第501話愉快なエンド




 シクロ湿原とサロマ村での各地の戦いが、ようやく終焉を迎えたその半刻前、コムケの街にある、スラムと呼ばれる外れの広場では、ナジメを筆頭に、フーナの家族のエンドとの戦いが続いていた。




「ラブナよっ! 無闇矢鱈むやみやたらに魔法を放つでないぞっ! 空を自在に飛ぶあ奴には、狙いが付けにくいし、威力も下がるのじゃっ!」


 魔法を乱発するラブナに、土の竜に乗ったナジメが叱責する。

 

「わかってるわっ! けど、あんな澄まし顔で躱されたら頭に来るのよっ! それに当たれば地面に落ちてくるでしょっ! アタシの魔法だって強くなってるんだからねっ! 土よ我が敵を穿つ大爪となれ『土爪大柱』」


 ナジメの言葉は届いているが、それでも諦めずに次なる魔法を放つラブナ。

 巨大で鋭利な土柱がエンドを襲うが、軽やかに躱されていた。


 負けん気が強いのがラブナの長所だが、それでも今の現状では空振りに終わる。

 この状況は誰が見ても、無駄に魔力を消費してるとしか映らなかった。


 しかも無作為に放った魔法の影響で、ナジメもユーアも動きにくかった。

 塔のような柱が、無数に地面から空に向かって生えだし、それがストレートに言うと邪魔だった。



 そこへ見かねたユーアが、ナジメに続いて注意する。


「ラブナちゃんっ! ナジメちゃんの言う通りだよっ! ボクが頑張ってエンドちゃんの動きを止めるから、そこを狙った方がいいよっ! それに地面がぐちゃぐちゃだよぉっ!」


 いつもより語尾が高いのは、ちょっとだけオコだからだろう。



「え? で、でも、ユーア――――」


「もうっ! でもじゃないでしょっ! ナジメちゃんの竜さんだって動きずらいんだよ? ラブナちゃんの魔法が凄いのはわかるけど、みんなが困ってるんだからねっ!」


「う、は、はい。少し自重します…………」


 ユーアの剣幕に押されて、さすがのラブナもシュンとなる。  

 姉を自称しているが、胸以外の成長は妹以下だった。



「はぁ、ようやく無駄な事をやめたわね。そもそもそんな魔法に当たっても、我がダメージを負う事はないわ。自信を持つことは悪い事ではないけど、そこに実力が伴っていなければ、それはただの愚か者よ。あなたは確実に後者ね」


 そんな三人のやり取りを聞いていたエンドが、溜息交じりに横槍を入れる。

 って言うか、誰が見ても明らかに挑発している。



「うるっさいわねっ! 何が無駄で、誰が愚か者――――」

「ラブナちゃんっ!」

「うえっ!? だ、だって、あいつがアタシの事を」


 エンドの挑発に敏感に反応したラブナだったが、ユーアの一喝で、またしどろもどろになる。   


「それにしても、そこの赤い娘は――――」


 血気盛んに突っかかるラブナを見て、またエンドが口を開く。

 外したとはいえ、大規模な魔法を乱発した人間を、どこか値踏みするように。



「赤いってなによっ! アタシはラブナよっ! さっきからナジメやユーアが呼んでたでしょうっ! いい加減名前ぐらい覚えなさいよっ! 頭悪いんじゃないのっ!」


 唐突に声をかけられたラブナだったが、呼び方が気に入らなかったようで、空にいるエンドをビッと指差し反論し、ついでに煽り返す。 



「あら? そうだったかしら。我はあまり人間の呼称に興味がないから、無意識の内に聞き流してたみたいだわ。え~と、あなたがラブナで、その隣のもう一人の人間が――――」


「ボクはユーアだよっ! エンドちゃんっ!」


 自分に目線が移ったのがわかり、シュタと手を上げて自己紹介するユーア。



「そう、ユーアだったわね。 ん? その髪の色は、どこかで…………」

「ご、ごほん。わしは――――」


 自己紹介をした二人を見て、自分も名乗らなければと、口を開いたナジメだったが、


「あなたは開墾の鉄壁幼女のナジメでしょう? だから紹介は要らないわ」 


「んなっ!」


 自己紹介を途中で遮られ、土竜の中で間抜けな声を上げる。 



「それにあなたは元Aランクでしょう? だからこの国以外でも有名だわ。今でも現役だったら、最高ランクの候補者に名前が挙がるくらいには」


「むう、それほどわしは自覚していないんじゃが、この国の外でも有名なのか? なんだか面と向かって言われるとこそばゆいのぉ」


 次いで、まんざらでもなさそうに竜の中で破顔する。 


「まぁ、どちらかと言うと、珍しい経歴と種族だってのが先だってはいるわね。それでもその高度な土魔法以外にも、他の属性を高いレベルで扱えることも有名だわ。いづれアイツらに目を付けられるくらいには」


「うむうむ、そうじゃったか…… ん? 最後はなんと?」


「いいえ何でもないわ。それよりももうおしゃべりはお終いよ。我は我の目的と、退屈を埋めにここにいるのだから。だからもっと楽しませなさいな? 蝶の英雄の仲間がどれだけの力を持っているのか、人族が竜族相手にどこまで食い下がるのか、それをこの我に見せて頂戴っ!」


 ババッ


 馴れ合いは終了とばかりに、巨大化した両腕を空に掲げる。 


「あっ!」

「え?」

「んなっ!?」

 

 すると、巨大な異形の腕の背後に、それよりも更に巨大な黒い影なるものが出現し、三人は息をのむ。



「ふふ、それじゃここからは、地べたを這い続ける愚かな人間と、地でも空でも頂点に立つ、我たちとの差を見せつけてやるわ」


 驚愕する三人を見下ろし、台詞とは裏腹に顔を綻ばせる。

 子供のような幼い容姿で、娼婦のような笑みを浮かべながら。


 だが、悠然と宙に浮かぶその姿は、空の覇者などどいった威厳さはどうかと言うと……



「う、あは………………」

「く、くく………………」

「………………はぁはぁ」


 幼児のような体躯で、竜のものと思われる巨大で無骨な両腕。

 その背中には、体の10倍以上もある、蝙蝠のような漆黒の両翼。


 その姿は異形を通り越して、もはや奇形種だ。

 この世のものとは思えない、悍ましく、禍々しい生物だった。



「うふふ、さすがのあなたたちも、この翼を見てようやく理解したようね? どちらが捕食者で、どちらが被食者な存在かをね」


 見上げながら唖然とする三人に、エンドなりに満足したのか、更に恐怖を植え付けるかのように、自慢の翼をバサバサと動かし始める。


 ところが、そんなエンドの心中とは裏腹に、



「うふ、あは、あははははは――――っ! もう我慢できないわっ! 一体なんなのよその姿はっ! それがカッコいいとか思ってんのっ! はぁはぁ、お腹痛いわっ!」


「く、くく、ぐふふふふふっ! う、腕だけならまだしも、その翼はさすがにやり過ぎじゃろうっ! そんな不格好な魔物、今までお目に掛かった事ないのじゃっ! ねぇねが見ても我慢できぬじゃろうてっ! わははははっ!」


「はぁはぁはぁ、わ、笑っちゃダメだよっ、ラブナちゃんとナジメちゃんっ! エンドちゃんがせっかく見せてくれたんだからねっ! くふふふ」


「なっ! お前らっ!」


 エンドの思惑と裏腹に、更なる恐怖を植え付けるどころか、その異様な姿を見て爆笑する三人だった。 



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