第456話蝶になりたいマヤメ




「で、マヤメはどうやってウトヤの森まで来たの? コムケの街を出たのは昨日だったんでしょう? 見たところ馬とかいなかったし」


「ん?」


 今私は、澄香の魔法壁に乗せてもらい、シクロ湿原を目指し空を移動している。

 そしてその真下には、保護色の水槽に入ったキュートードも着いてきている。



『ん、本当に凄い。澄香の魔法…… 一体どうやって浮いてるの? なぜここまで安定しているの? それと色や形や大きさをこんなに自在に変化できなんて。そしてもの凄く頑丈』


 しゃがみ込んで力を入れてナイフで刺してみる。


 ガキィ!


『んっ! ダメ。全く傷がつかない。本当に凄い魔法』


 どんなに固い鉱物だって、破壊できないだけで少しは傷がつく。

 それが魔法だからと言っても、そこに存在するのならばそれが道理だ。


『ん? もしかして、すぐさま修復してる?』


 だったら納得がいく。

 傷がついた瞬間に、高速で直しているのであれば。


『なら今度は全力でっ!』


 ククリナイフを両手で持ち、大きく振りかぶり魔法壁に突き降ろす。


 ブンッ!

 ムギュ


「んっ? 柔らかい? きゃっ!」


 ところが、突き刺した瞬間にナイフがめり込み、体ごと跳ね返され、尻餅をつく。



「ん、痛いっ! なんで?」


「あのさ、さっきから何やってるの?」


 座り込み驚く私を、澄香が不思議そうに覗き込んでいる。


「ん、ちょっとした実験」


 何事もなかったようにスッと立ち上がり澄香に答える。


「……まぁ、色んな事に興味を持つのは良い事だけど。あまり物騒な事は――――」

「ん、なんで急に柔らかくなった? さっき硬かった」


 澄香の言葉を遮って聞いてみる。

 あれ? 少しだけ呆れてる?



「ああそれは。マヤメが攻撃をしたところだけ、物を反発する効果に切り替えたんだよ」

「ん? 反発?」

「そう。その言葉の通り実態があるなら跳ね返せる魔法だよ」

「ん? だって魔法の見た目もそんな素振りもなかったっ!」


 自分がナイフを刺した箇所と周辺を見る。

 何の変化も違和感も見付けられない。

 一面桃色の同じ足場にしか見えない。



「そりゃそうだよ。そんな簡単に見破られたら、魔法としても能力としても致命的だもん。私にしか見えないし、操作も私だけだよ」


「ん…………」


 凄い。

 本当に凄い。 


 平然と澄香は説明しているけど、魔法としての常識を逸脱している。

 見た事も聞いた事もない魔法を、完全に自分の物にしている。



『これが英雄? これが澄香』


 この人が強いのは、今まで得た情報で知っている。

 だが目の当たりにすると、その驚異的な力に更に思い知らされる。



『マヤがいた組織でも強いのはたくさんいた。けど、実行部隊のナンバー持ちシスターズよりは強い。もしかしたら一桁ナンバーよりも……』 


 相性の問題もあるが、同等かそれ以上だと感じる。

 一桁台のシスターズとも互角以上に渡り合えると。


『ん、ただ、ゼロナンバーのタチアカと3姉妹は厳しい。澄香の全てを見た訳じゃないけど、あの4人は組織でも一級品の特殊なアイテムを装備していると聞いた。でも――――』


 それでも信じたい。

 蝶の英雄さまが、この世界の英雄さまになるんだと。

 みんなを導く道標に足りえる存在なんだと。


 あのタチアカには無いものを感じてるし、そう信じてる。

 だからあの人の周りには大勢が集まってくるんだと。


 まるで野原に咲く花に集まる蝶のように、その魅力に吸い寄せられるんだと。

 澄香と言う、不思議で眩しい存在に惹かれるんだと。

  


『ん、だからマヤもその魅力に惹き付けられた蝶かも。蝶は澄香なのに、クス』


 なんて一人勝手に悩み、笑みを浮かべていると、


 く~ きゅるる。


「ん?」


 空腹を知らせる可愛い音で我に返る。



「あ、あれれ? マヤメお腹減ったの?」


 その音は明らかに隣から聞こえてきたが、当の本人は誤魔化すように私を見る。

 どうやらお腹が鳴ったのを知られたくないみたいだ。



「ん、そうかも」

「あ、ああ、そうなんだね。マヤメは食べ物持ってきてる? なければ……」

「持ってる。おにぎり」

 

