第475話影の少女の覚悟




「んっ! どこまで増えるっ!――――」


 増殖を繰り返し、向かって来るナイフの幻影に鋭い視線を向けるメド。

 炎の槍で撃墜する以上に、増える幻影にかなり苛立っている。


 

『んっ、エナジーの消費が止まらない。でも幻影は止められない……』


 数多に増え続けるククリナイフの幻影。

 もちろん無限などではない。注いだエナジーの量に比例しているだけだ。


 纏っている装備の全ては、私の核とリンクしている。

 したがって使用するには、装備者のエネルギーを使うことになる。


 だからと言って消費は止められない。止めたらそこで負けだから。

 私を制してフーナと合流し、二人で澄香を襲うだろう。


 それだけは避けなければならない。


 いくら澄香でも二人相手では分が悪い。

 いや、恐らくは敗北するだろう。


 未だに実力の底を見せない、このメドが加われば澄香は――――



『ん、だから合流させる訳にはいかない。澄香にはお願いしたから。私はその恩を返すから』


 ここに来るまでに澄香に話した、私の事情。

 それを聞いた澄香は何の逡巡もなく、笑顔で快諾してくれた。



((別にそこまで畏まらなくていいよ。元々はナジメに頼まれた事だし、それと気になる事もあるし。ええと、それから…… まぁ、そんなわけだから私にも関係ある事なんだよね。だからもっと笑顔―――― は難しそうだね。じゃなくて、せめて顔を上げて前を見なよ。せっかく美人に創ってもらったんだから勿体ないよ))


 どこか言い訳がましく、でも、こんな正体も素性も怪しい私の話を信じて、背中をポンと叩いてくれた。その優しくて温かくも力強いあの感触が、未だ私の背中に残っている。

 


『ん』


 だから私は恩を返す。

 澄香がきっと助けてくれると信じているから。



――



「んっ! いい加減時間の無駄。だから全部消滅させる――――」


 目前に迫る幻影に向かい、小さな口を開き、息を吸い込む仕草のメド。


『んっ! 詠唱? 範囲っ!?』


 私はその行動で、強力な魔法だと身構えながら、更に幻影を増やす。

 メドの元に辿り着くための安全な道筋を、少しでも多く確保する為に。



「ん――――――っ!!」


 途端、詠唱、かと思いきや、吸い込んだ息を、長い息吹と共に吐きだしたメド。

 

『ん?』


 ただし、小さな口から吐き出したものは、息吹などではなく、 


『んっ!!』 



 ゴォォォォォォォォッッッッ――――!!!!



 視界の全てを覆い尽くす程の、真っ赤な獄炎の息吹だった。



『んんっ!――――――――』


 目前に現れた獄炎の息吹は、全ての幻影を飲み込み、瞬く間に消滅させた。

 投げたナイフもろとも、膨大な火力で、私の存在そのものも消し去ってしまった。


「ん?」


 そこに残ったものは僅かな熱気と、悠々と立っている白い少女だけ。


「ん、橋は問題ない。ふぅ~」


 目の前の視界が晴れた中、慌てて周囲を見渡し安堵するメド。

 口端には僅かに炎が残ったまま、大橋を見渡し、軽く息を吐きだす。 


「ん、大丈夫」


 他の建造物に異常がない事を確認し、遠目に映る二つの影に視線を移す。


「これでフーナさまのところに行ける」


 トン


 そして軽く跳躍し、ここを離れようと魔法で宙に浮く。

 

「ん?」


 その飛び立つ間際、地上では気にかけていなかった、空に浮かび小さくなった自分の影が目に入る。

 

「ん、あの能力は中々良かった。だけど弱点も多い」


 影を一瞥しながらポツリと呟き、離れたフーナ達の方に再度視線を向ける。


 ただし、息吹が届かなかった、一本の細い影には気付かずに。 


 

 ガシッ


「ん、や、やっと捕まえた、はぁはぁ――――」


 私はメドを背中から羽交い絞めし、乱れたままの呼吸で『ククリナイフ弐 隠遁式』を握りしめる。


『ん…………』


 後は密着した状態で、これを心臓にひと突きすれば効果が発動する。

 メドと共にエナジーが続く限り、影の世界へと幽閉できる。


 ただし懸念がある。


 今までの戦いの影響で、エナジーの残量が僅かな事。

 度重なる能力とアイテムの使用で、その殆どを使ってしまった。


 残りは予備のリザーブ分を残すだけ。

 これを空にすれば直ちに活動を停止する。



『ん、だけどやらなければダメ。これぐらいのことをしないと返せない。澄香はマスター以外にもたくさん救ってくれるから』 


 そう。

 それが私の覚悟。


 これは自己犠牲ではなく、これから来る未来への恩返し。


 蝶の英雄はこれからも、多くの人たちを笑顔にしてくれるから。

 それは決まった未来だから。



「ん、見事」


 羽交い絞めされたままのメドが一言呟く。


「はぁ、はぁ、ん? な、なにが?」


 掠れた声で耳元で聞き返す。


「ん、あの状況で逃げ延びたのが見事。ワタシがブレスを撃った瞬間、あなたは首巻きを橋の裏側に伸ばして回避した。そして隙を見逃さなかった。それが今の状況」


 前を見たまま律儀に答えるメドだったが、その話を聞いて驚愕する。


「んっ! な、なんで知ってたのに捕まるっ!」


 メドは全てを知っていた。

 メドがした説明通りに、私が回避したことを。

 やられたと思わせ、油断を誘い、その隙を狙っていたことも。



「ん? それは探してたから」

「ん、さ、探して? はぁ、はぁ」

「ん、今のは何でもない。独り言」

「? はぁ、はぁ」

「ん、でもどうする? その武器ではワタシは倒せない」


 片手に握ったままのナイフに目を向けるメド。


「ん、そんなの最初から知ってる。だからこれは――――」


 ビュンッ


 全てを言い終わる前に『ククリナイフ弐 隠遁式』を振り下ろす。


「ん?」


 ただしそれは、今捕えているメドに向かってではなく、


「んっ!」


 グサッ!


「んっ! な、なにをっ!?」

「んっ! ぐはっ!」


 生物でいえば心臓ともいえる、自身の『核』目掛けて振り下ろした。


 そして私とメドはナイフの柄から溢れだした、漆黒の中に飲み込まれていった。



『ん、あとはお願い。そしてサヨナラ―――― 』



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