第499話アド(青いドラゴンの略)




「はぁ、はぁ、はぁ、ナゴ姉ちゃん。ワタシ、そろそろ――――」

「はぁ、はぁ、そうね。私もアドを攪乱するのに魔力を使い過ぎたみたい」


 トンッ


 アドが消えていった森の先に視線を這わせながら、二人は地面に着地する。



「ふぅ、あれでまだ動けたら本当に化け物だよなぁ…… あ、お姉ぇから貰った新しい味がシュワシュワしてて美味しいぞっ!」


「そうね。でもある意味では間違ってないわ。竜族の強さは元々化け物じみてるから。それでもゴナちゃんの攻撃を立て続けに同じところに受けたのだから、さすがに無傷とは思わないけど―― ん、私のは果実が入ったミルクみたいで美味しいわ」


 ゴナタはサイダー味の、ナゴタはイチゴミルク味のドリンクレーションを飲んで、それぞれが一息つく。



「そう言えばナゴ姉ちゃん。なんでアドはワタシを攻撃する時、右手を使わなかったんだい? そっちのが近かったはずなのにな」


 飲み終えたレーションをポーチに入れながら、ゴナタが気になったことを聞く。


「ああ、あれはね、最初にゴナちゃんが飛ばされた時に、右腕に一点に集中して攻撃を仕掛けてたのよ。その後に仕掛けた攻撃も、なるべく右側を狙っていたのよ」


 ゴナタと同じように、ナゴタも片付けながらそう答える。


 

「そ、そうだったのかっ! だから動きが止まったんだっ!」


「そうよ。最初のゴナちゃんの攻撃でも、殆ど無傷だったから、私は攻撃を一点に集中して、ダメージを蓄積させたの。そこが後々に突破口になると信じてね」


「え? でもそれって変じゃないかい? 腕が痛いって気付かないなんて」


「確かにゴナちゃんの言う通りだわ。だけどそれには理由があるのよ」


「理由?」


 姉の言葉に、興味深そうに身を乗り出す。


「その理由は、アドは自分の種族に過剰なほどの誇りを持っていて、私たち人族を侮っていたでしょう? 自分たちが優れているって」


「うん、うん」


「だからダメージを負っても、見て見ぬふりをしてたのよ。自分より劣る種族にダメージを受けることがないって」


「それって、やせ我慢みたいなものかい?」

 

 腕を頭の後ろに組みながら、アドが消えた森の先に視線を移す。


「恐らくそう。自分の体に不調を感じていても、それを超える種族としての自負が上回り、無意識に感じないようにしてたと思うわ」


「なるほどなぁ。それはわかる気がするな~。もしワタシがラブナに殴られても、そんなの効かないって、見栄張ると思うもんな。師匠としての意地もあるけど、それに年齢もランクも上だから、余計に痛かったのを隠したいもんな~、うん」


 その時の光景を想像し、ゴナタはなるほどと頷く。


「ふふ、ラブナはそんなことしないと思うけど、でも凡そその通りよ。だからアドは避ける事もなく、私たちの攻撃を受け続けてしまったって事。自分の強さに自惚れて、人間の強さを侮った結果が今の状況なのよ」


「そうか、やっぱりナゴ姉ちゃんは凄いなっ!」


 ナゴタの説明を聞き終わり、笑みを浮かべて称賛するゴナタ。


「そうかしら。でもゴナちゃんもお姉さまと一緒にいれば、色んな事を考えて戦えるようになるわよ? お姉さまは私よりももっと先…… いや、未来まで視えてるでしょうから」


「み、未来はさすがに…… でもお姉ぇなら視えそうだなっ!」


 姉の言葉に一瞬否定するが、すぐさま肯定する。



「きっと視えてるわ。現にこうして私たちはお姉さまと一緒になったでしょ? お姉さまは戦った人たちの後の事も視えてるのよ。だからラブナもナジメも仲間になってるのがその証拠でしょ?」


