第461話蝶の居ぬ間の思わぬ来訪 その1




 ズザッ!

 ブルンッ!


「ふっ! まだ踏み込みが甘いですね。私が魔物でしたら危ないところですよ? もっと動きを全体的に捉えて下さい。一部分だけ見ていたら危険ですよ?」


「い、いや、その、わかってはいるのだが、男の性と言うか……」


「はい? 男の、なんですか?」


「あ、いや、こっちの話だっ!」


「? そうですか……」


 コムケの街の冒険者ギルドの訓練場では、バタフライシスターズの一員でもあり、『神速の冷笑』こと、Bランク冒険者のナゴタと――――



 ザザッ!

 ボヨヨンッ!


「う~ん、ちょっと動きが鈍いなぁ。なんで一瞬遅れるんだい?」


「うっ! 自分でもわかってはいるのですが、けど揺れる巨大な物が……」


「ん? 揺れる? 視線の事かい? ならもっと見ないとダメだなっ!」


「も、もっと見るですか? ゴクリ」


「? そうだけど……」



 姉のナゴタと同じく、Bランク冒険者の『剛腕の嘲笑』こと、妹のゴナタと双子姉妹が揃って、この街の冒険者を相手に訓練をしていた。


 なぜそんな高ランクの二人が、同じ冒険者を指導をしているかと言うと、それはギルドからの依頼という事もあるが、姉妹の贖罪の意味も含まれていた。


 数週間前までのナゴタとゴナタの姉妹は、同じ冒険者たちを襲う、いわゆる『冒険者狩り』として、その悪名を轟かせていた。


 その理由は今は割愛するとして、Bシスターズのリーダーの澄香により救われた姉妹は、過去の過ちを清算したい、のではなく、二人を受け入れてくれた冒険者たちに恩を感じ、その感謝として、進んで訓練に立ち会って指導している。


 そんな姉妹は、ほぼ毎日のようにギルドに通い、冒険者たちを鍛え上げている。

 ただその成果が出ているかと言うと、一部の冒険者には出ているが、若い冒険者にはが強いようで、あまり成果が出ていなかったりする。


 それは姉妹の整った容姿に惹かれ、集中できない者も多いが、それよりも、



「そこですっ!」

「うわっ! またっ!」


 プルル~ンッ!


「そこだっ!」

「くっ! 凄いっ!」


 ボヨヨ~ンッ!


 それは姉妹の育ち盛りの双丘に、視線と意識を奪われて、なかなか成果が出なかった。


「まだ私の動きを全体的に捉えていないようですね?」

「うっ! ス、スマン……」


「もう、なんでそこで動きが鈍るんだい?」

「あ、そ、それは……」


 姉妹の質問に、しどろもどろに答える若い冒険者。

 まともに目も合わせられないようで、僅かに顔も赤い。


 それはそうだろう。


 姉妹のそれはまだ成長途中とはいえ、すでに高ランク。

 冒険者としてはBだが、その膨らみはGを超え、更に上のランクに届く勢いだ。


 そんな2段構えの高ランクを前にして、平静を保てるはずがないのだ。

 特に色々と免疫のない、若い冒険者たちには刺激が強すぎた。


 更にタチの悪い事に、自分の容姿とスタイルに無自覚な姉妹。


 恩人のスミカに心酔するあまり、理想の女性像として二人の中で完結している。

 スマートなスミカが理想的で、自分たちは比べるに足りえないと、おかしな勘違いをしている。

 そしてここが一番厄介なところでもあった。



「ふぅ、それでは少し休憩しましょうか。集中力も落ちてきていますし」

「そうだなっ! みんなも前屈みになって疲れてるみたいだしなっ!」


「「「あははは…………」」」


 一息吐き、休憩を提案する姉妹に目を合わせられない一部の冒険者たち。

 一応、訓練に身が入らない事を申し訳なく感じてはいるようだ。


 それと自分の未熟さと、姉妹の熟したものを恨めしくも思っているようだ。



 それぞれに姿勢を崩し、各々に休憩をしていた、そんな中……


「がうっ? ここが訓練場かっ! 前よりも広くなったぞっ!」

「そうみたいね。それよりも先に街を見てみましょう」


 そんな矢先、二人の子供が訓練場を覗き込んでいた。

 背丈はこの街の領主のナジメくらいで、凡そ6歳程に見える。



「おっ! こんなところに珍しいなっ! もしかして希望者かな?」

「そうは見えない、けど、気配が…………」


 ナゴタとゴナタは二人の存在に気付き首を傾げる。

 ただその意味合いは双子の姉妹でも違っていた。

 


「あなたがたは誰ですか? 見学者ですか?」


 ナゴタが一歩前に出て、子供たちに尋ねる。

 愛用の両剣を強く握り直しながら。


「がう? 違うぞ。どっちかっていうと参加者だなっ!」


 青髪の少女があっけらかんと答える。

 もう一人の黒髪の少女は意味ありげな薄い笑みを浮かべている。


「参加者ですか? あなたたちは――――」

「わははっ! なんだか小さな冒険者だなっ! 一緒に訓練してあげたいけど、ケガすると危ないから隅っこで見学しててくれよなっ!」


 姉のナゴタを他所に、妹のゴナタが笑いながら近づく。


「ケガ? それはあなたたちの方ではなくて? 我はケガなど負うつもりはないわ。それに我たちは冒険者ではないわよ?」


 青髪の少女に変わって、黒髪の少女が答える。

 その容姿に似つかわしくない程の、大人びた笑顔を浮かべて。


「そんなのはわかってるってっ! だってまだ子供だろう? 冒険者は決まりで12歳からしかなれないからなっ!」


「そう見えるのは否定しないわ。でも年齢ならあなたたちの百倍は生きているわ。生きてきた年月で言えば我たちも冒険者になれるんだけど。まぁ面倒くさいからならないだけよ」 


「え? そうなのかっ! もしかしてナジメみたく―――――」

「あなたたちの目的は何ですか? 見学だけなら許可しますが」


 ゴナタの話を遮り、ナゴタが割って入る。


「いいえ、ちょっと顔見知りに会いに来ただけよ。これから街を見に行くわ。だからそんなに警戒しないでちょうだい。今はまだ用事はないから」 

 

?」


「さあ、行くわよアド。ここへは後で来ればいいでしょう? 中々に面白い人間がいるのだから、楽しみは後で、という事で」


「がう? 俺はそう言うのわからないぞ? でもエンド姉ちゃんが言うんだから後にするぞっ! 楽しみは取っておくぞっ!」


「ふふ、なら行きましょう。空腹も満たしたいし」


「がうっ! なら先に露店を見に行って、その後は探検するぞっ!」 


 こうして突如現れた小さな子供二人は、意味深な言葉を残して去って行った。



「ナゴ姉ちゃん、もしかしてあの二人って、子供じゃないのかい?」

「さぁ、はっきりとはわからないけど、見た目と中身は別物だと思うわ」

「う~、ワタシにはサッパリだっ!」

「そうね、私も似たようなものよ。確実とは言えないから」


 ゴナタに答えながら、二人が消えて行った通りを見る。

  

『お姉さまとは違う。けど――――』


 どこかモヤモヤとしたまま、また訓練が再開された。

 不安と恐れと、微かなを感じてみんなのところに戻った。


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