第487話振り出しと全力と




「う、うわわ、変身が解けちゃったよぉ―――――っ!!」

「………………」


 ブンブンと長い袖を振り回しながら、喚き叫ぶフーナ。


 その出で立ちは、出会った頃の幼女バージョンの姿だった。


 やたら長い袖以外にも、胸元もスカスカでユルユル。

 ピンクのローブの裾も、余裕で引きずるくらいに長い。



『まぁ、ちょっと予想外だったけど…… 結果オーライかな?』


 わたわたと慌てふためくフーナを見て安堵する。

 予定とは違ったけど、元に戻った小さな姿を見て。


 当初私は、あの大人の姿には限界があると見越していた。

 強力過ぎるが故に、何かしらの制限があると。

 

 時間経過か、若しくは、魔力の消費に比例して解けるものだと。


 だけど実際には、そのどちらでもなかった。

 わかっているのは、鼻血を大量に出した後、気絶しただけ。


 恐らくだけど、この理由が一番的を得ている気がする。

 鼻血と共に、変身魔法と煩悩も一緒に噴出したんだって。 


 そんな事あり得ないようだけど、このフーナに限ってはシックリくる。



「あ、あああ、身長も縮んじゃったぁ――――っ!!」


 未だにショックを受けているようで、今度は背が小さくなった事を嘆いている。


『って、まだやってるの? まぁ、それはそうだよね?』


 元の身長は180以上。今はナジメと同じぐらいの背丈だ。

 それが一気に縮んだら、元に戻ったとはいえ、驚くのも無理はない。


 それとなんでその衣装なのかって、最初は疑問に思ってた。

 サイズが合わないし、かなり動きづらいはず。

 そもそも大好きな魔法少女の衣装でもないし。


 でもその理由は、今の状態を見て理解した。

 私と戦ったにも関わらず、傷も汚れもない事から把握した。


 この世界の理から外れている、私と同じ異質な装備なんだと。

 その高い効果故に、着替える事も出来ず、受け入れるしかないって事も。



「あっ! な、なんでパンツ履いてないのぉ~っ!」


「ん?」


 なんて考えていると、フーナがまたまた騒ぎ出す。

 ローブがはだけてそこから見える、何も覆っていない下半身を見て。


「うう~、またパンツ忘れたってメドが知ったらきっと怒られる。それとアドには笑われるし、エンドには冷たい目で見られる。シーラちゃんはご飯抜きかもっ! ううう、最悪だよぉ…………」


「………………」


 大事なところを露出したままで、今度はブツブツと呟き始める。

 こんな無敵幼女にも恐れるものがあって、ちょっとだけ安心する。 


 因みに下半身が丸出しなのは、ローブを元に戻さなかった私のせいなんだけど。



「あれ? そう言えば、なんでわたしは気を失って? 確か――――」

「………………」

「あっ! そうだっ!」

「っ!?」


 キョロキョロと周りを見渡した後、近くの私に気付いて声を上げる。


「あ、思い出したっ! 蝶のお姉さんはノーパンじゃなくて、実は紐パンだったんだっ! しかもわざわざ魔法で白と黒の二人になって、嬉しそうにわたしに見せてくれたんだっ!」


 私をビッと指差し、見当違いの事を声高に叫ぶ。 


「ちょ、あれは私の意志じゃないからねっ! それと紐じゃなくてTバックだよっ! しかもパンツを忘れたノーパンのあなたに言われたくないよっ!」


 正直、紐のパンツなんて見た事ないけど、何となく反論する。


 だって紐の方がなんかやらしく聞こえたから。

 ってか、履いていないよりは全然マシだから。



「ノーパンってっ!? も、もしかして、わたしの見たの?」

「見たも何も、さっき自分で叫んでたでしょ? 忘れたとかなんとか」


 実際は見ているけど、今回の場合はこの返答が無難だ。

 重度の露出狂で、内心では喜んでいる可能性もあるし。



「あ、そうだったっ! で、でもメドには内緒にしててねっ? わたしが怒られちゃうからっ! ご飯も抜きになっちゃうかもだからっ! だからねっ!」


「う、うん。別にいいけど」


 目尻に涙を溜めながら、必死に懇願するフーナに頷く。

 難攻不落とか思ってたけど、実はかなり弱点が多い気がする。



「ありがとうっ! さすがは英雄さまっ! 背も胸も小っちゃくて可愛いけど、心はこの湿原のように大きいねっ! でも同じ小っちゃくても、元に戻ったわたしの方が―― うぎゃっ!」


「おっ、やっぱり当たった」


 長々と話すフーナに攻撃を仕掛けると、難なく当たる。

 避ける素振りも、見切った様子もなく、まともに直撃して吹っ飛んでいった。



「って、まだ話の途中だよっ!」

「ああ、それは悪かったね。で、その続きってなに?」


 プンスカと怒りながら戻ってきたフーナに、話の先を促す。


「それ謝ってるけど、絶対に蝶のお姉さんは反省してないよね? じゃなくて、変身が解けちゃってもわたしの方が強いんだから、もう降参しなよっ!」


 胸の前で腕を組み、得意気な顔でそんな答えが返ってくる。



「ん? なんだそんな事か。確かにフーナの言う通りだね。変身後も前も、今の私が勝てる要素はなかった。それだけは認めてあげるよ」


「え? 仮にも英雄って呼ばれてるのに、そんな事言っちゃっていいのっ!?」


 サラッと答えた私の話に、目を開いて驚くフーナ。

 

