第460話高待遇のカエルの英雄さま




「なんだよっ! やっぱり嘘だったんだっ! でも美味しい~っ!」


 キュートードのお肉に、ザクっとフォークを突き刺して八つ当たりをする。

 そしてそのまま口に運び、美味なる味に怒りが冷め、思わず頬が緩む。


「ん、澄香行儀悪い」


 対面に座っているマヤメに注意される。


 そんなマヤメは私と違い、お行儀よく黙々と食べていた。

 表情を見る限りでは、料理を堪能しているのかは不明だ。

 けど、眉が微かに動いているから、きっと美味しいと思ってる。



「そうですね、私も長年キュートードの調理をしていますが、そんな話は聞いた事ありませんね? 嘘と言うよりかは、なにか理由がありそうですけど」


 テーブルの脇に立ってそう話す人物は、『あしばり帰る亭』の店主兼、料理長だ。

 やはりと言うか、ルーギルの話は作り話だったようだ。



 そんな私とマヤメは街の人たちの熱烈歓迎から解放されて、今はあしばり帰る亭で食事をしている。

 そしてここの料理長には、キュートードの味が美味しくなる時期があるかどうか確認していた。

 その答えを聞く限り、そんな時期は存在しないことがわかった。


 この街一番のお店の料理長が言うのだから間違いないだろう。



「理由、ねぇ? そんなのルーギルにあるのかな? 何かあるにしてもそこまで頭が回るわけないから、クレハンも関わっていると思った方が良いね?」


「ん、マヤは知らない」


「え~と、スミカさんの街の、冒険者ギルドのトップの方からの依頼ですよね?」 


「そうなんだよ。最初から胡散臭くは思ってたんだけど、依頼なら仕方ないかと受けたんだよね。キューちゃんたちにも会いたかったし、ついでに羽根休みもしたかったから」


 テーブルの上の桃ちゃんに干物を上げながら料理長に答える。


「あはは、スミカさんは本当に面白い方ですね。魔物を餌付けしながら、その魔物を食しているんですからね。さすがはカエルの英雄さまですよ」 


「う~ん、私はそうは思わないんだけど、でもみんなからも不思議がられてたね」


「ん、澄香は変」


「まぁ、誰かに迷惑掛けてる訳じゃないからあまり気にしないでよ。可愛いものは可愛いで良いと思うし、美味しいものは美味しいんだからさ」 


 ペロっと干物を食べた桃ちゃんを撫でながら答える。


「確かにそうですね。種族の分け隔てのない、そう言う見方も大事だと思いますよ」


 料理長は目を細め、私と桃ちゃんも見て今の話をそう締めくくった。


「あ、それと話は変わるんだけど、私たちこの宿に泊まりたいんだけど空いてる?」


 このあしばり帰る亭は食事処と宿が一体となった、大きなお店だ。

 因みに私のお気に入りのお店でもあり、前回の依頼でもお世話になったお店だ。

 


「はい、もちろん空いていますよ。いつでも空けてありますから」


「それは良かったよ。でも、いつでもって何?」


「はい、この宿の一室を、スミカさん用に貸し切りにしてあるんですよ」


「え? どういう事?」

『ケロ?』


「この街の英雄さまがいつ来ても泊まって頂けるように、一番の部屋を確保しているんです」


「………………マジ?」

「んっ! ゴホゴホッ」


 食べる手を止め、マジマジと料理長を見る。

 マヤメは食事を喉に詰まらせたらしい。



「まじ? ああ、それはもちろん本当ですよ。それが私からの感謝の気持ちですから。それに他の方々の総意でもありますしね。英雄さまとその一行には楽しんでいただきたいと」 


