第465話アドのエンドの脅威とは




 スミカとフーナが接触した、その当日の朝。

 冒険者ギルドのおさ、ルーギルは、少し遅れて職場のギルドに入った。


 いつものように受付の職員に挨拶し、2階の書斎に向かう。



 ガチャッ


「おうッ! ちと遅れて悪かったなッ。朝一ロアジムさんのところに――――」


「一大事ですっ! ギルド長っ!」


「うわっ! 唐突になんだッ!?」


 部屋に入るや否や、クレハンが俺の顔を見て喚き立てる。

 


「なんだよ、一体何があったって言うんだッ?」


 床に散らばった書類とクレハンを見渡して聞いてみる。

 その有様だけでも、予想外の何かがあった事だけは推測できる。



「き、来たんですよっ! 来てしまったんですよっ!」

「いいから落ち着けッ。ほれ」

「あ、ありがとうございますっ! ゴクゴク」


 見るからに動揺しているクレハンに、下から持って来た果実水を渡す。


「で、何があったんだッ? お前がそんな取り乱すのは珍しいぜッ?」


 落ち着いた頃を見計らって尋ねる。

 聞かなくても大体の予想は付くが。


 こんな朝に緊急性の高い話なんて、の件しかないからな。



「ふぅ~、ええとですね、ギルド長が来ない間に二人の子供が訪ねてきたんです」

「ああんッ! まさかもうフーナがッ!?」


 冷たいものを飲み、落ち着いたクレハンの返答に、今度は俺が慌てる。


「いいえ、どうやら違うようです。特徴が聞いていたものと違ってたようなので」

「ん? その口ぶりだとお前は会ってないのかッ?」

 

 話の内容に違和感を感じ、その部分を聞いてみる。


「はい。1階の職員にギルド長がいない事を聞くと、そのまま帰って行ったそうです。なのでわたしは直接は会ってはいません」


「ん? なら何でお前はフーナじゃねぇのに取り乱してたんだッ?」


 良く分からない。

 会ってもいないし、しかもフーナじゃないのに慌てる理由が。



「職員の話ですと、ギルド長を訪ねてきたのは、子供二人で――――」

「それはさっき聞いたぜッ?」


 まだ本調子ではないのか、さっきの話を繰り返す。


「はい、それはわかってますよ。そうではなくて続きがあるんです」

 

 クイと眼鏡を戻し、俺の様子を伺いながら話し始める。


「来訪した二人の子供の特徴は、ナジメさまくらいの背格好で」

「ああ、子供ってんだからなッ」

「その子供が、青い髪の子と、黒髪の子で」

「んッ?」

「アドとエンドって名乗ってたそうですが、何か心当たりありませんか?」

「んあッ?」 


 俺の目を見つめ、真面目な表情で聞いてくる。

 そうは言っても、目尻が僅かに下がっている事を見逃さなかったが。



「…………お前」

「はい?」

「わざと慌てた振りしてただろッ?」 

「…………と、言いますと?」

「そもそもアドとエンドを知らねぇお前が、子供が来たぐらいで大騒ぎするなんておかしいんだよッ」

「え~と、そうですかね?」

「だからその二人に正体を聞いたって事だろう? フーナの家族って事をよッ」


 いい加減、三文芝居に付き合うのも飽きたので、白状させることに決めた。

 それに、芝居をするほど余裕があるって事は、きっと思い違いをしている。



「クレハン。お前には言ってなかったか? フーナの家族もヤバいって事をッ」

「それは聞いてますよ。フーナさんには劣りますが、相当な実力者って事は」

「ああ、それは間違っちゃいねぇが――――」

 

 やっぱり勘違いしてる。

 実力がどうのこうのなんて、些細な事に拘っている。



「違うぜ、クレハン。フーナがヤベぇのは元々わかり切ってる事だッ。あいつの二つ名は『災害の魔法使い幼女』だかんなッ。そんなでもあいつは意外と常識人だッ。魔法の威力のせいで色々巻き込んじまうことはあってもだッ」