 昨日おばちゃんに貰った残りを取り出して見せる。


「って、それ何処から出したの?」

「ん? パンツの中。保存がきく」

「ま、まぁ、いいや。なら私のもわけてあげるからお昼にしようか?」

「ん」


 テーブルを取り出し、いそいそと準備をする。

 見る間に湯気の立つ、美味しそうな料理が並べられていく。



「それじゃマヤメはそっちに座って、好きなだけ食べていいからね? お腹なるほど減ってるんだもんね? お替りもあるから遠慮しないでね?」


「ん、ありがとう」


 最後まで私のせいにして、素知らぬ顔で準備を終える澄香。

 だから私も知らない振りして席に着く。

 

 こんな普通の人が英雄さま。

 でも多くの人に慕われている人間。


 パク


「ん、あたたかくて美味しい」


 暖かい。

 口の中だけではなく、何かこう……


「そう? まだまだあるから気にしないで食べて。一昨日かなり買い込んできたから」

「ん、これも美味しい………… あたたかい」


 体の中から暖かくなる。

 ポカポカと心の中まで満たされる。


「まぁ、出来たてを買ってきたからね? 後こっちは飲み物ね」

「ん、ありがとう」


 なんだろう?


 澄香の傍にいると安心する。気持ちが楽になる。

 自分好みの温度に合わせてくれる。


 きっとそれが理由。


 あそこ組織になかった物を与えてくれる不思議な存在。

 忘れかけていた温もりを思い出させてくれる貴重な存在。


 だから私も蝶になろう。


 いつ終わるとも知れない不安定な命だけど、それまでは澄香の周りを飛び回ると決めた。



――――



 一方その頃、

 スミカたちより先にノトリの街に着いている、フーナとメドの二人は。



「ああ~、さすがにお腹一杯だね~っ! ふぅっ!」


 膨らんだお腹をポンポン叩き、一息吐く。


 そんな私とメドは、あらかた屋台や露店を回り、しこたまお土産を買い込み、お腹が破裂しそうな程食べ歩き、今は広場の脇のベンチに座って寛いでいる。


 あ、お腹がヤバいのは私だけで、メドは美味しそうに食べる私を見ていただけだった。

 それでも目を細めて、頬が緩んでいる様子を見ると、メドなりに楽しんでいたようだ。


 あの憎き幼女の敵の『蝶』の存在を忘れるぐらいに。


 

「ん、そう言えばフーナさま気付いた?」

「な~に? けぷ」


 メドの整った横顔に見蕩れてると、ふとそんな事を聞かれる。 

 その目は屋台が多く並ぶ、広場に向けられていた。


「ん、フーナさま行儀悪い」

「あ、ごめんごめんっ! で、何の話?」


 小さくゲップが出たのを怒られながら、話の先を促す。


「ん、看板や暖簾のマークが変わってる」

「マーク?」


 メドの視線の先を追いながら、あちこちに立っている看板を見てみる。


「そうかな? いつものカエルの絵だよね? この街の特産品の」

「ん、もっとよく見て」

「うん、わかった………… あれ? ちょっと違う?」


 確かに前に来た時とは、書かれている絵の形が変わっている。

 いや、変わったと言うか、元々の絵に付け足された感じだ。



「ん、前はキュートードを模した影の絵だった。けど今は」 

「何あれ? なんでカエルの背中に羽根が生えてるの?」


 カエルのシルエットの両脇に、どこかで見たような羽根が足されている。 


「へ~、あんな魔物もいるんだ。新種のカエルかなぁ?」


 若干、気持ち悪いなと思いながら、繁々と眺める。


「ん、そんな魔物見た事ない。それにあの羽根は蝶にそっくり」

「えっ? そう、だね…… 何かカエルと関係あるのかな」

「ん、もしかしたら蝶の冒険者と関係ある。かも?」

「へっ!?」

「そして意外と近くにいる。かも?」

「えっ!?」

「なんて冗談。そんな偶然あるわけない」


 驚く私の手を握ってニコと微笑む。


「あはは、そうだよね~っ! そんな偶然あるわけないもんね~っ! でももし出会ったらわたしが成敗してあげるからねっ! メドやこの世界の幼女たちの為にっ!」  


「ん、フーナさまなら出来る」


 コクと頷いて、励ましてくれるメドだったけど、その目はあの看板を見続けていた。

  

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