第489話ミックスアップ




 パン パパンッ! パパパンッ!


 フーナは無抵抗のまま、破裂音にも似た打撃をその身に受ける。


「ぎゃっ! あがっ! ごふっ! もぎゃっ! な、なんで、さっきみたいに蝶のお姉さんが視えないのっ! 魔力を放出してるのにっ! うぐぅっ!」


 いや、無抵抗と言うよりかは、全く反応出来ないと言った方が正しい。

 唯一反応が出来るのは、攻撃を喰らった瞬間だけ。


 でもそれも仕方のない事。


 今の状態の私は、視認はもちろん、感知も察知も不可能だ。

 単純に動きが速いからだとか、そんな次元の話ではない。


 その理由は、私の存在そのものが、一瞬だけ消えているからだ。

 まばたき程度のコンマ1秒だけど、その0.1秒が戦況を一変する。



「痛っ! って、今度はどこっ!? さっきからまるで消えて、うぎゃっ!」


 特にフーナのような桁違いの実力者には、絶大な効果を発揮する。

 索敵能力に優れたものほど、その0.1秒に捉われ、苦しめられることになる。


 現に、避けられないどころか、反撃も出来ずに全ての攻撃を受けて吹っ飛ぶ。

 そして背後に設置した透明壁に激突し、同じ勢いのまま跳ね返ってくる。



「ぎゃふっ!」


『――――あと4秒』


 拳打、手刀、裏拳、前蹴り、膝蹴り、内回し蹴り、踵落とし――――


 全ての打撃を受け、その度に透明壁スキルに叩きつけられ、悲鳴を上げて戻ってくる。

 まるで壁打ちのようにバウンドを繰り返し、その度に怒涛の連打を浴びせられる。



『くっ! 残り3』


 意識を失わないように、ギュッと下唇を咬んでフーナを追いかける。 

 ただの物体ならまだしも、人間が壁にぶつかり跳ね返る挙動が予想できない。




 現在私が使っている能力は、ゲーム内で実装している、


 『Emergency Evacuation』(通称E.E)


 と呼ばれる、緊急脱出に特化した特殊なスキル。


 要は、火事場の馬鹿力みたいなもの。

 危機的状況に陥った際に、任意で発動できる、逃げに徹したバフみたいなもの。


 その効果は、俊敏のステータスを最大10倍(段階)まで上昇できる。

 ただしその副作用として、使用中は体力を大幅に消費し続ける。



 私はそれを独自に昇華し、会得したのが、


 『Safety device release』(安全装置解除)


 本来、逃走用だった物を、発想の転換で攻撃に特化させたもの。

 俊敏も含め、全てのステータスを飛躍的に跳ね上げる。

 E.Eとは似て非なるものだ。


 これも最大で10倍(段階)まで。

 しかし私の場合の効果は『倍』ではなく『自乗』だ。 


 2段階であれば、通常のステータスの4倍。

 4段階であれば16倍。

 6段階で64倍。

 8段階で256倍。


 そして今は現段階での最大の10段階。

 元のステータスの1,000倍以上だ。


 しかもこの領域のバフになると、様々な効果が付与されている。


 存在が一瞬掻き消えるのも、その効果の一つだった。

 そして他にも、3桁を超える多段ヒットが可能になっている。


 ただ、その絶大な効果の代償に、体力の消耗だけではなく、限界を超え過ぎたための負荷が、全身にダメージとなって襲い掛かる。

 

 空間の座標を一瞬で演算するために、脳には過剰な負荷が。

 手足や体には、多段攻撃での負荷がダメージとなって現れる。

 

 この能力がなのか、元々実装されていたかはわからない。

 

 けれど、これが今の装備を入手する前の、私の主力となった力だった。

 


『残り2秒っ!』


 ギリと歯を食いしばり、目の前の相手に回し蹴りを撃ち込む。

 一度のヒットで3桁を超える打撃が、フーナと私自身を更に追い詰める。


 カウントダウンは単純に、私の力が尽きる残り時間だ。

 自分の体の限界は、この世界でも把握している。



「あぎゃっ!」


 ドガンッ!


 設置した透明壁に激突し、フーナの体が強くバウンドする。

 私はそれを追走して、全力で攻撃を叩き込む。

 


 パンッ!


「むがっ!」


 パパパパパパ――――ンッ!


「もががががが――――っ!!」


 常識を超えた速度の影響か、拳や蹴りを振り抜いた後に衝撃音が遅れて付いてくる。一つの音に対し、100を超える打撃は、確実にフーナにダメージを与えていく。



『はぁはぁ、残り………… 1秒』   


 タンッ


 ドカッ、とフーナのお腹を強く蹴り上げ、私はスキルを足場に追いかける。

 そして上空に飛ばされるフーナを追い抜き、その真上で待ち構える。



「よしっ!」


 ダンッ!


 スキルを強く踏み込み、目標に向かって自身を射出する。

 重力を無視するかのように、高速で上昇するフーナに狙いを定めて。 



「これで今度こそ――――――」 


 ギュルンッ!


 迫る目標物を前に、更に独楽のように回転し、遠心力を上乗せして、



「最後だ――――っ!」 


 両足での踵落としを、全力でフーナの背中に叩きこんだ。



 ドガ――――――ンッ!!



「ぎゃんっ!」


 激突音が響き渡ると同時に、フーナの悲鳴も辺りに響き渡る。

 大型の車両同士が正面から衝突したような音と絶叫が、この周囲に木霊する。

 


「いつつ、う、く、やっぱり全開はキツイって…… でも、ここまでしないと倒せなかったんだよね? それでも――――」


 トンッ


 体を襲う激痛と、眩暈に堪えながら、地上に降りてその惨状を眺める。


 ピクリとも動かない自称魔法少女のフーナ。

 周囲の地面が大きく陥没し、小さな体がその中心に横たわっていた。


「……………………」


 そんなフーナは気を失った影響か、また幼女の姿に戻っていた。

 私はその姿を見ながら、自然とある言葉が口から出た。



「楽しかった…………」


 フーナの顔を見て、思わずそんな言葉が出た。

 最初の目的さえ忘れる程に夢中になった。


 だからか、それが心の底から出てきた言葉だと理解できた。


 ここまで追い込まれたのは久し振りだった。

 を思い出し、柄にもなく無茶をしてしまった。


 何度も相まみえ、幾度も倒し倒され、強敵だったあの人物を思い出して。

 私と酷似した装備をまとい、お互いに嫌悪していた、あの実力者の姿を思い浮かべて。

 


「ふぅ、それじゃフーナが目を覚ます前に、私は回復しとこうかな。かなりダメージがキツイし」


 アイテムボックスを開き『Bポーション(L)』を10本ほど用意する。

 この世界の住人には(S)で事足りるが、アバターの私にはこれぐらい必要だ。



「で、この後フーナが目覚めたら、マヤメとも合流しないとね。あ、キューちゃんたちも呼んで、目の前で土下座させてやろうかな? 街に連行して謝罪もしなきゃだし、それと迷惑料として私たちにご飯を――――」


 横たわるフーナを前にあれこれと予定が浮かぶ。

 ここまで苦労させられたのだから、色々と利用してやろうと、いたずら心が顔を出す。



 なんて、戦いの後の余韻に浸っている、そんな矢先に―――



 ヒュンッ!


「えっ!?」


 パリ――――――ンッ!


「あっ!」


 用意していたポーション全てが、目の前で破壊された。




 

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