第476話マヤメの願い
『ん』
ここは陰でもあり、影が支配する、日陰の世界。
いつも心の奥底にある、深海のような暗闇の世界。
『んっ…………』
私は目を閉じ膝を抱え、いつものように耐え忍ぶ。
迫りくる暗闇に押し潰されないよう、自身を強く抱きしめながら。
でも私は影。
暗闇に対して、何の不安も恐怖も抱かないはず。
でも私は影。
暗闇とは似て非なるもの。
そもそも影は、光なくして存在などできない。
影と光は共生するもの。
だから私は探す。
それが毎夜、眠りについた時に見る夢だった。
マスターという光を失った時から、ずっと見続けていた。
新しい光を探して今日まで彷徨い続けていた。
でもそれも今日で終わり。
だって私は今日以降、夢を見ることはないのだから。
――――
「んっ! ここはどこっ!?」
漆黒の暗闇の中で、焦りを帯びたメドの声が響き渡る。
「ん、ここは私の中」
返答に答えるが、声の持ち主がどこにいるかはわからない。
そもそも目を開いているのかさえもわからない。
「ん? あなたの中ってどういう――――」
「ん、私が創った影の中」
「ん、あの影?」
「ん、さっきまでのとは違う。これは特殊なもの」
「ん、特殊? 何が違う」
「ん、不明」
「ん?」
「ん、マヤもわからない」
「ん…………」
そう、わからない。
わかっているのは、ここは別世界で、外からの干渉を受け付けない事。
この世界が晴れた時には、私の命の火が消える事。
それとこれを使用したのは、マスターだけだった事。
『ククリナイフ弐 隠遁式』
心臓(核)に突き刺すことで発動するアイテム。
持ち主の命の源を触媒に、接触者と自身を暗闇に幽閉する。
持続時間は使用者の命が尽きるまで。
それ以外の解除が不可能。
「ん、ワタシにはあなたが見えない。気配もない。あなたは?」
「ん、マヤにも見えない」
相手が近くにいるのか、遠くにいるのかさえわからない。
もちろん触れることも感じることもできない。
ここはそう言った
なのに、
「ん、なら――――」
メドが何かを小さく呟いた、途端に。
ズ、ズズ、ズズズズズズ――――――
「んっ! 強い気配が急に――――」
現れた。
濃密で荒々しく、強大な気配が暗闇の中に蔓延する。
感じるはずのない、鋭利で強烈な威圧感が全身に押し寄せる。
「んっ! 何かいるっ!?」
見えない。が、猛烈で壮絶な何者かの気配を感じる。
今までに相対したことのない、圧倒的な存在を感じる。
「んっ! 有り得ないっ!? だってここは――――」
外とは隔絶された世界のはず。
認識出来るのは自身の存在だけのはず。
『……………………』
ズズズズズズ――――――
「んっ!?」
驚愕するのも束の間、更に増大する不気味で異質な気配。
それに伴い一気に目減りしていく、命の残り火。
「ん、もう………… 持たない」
何が起こっているかわからない。
それでもわかっているのは、この気配はメドで、何かの力を開放している事。
膨大に溢れ出す尋常ではない威圧だけで、ここが破られそうな事。
「んっ!」
このままでは、ものの数秒で破られる。
それと同時に私も敗れる。
『な、なんで、だって、まだ何も、返せて、な、いっ!――――』
もう限界だ。
あと数秒でエナジーが枯渇する。
『ん』
私はゆっくりと瞳を閉じる。
そこは光が拒絶する暗闇の世界。
『ん――――』
いつもの見慣れた風景に、心が落ち着くと同時に、瞼が重くなる。
『ん』
きっとこのまま終わってしまうだろう。
闇が晴れた時、私は消えてしまうから。
だからもう見る事はない。
日向の世界も、この先の明るい未来も。
でももう私は託した。
自分の目で見る事は叶わない、けど、きっとその未来は叶う。
『ん、マヤは前から覚悟してた。だから受け入れる。けど、もっとマスターの傍にいたかった。もっとおばちゃんと話したかった。もっと美味しいもの食べたかった。もっと色んな景色を見たかった。もっと――――』
意識が薄れていく。
自分の存在さえも希薄になっていく。
やりたい事はまだまだあった。
でも仕方がないと諦める。
『ん』
でも、もう少しだけ、澄香と一緒に――――
「――――もっと、冒険したかった…………」
最後に出た望みがそれだった。
ここに来るまでに過ごした時間が楽しかったから。
だからか、もっとたくさん冒険をしたいと思った。
マスターとどこか似ている、そんな澄香に惹かれたんだと思う。
でもその願いが叶うことはない。
だんだんと自分の存在も感じられなくなってきたから。
バシュッ!
