第483話幼少女たちの演芸会




「な、なんなんじゃっ! そのお主の腕はっ!」

「うぇっ!? 何よあの手っ! 気持ち悪いわっ!」

「手だけがおっきいよっ!」


 巨大な腕を空中で掲げ、ナジメ達を見下ろすエンド。

 その異様な姿を目の当たりにし、それぞれに驚きの声を上げる。


 体に不釣り合いな巨大な腕もそうだが、それよりもそのに驚愕していた。



「何って? あら、我としたことが本来の物に変えてしまったのね。これはこの場で見せるべきではなかったようね。直ぐに戻すわ」


 サッと腕を振ると、すぐさま白い手に変わる。

 かぎ爪でゴツゴツした魔物のような腕が、瞬く間に人間に手に化ける。

 それでもその大きさは、エンドの10倍以上もある巨大なものだ。



「お、お主はやはり人ではなかったのじゃな。その腕はまるで……」


 最後まで言い切る事なく、もごもごと口ごもるナジメ。

 もし言い切った場合の返答を恐れての事だった。


 今、この大陸には現存しない、生物界の頂点に位置する種族の名前を。


 知ってしまえば心が折れる。

 すぐさま逃げろと本能が警告を発する。


 それほどの脅威と恐怖と恐慌。

 知っているからこそ、戦う前から体が竦む。


 しかし、そんな空気を払拭する者が――――



「あ、あれ、竜の腕じゃなかったっ!? 書物でしか見たことないけどっ!」

「う、うん、ボクもそう思ったっ! この前戦った竜っぽい魔物にも似てたよっ!」


「うなっ! お、お主ら、そんな軽々とその名を口に出すなどっ!」 


「え? 何をそんなに焦ってるのよナジメ」

「そうだよ、ナジメちゃん」


 目を丸くし、不思議そうにナジメを見るラブナとユーア。


「そ、それは焦るじゃろっ! あ奴の正体が『竜族』だったならば…… はっ! 結局わしも言ってしまったではないかっ! むぐぅっ!」


 二人に釣られて出た単語に、慌てて自身の口を塞ぐ。

 

「別にいいじゃない。もしエンドの正体がなんだって変わらないわよ」

「そうだよナジメちゃん。一緒だよ?」


 慌てふためくナジメとは対照的に、あっけらかんと答える二人。


「はあっ!? な、何が変わらないというのじゃっ! もしあ奴が竜族だったならば、わしたちなど足元にも…… ん? ユーア、一緒とはなんじゃ?」


「え? だってそれは、もし相手がゴブリンでもトロールでも、ボクたちは戦わないといけないんだよ? そうだよね?」  


 コテンと首を傾げて、真っすぐな目でナジメを見るユーア。


「す、すまん。わしにはユーアの言っている意味が分からぬのじゃが……」


 その真意がわからずに、同じ方向に首を傾げるナジメ。


「あのさ、ナジメ。ユーアが言いたいのは――――」

「ん、なんじゃ? ラブナよ」


 それを見て、堪らずと言った様子で口を挟むラブナ。


「――――そもそもなんでアタシたちは戦ってるのよ?」

「なんでじゃと?」

「そうよ。ユーアは相手が何者であれ、エンドを許せないのよ」

「許せないじゃと?………… はっ!」 


 仁王立ちで説明するラブナ、そしてユーアを見て何かに気付く。


「そうそれよ。その為にユーアも頑張ってるんじゃない。 だってナジメは大切な人が馬鹿にされても、その相手が強いからって、大人しく尻尾巻いて逃げるの? 弱かったら立ち向かうの? そんな話よ」

 

 スンと胸を張って、そう話を締めくくるラブナ。


「…………わ、わははははっ!――――」


「ん?」 

「?」


「確かにラブナの言う通りじゃっ!」


 思い出す。

 挑まれたから戦うだけではなかったことを。 

 

