第462話蝶の居ぬ間の思わぬ来訪 その2
不意にこの街に現れた、フーナの家族『アド』と『エンド』
到着早々、冒険者ギルドでナゴタとゴナタに接触していた。
その数刻後、スラムにある石造りの大きな建屋の1階では――――
「うふふ、牛さんたち可愛いね? ハラミ」
『わうっ!』
「おお~、これがねぇねが連れ帰った牛たちか。随分と立派な乳しておるのぉっ!」
「うわ~、アタシこんな間近で見るの初めてよっ! 噛みつかないわよね?」
ユーアとハラミ、そしてナジメとラブナが、先日ナルハ村から連れ帰った牛たちを、同じくナルハ村から来た、ラボとイナの酪農親子で様子を見に来ていた。
牛たちが現在いる建屋は、1階と地下に分かれている2層構造になっており、地上の1階部分は牛たちの飼育小屋として、地下の部分は集会所のままとなっている。元々は牢獄としての施設のようで、各部屋全てに鉄格子がはめ込まれていた。
当初、牛たちのいる1階部分は、広い中央通路の脇に、多くの個室が並んでいたが、ナジメの魔法で部屋の壁を取っ払い、長い吹き抜け状にし、そこを牛たちの寝床にしている。
まだまだ改装が必要だが、少し落ち着くまでは一先ず様子見だ。
慣れない環境で、一部の牛たちの食欲が低下しているらしいから。
「こうやって軽く握ると…… ね? 簡単に出ただろ?」
そんな折、イナとラボ親子を筆頭に搾乳の体験会が始まった。
牛たちの健康具合を見る為にと行われる事となった。
「ほら、ユーアちゃんもやってみなよ? 搾乳機を使わなくても、こうやって手の平を上から閉じるようにするとミルクが出るからさ」
「う、うん、ボクもやってみるっ! うわ~、柔らかいっ! あ、白いの出たっ!」
こちらはイナとユーア組。
イナの見本通りに出来た、ユーアが初めての搾乳に喜んでいる。
一方こちらはラボとラブナとナジメ組。
「あ、ラブナさんっ! あまり強く握ると――――」
「さぁっ! 早く白いの出しなさいよっ! ……うぷっ!」
「うはっ! ラブナの顔が真っ白なのじゃっ!」
「うう~、何がいけなかったのよっ! うわっ! また飛んできたわっ!」
加減を間違えて、せっかくのミルクをぶちまけるラブナ。
「ぬはははっ! お主は乳がデカくなっても、乳の扱いは下手じゃのう?」
その様子を端で見て、爆笑しているナジメ。
「もうっ! 別に胸の大きさは関係ないわよっ!」
「じゃが、ユーアは乳が無いのに乳の扱いは上手じゃったぞ?」
「ならイナさんはどうなのよっ! 大きいじゃないっ!」
ナジメの意見に反論しようと、ビッとイナの膨らみを指差すラブナ。
「って、そこでアタイの名前を出すのはやめてくれよっ! 別に好き好んで大きくなった訳じゃないんだからさっ! どうせならこの分背が欲しかったんだからなっ!」
ムニュと持ち上げて、恨めしそうに自身の膨らみを見下ろす。
「ぬっ? 両方持ち合わせてないわしには耳が痛い話じゃな。じゃがわしはそこそこ得意じゃぞ? 牛ではないが、ヤギの搾乳は小さい頃にしておったからな」
落ち込むイナを横目に、牛の傍らにしゃがみ込むナジメ。
「小さい頃って、今でも十分小さいじゃない?」
「うん、うん」
しゃがみ込むと更に小さい体を見て、なじり始めるラブナとイナ。
「まぁ、黙って見ておるのじゃ。イナやラボほどではないが、わしもそれなりに―――― って、誰じゃっ! さっきからコソコソと覗いておるのはっ!」
和やかな雰囲気から一転、険しい表情で後ろを振り向くナジメ。
スクと立ち上がり、出入り口付近を鋭く睨む。
「あらら、さすがは元Aランクね? 我たちの存在に気付くなんて」
「がう? 俺が気配を隠してなかったからだぞ」
そこには、ナジメの反応を楽しむ二人の子供が現れた。
それはエンドとアドの二人だった。
「…………して、お主たちは何者じゃ?」
ナジメはイナたちを背後に、二人の前に一歩出る。
「何って? ただ単に見学に来ただけよ? この街も久し振りだから」
「がうっ! 牛がいるなんて驚いたぞっ!」
「そうか、なら用事が済んだらここから離れてくれ。他に珍しいものはないのじゃ」
「そう? なら他を見に行くわ。確かにこれ以上見るものはなさそうな感じね。で、それは良いとして、なぜ我たちを警戒してるのかしら?」
腕を組み薄目でナジメを見るエンド。
見た目の幼さとは不釣り合いな、妖艶な笑みを浮かべる。
「警戒じゃと? そんな優しいものに見えるのじゃなお主たちは」
「あら? 違うのかしら」
「何が違うのだ? がう」
「大方合ってはいるが、わしがしているのは警告じゃ」
「警告? なぜかしら?」
「がう?」
「そんなの決まっておるじゃろ。お主たちの見た目に騙されるわしではないからの。これ以上何も用がないなら早々と立ち去るがいい。もし何か良からぬ企みがあるなら、わしが――――」
一歩片足を下げ、半身になって二人と相対するナジメ。
口調はさほど荒くないが、その視線は二人を油断なく見つめていた。
「ナジメちゃん。この人たちボクは恐くないよ? ハラミもそうだって言ってるよ」
『がう』
張り詰める空気の中、ユーアが隣に並び声を掛ける。
「わかっておるぞ、ユーア。じゃがこ奴らは人間の皮を被った何者かじゃ。姿を偽っておるこ奴らを、危険と感じるのは当たり前じゃろう」
視線を二人から離さずに、ユーアにそう告げる。
「いや、ナジメだって似たようなものじゃないっ! 見た目はお子ちゃまなくせにべらぼうに強いんだから、この子供たちの事言えないじゃないっ!」
空気の読めない、と言うか、何も感じていないラブナに茶々を入れられる。
「うぬっ!? ラブナわしは別に擬態しておるわけではないのじゃっ!」
「そう? 別に似たような物じゃないのよ」
「い、いや、こ奴らは何か企みがあって、姿を変えて――――」
「あれ? もういないわよ? ナジメが怒っている間に帰ったみたい」
「ぬっ!?」
突如現れた二人は、ラブナと問答をしている間に姿を消していた。
来た時とは違い、全く気配を感じなかった。
「…………まぁ、今はこれが最善だったかもなのじゃ。わしだけではこの人数や牛たちを守り切るのは難しかったのじゃ。なにせあ奴らの中身は恐らく人間ではないからのぉ」
ユーアたちとは違い、戦いに身を置く期間が長かったナジメだけは何かを感じ、誰にも聞こえないようにポツリとそう呟いた。
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