「うんっ! 確かにそうだなっ! 他にはルーギルもそうだし、貴族のムツアカさんたちや、アマジやアオウオ兄弟もそうだもんなっ! やっぱりお姉ぇは凄いやっ!」


「ええ、それに貴族と言えばロアジムさんだってそうでしょう? お姉さまのパーティーをなんの縛りもなく、直属の冒険者にしてくれたのだから」


「あ、ならスラムの人たちや、ロンドウィッチーズもそうだなっ! それと、他の村から来た、え~と――――」


「ナルハ村のラボさんとイナさんよね? 他には――――」


「あっ! 今度はワタシの番だぞっ! それとなぁ――――」


 心から尊敬する姉―― いや、それを通り越して、もはや崇め称える存在まで昇華した、長女のスミカの話に花を咲かせる姉妹。

 頭脳戦の話から、どちらがスミカの功績を言えるかの、自慢話に変わる。


 そんな矢先に――――



 ガクッ



「う、な、なんだっ! いきなりこのデカい気配はっ!」

「くっ! この殺気は――――」


 突如襲い掛かってきた、強大な気配を感じ、意志とは反して膝をつく。



「お、お前らまだ無事だったのかッ! だ、だが、これはやべぇな…………」


「なっ!?」

「あっ!」


 そこへ、森の中に強制退避させられたルーギルが声をかけてくるが、濃密な殺気に当てられた影響か、這い出るように茂みから出てきた。



「ルーギルっ! まだ戦いは終わってませんっ! 寧ろ今からが本番ですっ!」

「そうだぞっ! だから早く逃げてくれよなっ!」


 姿を見せたルーギルに、堪らず声を張り上げ、警戒を知らせる姉妹。

 強大な殺気に搔き消され、ルーギルの気配を察知するのに遅れたようだ。



「あんッ! 今更何言ってんだッ! こんなの何処に逃げても一緒だろッ! って言うか、そもそも体が竦んで動けねぇんだよッ!」


 体中に力を入れるが、重しを乗せられてるかのように身動きが取れない。

 まるでこの周囲の重力だけが、数倍に増えたかのようだった。



「ならワタシがアイツの相手をするから、ナゴ姉ちゃんはルーギルを何処かに――――」

「いいえ、ゴナちゃんはルーギルを抱いて、遠くの安全なところまで運んで。私の能力の方が、時間稼ぎに向いてるから」


 ゴナタの話を遮って、殺気が溢れてくる先に、鋭い視線を向けるナゴタ。


「で、でも、あの気配は――――」

「いいからここから早く離れてっ! じゃないと全滅………… え?」


 食い下がるゴナタに、思わず声を荒げるナゴタだったが、異変に気付き言葉が詰まる。

 それは、陽が届いていた自分たちを、急に黒い影が覆ったからだった。



 それは他の二人も同様で、



「な、なんだ、あのデッカイ影はっ!」

「ちッ!」


 太陽を覆い隠す程の、巨大な物体を目の当たりにし、言葉を失う。



「あ、あんなに大きいのですかっ!」 

「そうだッ! フーナの家族は、みんなあんなだぜッ!」

「はぁっ!?」


 三人が驚愕し、見上げる空には、全長が50メートルを超える魔物が悠然と浮いていた。

 

 蝙蝠のような翼を持ち、岩肌のようなゴツゴツとした分厚い皮膚。

 全身を真っ青に染め、鋭い眼光で地上の三人を見下ろしている

 

 言わずもがな、それは本来の竜の姿に戻ったアドだった。



『ガウッ! さっきのはもの凄く痛かったゾッ! あんなのはフーナ姉ちゃんに殴られた以来だッ! だから次は俺の番ダッ! もっと凄いのを見せてやるゾッ!』


 バサッ!


 竜に戻ったアドは、眼下の三人を見下ろし、巨大な両翼を広げる。

 

 すると、巨大な氷柱がアドの周囲に無数に出現する。

 一つ一つの大きさを例えるならば、電波塔のような巨大な物だった。


 その数は優に3桁に届くほど。


 仮にその全てが放たれたならば、この村は地図上から抹消されるだろう。

 記録もろとも、やがて、人々の記憶からも消滅するだろう。

 


「ゴナちゃんっ!」

「うん、わかってるっ!」


 その魔法と巨大な竜を前にしても、ナゴタは怯まないし、ゴナタは諦めない。

 逆に、限界を超えて能力を開放し、先ほどよりも気合を入れる。



「お、おいッ! ――――」


 今にも飛び出しそうな姉妹を見て、ルーギルが声をかけるが、間に合わず、



 ボンッ!



「たかが蜥蜴の魔物ごときが、空から私たちを見下ろすなんて、お姉さま以外許せませんっ!」

「そうだぞっ! お姉ぇならカッコいいけど、お前みたいな魔物にされるとムカつくなっ!」


 凡そ、ルーギルには理解できないことを叫びながら、アドに向けて飛んで行った。


 それが本音なのか、自身を奮い立たせるための虚勢なのかは、二人しか知らなかった。



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