第477話チンプンカンプン




「ん、なんでメドは大人しく見てる。それと澄香はどうしてここに? フーナはどうしたの? なんでマヤはまだ動ける? あとマヤの頭に付いてるのなに?」


 橋の上のメドや、目の前の澄香。さっきまでフーナがいた湿原の向こう。それと頭に生えた何かを触りながら、息継ぎなしで一気に質問する。

 目覚めた時の状況が、劇的に変化していて混乱する。



「いや、そんなに聞かれても、あまり時間ないよ?」 

「ん? 時間ない。なんで?」 


 見るからにソワソワしている澄香。

 さっきから湿原の向こうを気にしている。


「あっちは実体分身に任せてるんだよ。なんかフーナが話がしたいって言うから、その隙をついてこっちに来たんだよ。なんか変な感じの影が見えたから」


「ん、変な影」


 それは『ククリナイフ弐 隠遁式』を使用した影響だとわかる。


「そ、だから試しに『発光』の能力で一気に照らしたら、パッと掻き消えて、その中からマヤメとメドが出てきたんだよ。で、衰弱したマヤメには、そのアイテムを着けたんだ」


「ん? これ?」


 一本だけヒョイと長い、髪の毛のようなものを引っ張る。


「そう。その効果は後で説明するよ。それも試しに使ったものなんだけど、今のところ問題なさそうで良かったよ」


 安堵した表情に変わり、ポンポンと頭を叩く。


「ん、やっぱり澄香が、マヤを――――」

「あ、あと、メドの事なんだけど」 

「ん」

「話があるって」

「ん?」


「ん」


 澄香に言われメドに視線を向けると、軽く頷いている。

 表情からはなにも読み取れないが、さっきよりも敵意が薄れたのだけはわかった。


『ん――――』


 だけど、


「じゃ、そんな訳だからもう行くよ。あの感じだともう戦わないだろうし」


 チラとメドを一瞥して背中を向ける澄香。

 視線はフーナがいるであろう方向を見ている。


「ん、待ってっ!」

「なに?」


 ここを離れようと踵を返す、澄香の背中に声をかける。


「ん、まだ終わってないっ!」

「なにが?」

「マヤとメドの戦い」

「えっ!? でも、マヤメではメドに――――」

「んっ! そんなの理解してるっ! でもまだ終わってないっ!」


 澄香、そしてさっきまで戦っていたメドを見て声を張る。


 それは強がりや、負け惜しみなどでは決してない。


 敵わないのは最初からわかっていた。 

 手を抜かれてるのも途中から気付いていた。


 でもそうじゃない。


 このまま助けてもらうだけでは、今後一緒にいられない。

 これからも何かあるたびに、きっと救いを求めてしまうから。


 だって私は助けてもらいたいのではなく、ずっと傍にいたい。

 他のシスターズのように、胸を張ってシスターズを名乗りたい。

 

 このまま負けるわけにはいかない。

 助けを期待するだけの存在にはなりたくない。


 だから私は戦う。

 心まで負けてしまっては、この先もずっと独りになるから。 



「ん、ワタシもそれでいい。あなたが納得しないならまだやる」


 見ているだけだったメドが、ようやく口を開き返答する。 

 

「ん、なら今度は――――」


「ちょっと待ったマヤメっ! これ以上続ける理由ってなに?」


 メドと私の間に入り、どこか納得できない表情の澄香。


「ん………… これからのマヤに必要なこと」

「必要って?」

「ん、覚悟みたいなもの。それと悔しい」


 メド、そして澄香の目を見てそう答える。


「…………わかった。ならマヤメが納得できるまで戦いなよ。でも今度は助けに来れないよ? フーナもようやく本気になったっぽいし」


「ん、それでいい。マヤはきっと勝つから心配しないで」

 

「そう。でもまた無茶したら本気で怒るからね? それじゃあ、私は行くよ」


「ん、ありがとう。澄香」


 遠のく後ろ姿に頭を下げて感謝する。

 羽根を揺らして去っていく、大きな背中を、また追い駆けたいと願って。

 


「ん、それじゃ始める。今度は魔法と格闘も使う」


「ん、望むところ」


 こうして澄香が去った後で、メドとの再戦が始まった。


 今度は誰かの為にだけ、じゃなく、私自身の未来の為に戦う。



――――



 ※スミカ視点。


「こっちは何とかするから、マヤメも頑張りなよ。どんな理由があるか知らないけど、その覚悟は大切な人が喜ぶだろうから」


 湿原を少し離れたところで、さっきのマヤメを思い出す。

 感情の起伏がわかりにくい分、逆にその本気さが伝わった。

 