「はい。それだけでも十分危険人物なんですがね?」


 相槌を打つように茶々を入れてくる。


「でだ、一番の相棒のメドは、怪しいところもあるが人間を区別できるッ」

「ん? 随分と含みのある言い方ですね…… 区別とはどういう事でしょうか?」

「わかりやすく言やぁ、俺やクレハンを見た目で区別できるって事だッ」


 空になったグラスに映るクレハンを見ながらそう説明する。


「はい? それはそうですよね。わたしとギルド長では体格もそうですが、髪型や肌の色だって違うのですから。でもその流れですと、アドさんとエンドさんは違うって事ですか?」


 話の先を読んだクレハンに聞き返される。


「ああ、その言う通りだッ。メドはまだマシとして、他の二人は見た目で区別がつかねぇッ。いや、出来てはいるんだろうが、それは容姿ではなく、恐らく『匂い』だッ」


「に、匂い? それではまるで獣みたいですね」


 眉を顰めながらも、まだ笑みを浮かべている。


「それもあながち間違っちゃいねぇッ。アイツらの正体を知っちまったらなッ」

 

「正体? その話しぶりからすると、もしかして…………」


「ああ、アイツらは人間じゃねぇ、詳しくは言えねぇがなッ。だから人間の区別がつきにくいんだろうよッ。お前だってゴブリンの群れを見て区別がつくかッ? あのゴブリンが親の仇なんだとなッ」


「いいえ、目立った特徴が無い限りは、難しいですね……」


 顎に手を添え悩むクレハン。


「だろッ? まぁそう言う事だ。だから匂いで判別してんだろッ。ただしその基準は大人や子供、性別じゃなく、強者を匂いで嗅ぎ分けているらしいんだよッ」


「え? それには一体どういう意味が」


 更に困惑し、目を丸くする。


「アイツらの中身が強者に従う種族なんだよッ。だから実力者には、本能的に嗅覚が働くみてえなんだよッ。これはフーナから聞いた話だけどもよぉッ」


「そ、その話が本当ですと、見た目子供とはいえ、魔物が街に入り込んでいるのも重大ですが、その子供たちを従えているフーナさんって……」


 ようやく事の重大さと、フーナの異常性に気付く。


「ああ、フーナに付き従っているって事はそう言う事だッ。フーナの方が強者だって事だッ。メドもアドもエンドも、実力的にはAランクを凌駕する強さなのになッ」


「…………それは大変ですね。その内の二人がこの街に来ているって事もそうですが、万が一、フーナさんとスミカさんが衝突する事があった場合は――――」


「だから、そうならねぇように俺たちが動いたんだろッ? フーナとスミカ嬢が会う事はねぇようになッ。正直惜しいとは思うが、この街を危険に晒すわけにはいかねえからなッ」


 それでも脅威が去ったとは言い難い。

 アドとエンドがこの街にいるだけで、えもいわれぬ不安感が増す。



「クレハン、手の空いてる冒険者に言って、アドとエンドを尾行させてくれやッ。撒かれちまうかもだけど、行き先ぐらいはわかんだろッ」


「は、はいっ! わかりました」


 クレハンは俺の指示を受け、慌てて部屋から出て行く。



「後は偶然でも、フーナと嬢ちゃんが対面しねぇ事を祈るだけだなッ。20年前の天災の立役者はフーナ。10年前は名前も知らねぇ奴だったッ。で、今の時代にあの天災が起きたら、その時は――――」


 あの蝶の少女が容易く解決するものだと思っている。

 他愛もなく何とかしてくれるものだと信じている。

 いつものようにあっけらかんとしながらどうにかする。


 それがこの街を危機から救った、蝶の英雄さまだ。

 だからそれまでは、誰にも負けない事を信じている。

 

 


――――――



 その数時間後、シクロ湿原でフーナたちと相対している、スミカたちは。


 

 バリ――――ンッ!!


「うそ、でしょ?」

「んっ!? ま、まさか、澄香の……」


 フーナに攻撃によって破壊された、魔法壁を目の当たりにし、絶句していた。

 スミカの真骨頂とも言える、透明壁スキルを粉々にした相手を前に、言葉を失っていた。


 そしてそれを切っ掛けに、一気に戦況が偏り始めた。


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