「………………う、うん」


 手を広げ、目を爛々と輝かせ、当たり前のように言い切る料理長。

 私はそれを聞いて言葉に詰まり、ある事を思い出す。


 ここの料理長は他の人たちと違い、英雄の私を囃し立てる事はしなかった。

 感謝はされても、いたって普通の接し方だった。


 だからか居心地も良かったし、前回一人で来た時もここに来た。

 料理を気に入ったのもあったけど、料理長自身にも好意を持ったからだ。



 それが―――― 


『ああ、納得したよ。だから私たちだけ個室に案内されたんだ…… しかもお店自体は忙しいのに、料理長が付きっきりなのも合点がいったよ』


 キュートードの流通が円滑になった影響で、このお店は以前の活気を取り戻した。

 いや、前の話だとそれ以上に繁盛していると言っていた。


 それは元々人気店なのと、それに私が通った事もあり人気にその拍車をかけたらしい。 

 英雄さまご一行が度々利用されているお店として、更に繁盛していると。


 お店自体はひっきりなしにお客さんが訪れている。

 なのに責任者の料理長は私たちの相手をしている。


 ならそう言う事なのだろう。



『まぁ、他の人たちとは違いグイグイ来るわけではないからいいけどさ、でも前よりはちょっと居づらくなるよね? 余り贔屓されると遠慮しちゃうよ』


 気兼ねしちゃうのは、根っからの小心者なのだろう。

 あんまり歓迎されると、その度合いと同じくらいに引いてしまうのは。



「あ~、でも料金はきちんと払うからね? 食事分と持ち帰り分と部屋の分も」


 ここだけは引けないと料理長の目を見て話す。

 さすがにフルコースとVIPの部屋は気持ち的にも重すぎるから。



「いいえ、それも結構です。ご満足いただけるだけご利用くださって」


「い、いや、それは嬉しいんだけど、私が悪い人だったら際限なく利用しちゃうよ? それこそお店が潰れるくらいに頼んじゃうよ? そうなったら困るでしょう?」


 若干、言葉に詰まりながら弱々しく脅してみる。

 僅かに抵抗をして見せるように。


「スミカさんがそう言った立場を悪用しない人なのは知っています。それは人柄もそうですが、他の街でも英雄扱いされている事も耳に入っていますしね。だから何も心配していませんよ?」


「そ、それはそうだけど……」


「あ、私は部屋の支度を指示してきますので、何かありましたら呼び鈴でお呼びください。ではごゆっくりとお食事を楽しんでください」


「あ」


 にこやかな笑みのまま、料理長は恭しく頭を下げて部屋から出て行った。

 私のささやかな抵抗は失敗に終わった。



「はあ~、だから目立ちたくないんだよ。好意を持たれて、あれこれしてくれるのはいいんだけど、度が過ぎると何だか気が引けるから」


「ん、それは澄香のせい」


「何それ? 私が悪いみたいに聞こえるんだけど」


 思わず出た独り言に反応したマヤメを睨む。


「ん、違う。澄香は良い事した。だからみんな親切になる」

「まぁ、それもわかるけどね。私もユーアに何でもしてあげたいと思うもん」

「ん? それは良く分からない」


 無表情で首を傾げるマヤメ。

 今の話に繋がるとは思えなかったのだろう。


「それはそうだよ。私の中だけの話だから。ユーアはどう感じているかわからないけど、私は救われているからね。この世界に来て見付けられたから」


「ん? この世界?」


「あ、何でもない。それよりも今日はここに泊って、明日また街を散策しようよ。シクロ湿原にも行きたいし、もう少しゆっくりしたいから」


「ん」


 そんなこんなで、依頼の一日目は何事もなく過ぎて行った。

 あと9日間も滞在するかは後で考えよう。



――――



 一方、その半時前。

 あしばり帰る亭の外では、二人の幼女がコソコソと話し合っていた。



「ん、フーナさま。あの人たちここに入って行った」

「うん、もしかしたら泊まるのかな? ならチャンスは明日だね?」

「ん、街を出る時もあるかもしれない」

「よし、ならわたしたちもここに泊ろうよっ! 部屋はもちろん一つで」


 この街一番のお店を見上げて、メドに提案する。


「ん、フーナさまがそう言うなら」

「だったら抱き枕してもいい? 略してメド枕」

「ん、それはダメ」

「グスン」


 こうしてメドとわたしたちの一日も終わりは告げた。 

 明日こそは抱き枕、じゃなくて、蝶の駆除をすると心に決めながら。

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