第500話勝者と敗者は?




『ガウッ! やっぱり凄いなお前たちハッ! 俺を見てビビるどころか、真っ先に向かってくるなんて驚きダッ!』


 逃げる事無く、向かって来る姉妹を前にして、アドは心から称賛する。



「別にあなたに褒められても嬉しくありませんっ! 私たちはもっと褒めてもらいたい人がいますからっ!」


「そうだぞっ! 竜を倒したって言ったら、きっと褒めてくれるからなっ! だから覚悟しろよなっ!」


『ガウッ! 本当に面白いなお前たちハッ! ならこれを受けても同じ事を言えるかッ?』 


 どこか愉悦を感じる笑みを浮かべながら、姉妹に向けて魔法を操作する。 

 待機していた巨大な氷柱を、ナゴタとゴナタに向けて掃射する。



 ギュン――


 ゴガガガガ――――――ンッ!


「うぐっ! 固いけどワタシでも壊せるぞっ! でも、数が――――」


 掘削機のように、自身に迫りくる順番に氷柱を破壊していくゴナタ。

 だがその数の多さに、次第に能力が薄れていく。



 ヒュン――――


「速さはそれほどでもないけど、これ以上は――――」


 消耗を抑えるために、ギリギリで氷柱を躱し続けるナゴタ。

 いつ終わるか不明な数に、能力だけが消耗していく。

 

 ナゴタとゴナタが渡り合えたのは、ほんの一瞬だった。

 破壊しても避けても、無限に増え続ける氷柱に、次第に動きが鈍くなる。



「はぁ、はぁ、これいつまで続くんだっ! いい加減にしろっ!」

「ふぅ、ふぅ、いくら何でもこの魔力は異常だわ……」


 戦い始めてからものの数秒で、二人とも息を荒げていた。


 手も足も出せないどころか、本体のアドにさえ届かないままに、限界を迎えようとしていた。



「こ、これはヤベぇッ! このままだとナゴナタ姉妹が力尽きるのが先だッ! 無限に魔法が使えるとは思えねぇが、いつまで続くか予想が出来ねえッ! なんか手助けできるアイテムがないかッ?」


 次第に動きが鈍くなる姉妹を前に、藁にも縋る思いで、自身のマジックポーチに手を入れるルーギル。


 ガサッ


「おッ? これならアドの気を逸らせるかッ!?…… いんや、迷ってる暇はねぇッ! おいッ! ナゴタとゴナタッ! 目を閉じてろッ!」


「は、はい?」

「な、なんだって?」


 ブンッ!


 二人が目を閉じるのも確認無しに、握った物を空に向けて投げ放つルーギル。

 クルクルと回転しながら、筒状の物が三人の近くに届いた瞬間に、



 バシュンッ! ×10



「なっ!」

「うわっ!」

  

『ガウゥッ! ま、眩しいぞッ!? ん、フーナ姉ちゃん?』


 膨大な光が爆発するように弾け飛び、アドだけではなく、その効果は姉妹まで巻き込んだ。

 


 ルーギルが二人を手助けしようと空に放った物。


 それはスミカに貰った『閃光手榴弾』だったが、敵を前にした状況で、目を閉じる事が出来なかった姉妹までも巻き込んでしまった。

  

 そして、


  

 ヒュ―――――――ン


 ドゴォォォ――――――ンッ!!



「うぐぅっ!」

「んぎゃっ!」


 視界を遮られ、空中での制御が不能になった姉妹が墜落してきた。

 碌に受け身も取れないまま、無防備な態勢で地面に叩きつけられていた。



「お、おいッ! なんでお前らまで喰らってんだッ! 目を閉じろって言っただろッ!」


 派手に落ちてきた姉妹を心配して、直ちにルーギルが駆け寄る。



「く、あんな状況で目を閉じろなんて、それこそ自殺行為ですよっ!」

「ふざけんなよルーギルっ! さっきからお前はどっちの味方なんだっ!」


 無理難題を吹っかけてきたルーギルに、すかさず詰め寄る姉妹。

 こめかみに青筋を立て、涙目になりながら、拳を振り上げる。



「おわッ! でもあのままだとお前らがヤバかったろッ! だから俺が手助けしてやったんだッ! 現にお前らだけじゃなく、アドだって―――― へ?」


「はあっ!? それこそ私たちを巻き込んだら意味がないでしょうにっ! って、こんな時に一体どこを見てるのですか?」 


「そうだぞっ! ナゴ姉ちゃんとワタシはギリギリで閉じたけど、あれがモロだったら、ワタシたちの目が潰れたかもだぞっ! 本当にいい加減にしろよなっ! なあ、さっきから聞いてるのかっ!」


 恨み言の最中で、固まっているルーギルに激昂する。

 その当人はポカンと口を開け、空を見ながら放心している。



「いねぇ…………」


「は? 何の言い訳ですか?」

「なんだって?」


「アドがいなくなってんぞッ!」


「えっ!?」

「はっ!?」


 ルーギルの返答を聞き、慌てて視線の先を追うが、閃光が晴れた空には、大きな雲が広がっているだけだった。


 三人を覆っていた巨大な影も、あの禍々しい気配も霧散していた。



「な、なんでですか? もしかして、さっき使ったルーギルのアイテムで、あの巨体が跡形もなく消えてしまったんですか?」

  

 引き攣った笑みを浮かべながら、ルーギルを恐る恐る見るナゴタ。



「はぁッ!? ち、違うぜ、あれは単に――――」


「なぁっ!? そ、そんな危険な物をワタシたちに使ったのかっ!」


「いや、だから違うって、あれは目くらまし用のアイテムだッ!」


「はっ!? だって現にアドが消えてしまったではないですかっ! 何もあそこまでする必要はなかったはずですっ! あまつさえ死体さえ残らないなんて」


「そうだぞルーギルっ! ワタシたちは負けを認めて、ちゃんと謝ってくれればそれで良かったんだっ! なのに殺すだなんて酷いぞっ!」

 

「い、いや、だから俺はお前たちを手助けしようと――――」


「そんな余計な事をする前に、そもそもどうしてあなたは逃げなかったんですかっ! 自分の命を守れるほど強くはないでしょうにっ!」


「ナゴ姉ちゃんの言う通りだっ! お前がやられたら、どうお姉ぇに説明すればいいんだっ!」


「そんな事を言ったら、俺だって嬢ちゃんに説明できねぇだろうよッ! 近くにいたのに、お前たちを見殺しにしたみてぇでよォッ!」


 声を荒げる姉妹に、必死に言い訳を続けるルーギル。

 それでも追及をやめないナゴタとゴナタ。



 突然に訪れた結末に、三人は困惑し、それぞれに苛立ちを見せる。

 誰もが納得できない結果に、感情の抑えが効かなかった。



 こうしてアドがいなくなった事で、一応の決着を迎えた戦いだったが、後に残ったのは、苛烈な戦いの跡と、アドが消えた事実と、どうしようもないほどの虚無感だけだった。


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