のミラー。

 4機セットで所有者の周りに浮遊展開し、独立して操作可能。


 レーザー系(魔法)を反射させることが出来るが、

 ソーサーの直径を超えるものは反射出来ない。

 ただし4機組み合わせての使用も可能。

 


 ※追加性能


 魔力を貯留する事が出来、任意で射出できる。

 威力は込めた魔力の量に比例し、一気に放出する。

 1機につき1発のみ。


 

――――――



「いつまで纏わりついてるのよっ! この魔法はっ!」


 翼に張り付いたままの『風の縫い針』に、苛立ちを抑えきれないエンド。

 風の魔法を纏っている効果で、押し付けられるように密着している。 


 ダメージは全くないが、それが逆に癇に障る。


 自慢の翼に異物が触れている煩わしさと、殺傷力の殆どない魔法を引き離せない事が、更にエンドの感情を逆撫でしていた。



「ふふん、中々いいでしょっ! その魔法は、ロンドウィッチーズのマハチとサワラさんに教わったのよっ! 本当は皮膚や衣服を貫いて、地面や壁に縫い付ける魔法なんだけどねっ!」


 魔法の効果に満足したラブナが、得意げな顔で鼻を鳴らす。

 端から見れば煽ってるように見えるが、素で自慢していた。



「く、本当に鬱陶しい…… けれど――――」


 シュン


「え? あっ!」


 バササッ!


「こんなもの翼を出し入れすれば、簡単に剝がせるじゃないの? ふふん」 


 大袈裟に翼を広げて、術者であるラブナに煽り返す。



「それじゃ、そろそろこちらからも行かせてもらうわ」


 ラブナの周りに残る、2枚の鏡をチラと見ながら、地上にいる三人に向けて翼を広げる。



『この娘の話が本当ならば、残りは2発だけだわ。どれだけの魔力を込めたか知らないけど、今の状態であれを喰らうのだけは、なるべく避けたいわね』


 凡そ人族からは、考えられない程の魔力を帯びた弾。

 恐らく数か月を費やし、魔力を籠めたのだろうと推測する。


 全般的に竜族は、魔法に対する耐性は高いが、それでも油断はできない。

 先ほどの風の魔法もそうだが、奇策や搦め手で来る可能性が高い。



『個体としての能力は我たちより断然低いけど、それを補う知能や技能が高いわね。本当は一網打尽にしたいところだけど、何を仕掛けてくるかわからないところが不気味だわ。フーナとは真逆でも、そこが一気に攻められない理由よね……』


 力と力の激突ならば、そこまで警戒するに値しない。

 単純に力が勝っている者が勝つからだ。


 だがここにいる三人は、だけでは通じない。 

 仮に通じたとしても、何かしらのしっぺ返しを喰らう可能性が高い。


 だから用心するに越したことはない。

 この者たちとの戦いは何が切っ掛けで、戦況が覆るか予想できないのだから。



『ただあの人間だけは、二人に比べてこの場に相応しくないわね。開幕だけはおかしな短弓と鎖で仕掛けて来たのに、今は口を挟むだけで殆ど動かないし』


 この国では稀有な、銀髪で深緑の瞳を持つユーアに視線を向ける。

 二人に比べて明らかに、戦闘力が劣っている小さな子供。


 アドのように純朴に見えるが、アドはそれでも強者の雰囲気を纏っている。

 だがこの子供からは、敵意も殺気も未知なる畏れも感じない。


 この場にいても俯瞰で戦場を見ているような、物見遊山で対岸の戦を覗いているような、そんな摩訶不思議な印象をエンドは受ける。


 


「水よ火よっ! 目の前の敵を惑わす霧となれ『迷霧めいろ』」


 下降し始めたエンドに向けて、ラブナが魔法を放つ。  

 それは霧を大量に発生させる、火と水の混合魔法だった。



「そんなもの。我の翼の一振りで一気に晴らしてあげるわ」


 巨大化したままの翼で一振りする。

 一瞬にして視界が開けるが、すぐさま濃密な霧が発生し、瞬く間に視界を塞ぐ。


「ん? これは?」


 それはエンドだけではなく、この広場の全てを覆い、更に空まで広がっていく。

 その影響か、術者と他の二人も濃い霧に包まれて、姿が見えなくなる。

 


「なるほど。持続性の魔法ってわけね? 何となく位置はわかるけど、でもこれだけ視界が悪いと、この大きさでは返って動きにくいわね」


 地上には、ナジメの魔法でそびえ立ったままの、爪の塔が残ったままだ。

 そこへ激突することを懸念して、巨大化したままの翼を小さくする。



「……何も見えないわ。けど、匂いはこの霧の中でも何となくわかるわね。これじゃあ正確な位置がわからないけど、それは嗅覚の弱い人間の方が圧倒的に不利になっただけ。一体自分たちの首を絞めて何がしたいのかしら? おかげであの魔力弾を警戒しなくてすむわね、ふぅ……」