『ならすればいいじゃん、冒険。誰も止めないよ? マヤメが行きたいなら付き合ってあげるから。だからさ、そんな無理しないでよね』
「う、ん、眩しいっ!」
目の眩むような光と共に、優しくも、力強い声が聞こえた。
それはどこかで聞いたことのある声。
凛として温かく、私を安心させてくれるそんな音色
もちろんその声の持ち主は――――
「なに? もしかして寝ぼけてる? それとも――――」
「んっ! 澄香なんでっ!?」
ガバッ!
私は慌てて体を起こす。
すぐさま視界に入ったのは、覗き込む澄香の顔と、私を照らす陽の光だった。
「ん、ここは…… 橋の上?」
シクロ湿原に架かる大橋、その上に私は横たわっていた。
「そうだよ。それと体は大丈夫?」
「ん、体? あ、れ? マヤはどうして?」
ペタペタと顔に触れ、次に自分の体を見てみる。
「ん? 何ともない…… なぜ?」
「そ、なら良かったよ」
「んっ! もしかして澄香が何かした? それとマヤの頭に何か付いてる?」
心配そうに私を見る澄香に、一気に質問してしまう。
なぜ何ともないのか、それと、フヨフヨしたものが視界に入ってくるから。
「あのさ、大丈夫なら、それよりも先に言いたい事あるんだけど、いい?」
「ん? なに」
屈んでいた澄香はそう言って立ち上がり、そして……
ゴンッ!
「んっ! い、痛いっ! なんで?」
訳も分からず、拳を頭に振り落とされ悲鳴を上げる。
「痛い? なら大丈夫って事は確かだね」
「んっ! 澄香は言いたいことあるって言った。おかしいっ!」
殴られた頭を押さえながら抗議する。
「おかしくないよ。だってゲンコツに言いたい事全部込めたもん。なんで無茶したのかって。どうして馬鹿な事したのかって。あんな勝手な事して誰が喜ぶのかって、さ」
「ん…………」
「それと、私が何とかするからって言ったよね? マヤメの目的は聞いてるから、そこまでは守るって約束したよね? なのに本人がいなくなったら意味ないでしょう?」
「ん、意味ない? なんで」
意味はある。
私が足止めする時間の分、澄香が戦いに集中できる。
「なんでって、そんなの決まってるじゃん」
「ん? 決まってる?」
もしかして、私は澄香の役に立ってない?
意味なかった? 決まってた?
「だって、マヤメがいなかったら、問題が解決した時に誰が喜ぶの。一番喜ぶのはマヤメでしょ? 嬉しいのはあなたでしょ? だったらマヤメがいないとダメに決まってるじゃん」
私の頭にポンと手を乗せながら、ゆっくりと説明してくれた。
ちょっと苦笑交じり、だけど、優しい表情で、諭すように話してくれた。
だから私はこう答える。
きっとまだ上手く出来ないけど、精一杯の笑顔を作る。
「ん、全部澄香の言う通り。マヤもそれがいい」
きっとそれが最善で最良で最適。
そんな未来が一番最高だ。
「お、そんな表情も出来るんだね? まぁ、そんな訳だからあまり無茶しないでよね。私でも自分で死にに行くような人は助けられないから。体は助けられても心までは無理だからね」
腰に手を当て、人差し指を立て、いつもより真剣な顔で話す。
「ん、わかった。全部澄香の言う通り」
「でしょ? でも全部ってのは言い過ぎかも」
「ん、それと澄香に聞きたいことある」
「なに? あまり時間ないけど」
若干落ち着いたところで、気になる事を聞いてみる。
ずっと視界の端に映る、ある人物が気になるから。
「ん、メドはどうして攻撃してこない? それとフーナは?」
大橋の手すりの上に立ち、無言でこっちを見ているメドがいる。
なぜ?
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