「別にいいよ。英雄って言っても小さな街の話だし、自分でもこだわってるわけじゃないしね。ただ負けるとも思ってないよ? 勝てる要素がなくても、それを補うものを持ってるからね」


「へ~、英雄って呼ばれるのカッコいいのに、あんまり気にしてないんだぁ~。でも最後のはただの負け惜しみかなぁ? 勝てないけど負けないって、ただの屁理屈に聞こえるんだけど。くふふ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、小馬鹿にするように含み笑いをする。


「まぁそうだね。普通に勝つのは諦めたって感じだからそれで合ってるよ。ただ全力で戦ったならどうなってたかわからないけど」


「ありゃりゃ、また随分と簡単に認めちゃうんだね? 魔法少女になったわたしには敵わないって。でも結局最後に負け惜しみ言ってるじゃん。まだ全力じゃないって言い訳してるじゃんっ!」


「ん~、正直、今回の件でそこまではしたくないんだよね。私でもどうなるかわからないし。でもそれはあなただって一緒でしょ? なんだかんだ手を抜いてたよね?」


「え?」


「そもそも合間合間で私の出方を伺ってたり、無理に接近戦に付き合ったり。魔法や変身だって最初から使ってれば、ここまで長引くことはなかったよ」


 確実ではない。でもある程度の根拠はある。


 出会った当初、激昂しながら攻撃してきたはいいが、その実力に拍子抜けした。

 ただ敵に向かって来るだけの、幼稚で杜撰な戦い方に。


 だから御しやすい相手と、私は高を括っていた。

 いつもの戦い方で問題ないと。


 けれどこのフーナは、20年以上も冒険者家業を続けている。

 隠し玉の一つや二つ、いやそれ以上のものを持っているだろう。


 それと一緒にいたメドの事もある。

 マヤメとは比べるまでもなく、圧倒的な実力を持っていた。



『……けどあの様子だと、かなり手を抜いていた感じだった。本来マヤメは戦闘職ではないけど、恐らく3割も引き出せずにあの状況になった。あの特殊な能力を駆使しても、そこまでが限界だった』 


 だというのに追い込むだけで、それ以上は仕掛けなかったメド。

 しかもマヤメがあの状況になった時、焦りの表情も見せていた。


 それを踏まえても、何かしらの意図や事情があるのは想像できる。

 それはこの目の前のフーナも例外ではない。


 なんて私はフーナを認めて、そんな事を思っていると、



「むき~っ! わたしはずっと全力だったよっ!」


「え?」


「だって蝶のお姉さん戦いにくいんだもんっ! 変な魔法使うし、体の動きも凄いんだもんっ!」


「うん?」


「それにわたしの動きをずっと見てるし、わたしのパンチを受けても倒れないんだもんっ! そんな人今までいなかったっ! だから全力だったよっ!」


「………………」


 それが本心か本音かわからない。けどフーナは怒っている。

 全力を手抜きって言われて、馬鹿にされた気分なんだろう。


 ただそのベクトルが、私の認識とは大いにズレている。

 あれは全力ではなく、力任せにただ攻撃しただけ。


 私にとってあれは全力とは言わない。

 全力と言うのはあらゆる手段を使うこと。


 持ちうる全ての知識や武装や能力を使い、後も先も考えずに死力を尽くす事。

 それが私なりの全力の定義だと思っている。


 だからフーナがした事は、ただの全力で撃っただけ。

 状況や感情如何によってコロコロと変わる、不安定な攻撃だっただけだ。


 まぁ、そこら辺の考え方は人それぞれだとは思うけど。

 特に私はそういった状況が多かったから、ズレているのはこっちかもだけど。



「ねぇ聞いてるのっ! 蝶のお姉さんっ!」


「うん? ああ聞いてるよ。全力で攻撃したって」


 思考を戻してフーナの呼び掛けに答える。


「そう言ってるよっ! なのになんで黙っちゃうかなぁっ? かなり失礼だよっ!」


「まだ色々と隠してるのに?」


「え?」


「まだ私に見せてない力があるよね? 魔法にしてももっと上の魔法があるだろうし、見えない攻撃を見切ったのもそうだけど、かなり余裕があるみたいだけど」


「うっ………………」


 私の質問に下を向き黙り込むフーナ。

 ならその無言の態度こそ、質問の答えとしてみていいだろう。


 でも地面を見ながら口と肩が震えている理由は知らないけど。


 ガバッ


「わ、わたしは――――」


「おっ?」


 勢いよく顔を上げ、キッと私を睨むフーナ。

 その答えは――――


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