 本音を言えば心配でしょうがなかった。

 メドからは敵対する意思がないように見えたが、それでも不安を払拭できない。


 私が間に合わなければ、あの時マヤメは活動を停止していただろうから。



「また無茶されても、私は駆け付けられない。もう余裕がないんだよね」 


 さっきマヤメに説明した通りに、実体分身をフーナの元に残して駆け付けた。

 提案がどうとか言っている隙に、気配を分身体に移し、本体の私は透明化して、二人の戦い場に急いだ。


 その道中に組み合っている二人から暗闇が溢れ、それに飲み込まれた。

 私はその光景を目の当たりにし、絶句した。

 

――


「な、なんなのこれ?……」


 小さなブラックホールのような闇の空間を前に、一瞬言葉を失った。


 そこでなりふり構わずに『発光』の能力で最大出力の閃光を放ってみた。

 暗闇に対抗するには光だろうと、あの時はそれしか考えられなかった。


 結果的にはそれで二人を救出することに成功したが、マヤメだけが無事ではなかった。


 橋の上に横たわったまま、全く動かないマヤメ。

 白い肌が侵食されるように、影の色に変色していく。


 まるで存在そのものを上書きするように、黒く塗り潰されていく。



「ん、まさかこんな事になるなんて……」


 その脇でメドは、私がいる事にも気付かずに茫然としていた。

 メドにとってもきっと、予想外の出来事だったのだろう。



「あのさ、今は休戦しない?」


 何か手立てがないかと頭を巡らしながら、立ち竦むメドに提案する。


「ん、それでいい」

「うん、ありがとう。それでマヤメはどうしてこうなったの?」

「ん、ワタシに抱き着き、自分の胸にナイフを刺した」

「自分に? なんで?」

「ん、きっとそれで発動するアイテムなんだと思う。自分の命を燃料にワタシを閉じ込めたんだと思う」


 マヤメの傍に落ちている、黒いナイフを指差しそう告げる


「命を燃料に、か? わかった。ならもしかしたら、これで――――」


 アイテムボックスからあるものを取り出し、マヤメに装着する。

 黒に侵食されていた肌が、瞬く間に肌色に塗り替えられていく。


「ん…………」


 その直後、マヤメが僅かに身じろぎをした。

 意識は戻らないが、どうやら窮地を脱したようだ。



 私がマヤメに使ったアイテム、それは、


『メンディングロッド』


 マシン系に装着する事で、修理と補給を同時に行うアイテム。

 長さ20センチほどで、普段は先端が垂れ下がったロッド。

 装着箇所に合わせて色が変化し、周りから目立たなくする

 夜の時間帯に充電し、充電中は雷のような形状で立っている。




「ふぅ~、これで後は様子見だね」


 全身の色が、いつもの肌に戻ったのを見てホッとする。

 これで最悪の状況にはならないだろう。

 頭に着けちゃったので、アホ毛に見えるのはご愛敬だけど。



「んっ! 何そのアイテムっ! もしかして蝶の英雄も…………」


「で、目を覚ましたらどうする? まだ戦うってなら、私が二人を相手にするよ? マヤメに要因があったとしても、ここまでされたら黙っていられないからね』


 驚くメドの言葉を遮り、キッと威圧を込めて睨む。


「ん、戦わない。もうわかったから」

「本当に? でも、わかったって何?」

「ん、それはまだ言えない。でも戦わない」

「………………そう」


 何か腑に落ちないが、戦う意志がないのならそれでいい。

 今はメドを怪しがるよりも、マヤメの方が優先だから。 



「…………ん、それと――――」

「なに?」

「もし目が覚めたら、話したいことある」

「マヤメに?」

「ん」


 横たわるマヤメを見ながら、コクンと微かに頷く。


「う、ん………… 眩しいっ!」


 ちょうど話が終わったタイミングで、その当人が目を覚ました。


「眩しい? もしかして寝ぼけてる? それとも――――」

「んっ! 澄香なんでっ!? ん? ここは橋の上?」

「そうだよ。体は大丈夫みたいだね?」


 眩しいとか言ってたけど、私も含め、周りも見えているようで安心した。


 そしてその後、メドとの再戦を望んでいたから、私はフーナのところに戻った。

 今まで感情をあまり出さなかったが、その目に確固たる決意と覚悟を感じたから。


 だからか、メドとの再戦は今のマヤメにとって、きっと大事なものだろうと察した。

 不安は拭えないが、それでも生きようとする、強い意志を感じたから。



「よし、なら次は私の番だ。こっちは色々とキツそうなんだけど、その分収穫もあったから文句も言ってられないからね。それとキューちゃんたちの件もあるし」


 メニュー画面、そして、さっきのマヤメを思い出して、一人気合を入れなおした。



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