「わしたちは勝てるかどうかで戦っておるわけじゃないのじゃっ!」


 この際、勝ち負けは二の次。

 大好きな姉を侮蔑した相手を許せないだけ。  


「守るために戦っておるのじゃなっ!」


 そう。自身の誇りを守るため。

 相手が竜族だからと言って、ここで逃げ帰ったならば後々後悔する。


「そう二人は言いたいんじゃろっ!」


 ムンと胸を逸らし、二人を見ながら言い切る。


 ここで逃げたとあらば、そんな情けない自分を一生恨む。

 それを守るための戦いなんだと。



 ところが、


「はあっ!? 何言ってんのよっ!」

「合ってるけど少し違うよ?」


「うなっ!? な、なんじゃ、何が違うのじゃっ!?」


 ところが、ラブナとユーアの反応は微妙だった。 

 どこか白けた様子で、薄目になる。


「そもそも最初から負けるつもりもないって事よ?」

「そうだよ? なんで勝手に決めちゃったの?」


 口調は優しいが、何故か刺々しい二人。


「じゃ、じゃが、あ奴の正体は竜族かも知れぬのじゃぞっ! もし仮に本物じゃったら、わしでも敵わぬぞっ!」


 過去の苦い出来事を思い出し、声を荒げて反論する。


「なに? ナジメは竜の魔物と戦ったことあんの?」


「あ、あるのじゃっ! わしは能力で辛うじて生き延びたが、他の者は――――」


「その竜さんと、スミカお姉ちゃんとどっちが強いの?」


「なぬ?」


 唐突に出た、意表を突くユーアの質問に固まる。


「そうよ。スミ姉がもしその竜と戦ったら、どっちが勝てそうなのよ? ナジメだってスミ姉と戦ったから何となくわかるでしょ?」


「う、うぬぬ…………」


 続いてラブナにも同じ質問をされて、今度は頭を抱えて悩むナジメ。


「…………ねぇ……じゃ」


 が、すぐに顔を上げて、ポツリと呟く。


「ん? よく聞こえないわよ? ナジメ」

「え? もう少し大きな声で話して、ナジメちゃん」


 ナジメの口元に耳を近づける二人。

 その顔は僅かに笑みを浮かべながら、どこか意地が悪く見えた。



「ね、ねぇねに決まっておろうっ! 竜の強さと言っても千差万別じゃが、ねぇねが負ける姿を想像できんのじゃっ!」


「うわっ!」

「きゃっ!?」 


「わしの知ってるねぇねは、いついかなる時でも威風堂々としておるし、何者に対しても大胆不敵なのじゃっ! じゃから勝つのはねぇねなのじゃっ! わっははっ!」


 耳元で大声を上げられ驚く二人を他所に、言い切ったナジメ。

 平らな胸を盛大に張り、最後は満足げな顔で笑顔を浮かべていた。


  

「な、なんだ、わかってるじゃないっ! だから竜だったとしても大した事ないわよっ!」

「そうだよっ! 竜さんよりもスミカお姉ちゃんの方が強いんだからねっ!」


「そうじゃなっ! ねぇねの方が強くてカッコイイのじゃっ!」


 やんややんやと、スミカの話で盛り上がり始める三人。  

 それと同時に、ナジメの中の恐怖心が段々と薄れていく。 


 ただ、それでエンドに勝てるか否かでいえば、恐らく『否』だろう。

 それは理解している。だが、そんな事はおくびにも出さない三人。


 

「はぁ~、いい加減終わりにしてくれる? まだ続くのならこの腕で一人一人捻り潰して、その後で魔物のエサにでもするから」


 グイと拳を振り上げ、淡々と話すエンド。

 先刻よりも幾分冷静になってはいるが、苛ついているのはその口調でわかる。



「何を言っておるのじゃ。いい加減にして欲しいのはこっちじゃよ」


 やれやれといった様相で、肩を竦めてエンドを見上げるナジメ。


「そうよっ! 待ってたのはこっちなのよっ!」


 大股開きのいつもの調子で、ビッと指を差すラブナ。


「エンドちゃん最後まで話を聞いてくれて偉いねっ!」


 最後は皮肉なのか褒めているのかわからないユーア。



「な、あなたたちは揃って、何を言って――――」


「そんなに驚くことなかろう。お主は好戦的に見えて、今も、出会った当初も、わしらを一方的に襲っては来ぬのじゃから。今回もそれを利用しただけじゃ」


「な、何よこれ? こんな大規模の魔法をいつの間にっ!? それとその形は……」


 自身の背後に、巨大な〇〇があるのに気が付き、唖然とする。

 その大きさは宙に浮くエンドよりも高く、この街を守る外壁の高さをも超えていた。



「それはお主が穴に落ち、そして律儀に今の話を聞いていた時じゃよ。なぜ攻撃してこなかったのかは知らぬが、随分と時間があったのでな」


 エンドに説明しながら、魔法で作成したものに近寄るナジメ。 


 それは土魔法で作成した『竜』の姿を模しての土の人形だった。



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