 気が抜けたわけではない。


 だが警戒するものが一つ減ったことで、自然と気持ちが緩んだ事に気付かないエンド。 


 でもそれは仕方のない事。

 脅威の一つが減った事で、緊張の糸が緩むのは、誰にでもあり得る事。


 そもそも今のエンドにとっては、あの魔力弾だけを注意すればいいだけ。

 それ以外の攻撃魔法は、仮に受けたしても、そこまで脅威には感じていなかった。


 それは種族として生まれ持った、堅牢な肉体と膨大な魔力。

 それがエンドの自信の根幹となる、もっともな理由だった。


 

「あっちね」


 何となくの匂いを頼りに、溢れ出る濃霧の中を突き進む。

 時折障害物が現れるが、スピードを落とすことなく、縫うように進んでいく。



「先ずは、この霧を発生させている術者が先ね。その後でナジメを敗北させれば、この戦いは我の勝ち。もう一人の子供もそれを見れば、さすがに観念するでしょうし」


 ユーアの索敵を後回しにし、最優先でラブナを探す事に決める。

 


 恐らくその考えは間違ってはいない。

 戦場を整えることは、より自分に有利になるからだ。

 


 だがエンドは気付いていなかった――――



「見付けたわ。この先ね」



 ――優先すべき索敵順位を間違ったことに。


 この状況こそが、ある人物にとって、最大の能力を発揮できる環境だってことに。

 


 ピキンッ! ×2



「なっ! 我の翼がっ! 後ろっ!?」


 後方より何者かの攻撃を受け、2枚の翼が一瞬にして凍結する。

 何の予兆もなく受けた攻撃に、血相を変えて振り返るが、

 


「い、いつの間に背後へ―――― はっ! いな…… い?」


 振り返ったエンドの瞳に映ったのは、濃霧に覆われたままの真っ白な空間だった。

 その際に、追いかけていた者の匂いも遠ざかって行った。



 パリンッ


「魔法は大したことないわ。けど、どこから……」


 氷を軽く振り払い、目を凝らした瞬間に、更なる攻撃がエンドを襲った。

 


 ボボンッ!



「ぐっ! また背後からっ!」


 背中に強い衝撃を2度受ける。 

 何かが爆発したような衝撃に、僅かによろける。



「一体どこから?」


 視覚はあてにならないと判断し、すぐさま嗅覚に切り替え、周囲を窺う。



『――――何かいるわね。一人だけ動き回る何者かが…… あれね』


 匂いを感じたと同時に、霧の中で薄っすらと動き回る影を発見した。


 その影は何かを蹴り、空中を跳ねる様に、高速移動を繰り返していた。

 どうやら爪の塔を足場にして、宙を移動をしているようだった。



「それにしても、あの動きは?…………」


 発見したはいいが、エンドには覚えがなかった。

 そのような身体能力を持つ者は、ここにはいなかった筈。


 一蹴りで、視界の端から端まで、瞬く間に移動する影。

 そして跳躍を繰り返しながら、絶え間なく魔法を放ってくる。



「さっき受けた氷柱のようね。どうやって移動しているかは不明だけど、この魔法の先にラブナがいるって事ね」


 ジグザクに躱しながら、魔法を撃ってくる影を見付けて追いかける。


 

 ところが、


 ボボンッ!


「ぐっ!」


 またもや背中に被弾して、小さく呻き声をあげる。


「ま、また後ろからっ!」


 慌てて後ろを振り返るエンドだったが、


 バチンッ!


「なっ! これは、あの銀髪のユーアって子供のっ!?」


 今度は、麻痺効果のある光の矢を受けて動きが鈍る。



「い、一体どこからっ! しかもこの視界の中で―――― く、またっ!」


 動きが鈍ったエンドに、更に5本の矢が突き刺さり、数舜硬直する。

 


『なんなのよ、あのユーアって子供はっ! この霧の中で、ここまで正確に狙って来るなんておかしいわっ! まるで我の姿が視えてるみたいじゃないっ!』


 エンドは混乱する。そして後悔した。

 何の脅威も感じなかったあの子供が、ここ一番の曲者だった事に。



 ジャリンッ!


「っ!?」


 更に追撃とばかりに、十本の鎖がエンドを拘束する。 

 振り払うのは訳ないが、麻痺の効果の影響で、僅かにもたつく。



 そこへ、



『ガウ――――――ッ!!』



「きゃっ! な、な、何よこの魔物はっ!?」


 突如、目の前に現れた魔物に驚き、思わず可愛らしい声が出る。


 その大きさは、優に20メートル超えるウルフの魔物だったのだから、エンドが驚くのも無理はなかった。


 

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