第450話英雄さまからのお願い




「準備できた?」


 今朝も朝食を孤児院でご馳走してもらい、玄関先で出かける予定の親子を待っていると、父親のラボが先に顔を出してきた。


「俺の方は大丈夫だ。だがイナが……」


 先に出てきたラボは言葉に詰まりながら後ろを振り向く。


 その視線の先には、


「う、うん、用意は出来たんだけど、スミカ姉から借りた服の袖がダボダボで、なんか胸だけキツイんだけど…… これで大丈夫か?」


 ユーアとお揃いで買った、私のワンピースに身を包んだイナが現れた。

 初めての街を歩くので、少しでもお洒落したいと言ってたので貸してあげた。



「なにも問題ないね? じゃ、行こうか」


 モジモジしているイナを無視して、クルリと後ろを向き街に向かって歩き出す。


「ちょ、だから胸だけキツイんだってっ!」

 

 慌てて隣にまで駆けてきて、そんなクレームを入れてくる。

 その後ろには苦笑しながらラボがついてくる。



「ち、そんなのイナが悪いんだって。身長に行く分の肉が、そんなところにいってるんだから」


 チラとその物体を見下ろして、吐き捨てるように答えて歩き出す。


「うわ、大人げないな、スミカ姉はっ! 身長の事は悔しいけど仕方ないだろ? 牛乳飲んでたら大きくなったのは胸だけなんだからなっ! もう少し背が欲しかったのにさっ!」


 胸の辺りの生地を引っ張りながら投げやり気味に話す。


「いや、引っ張らないでよっ! それユーアとお揃いなんだからっ!」

「あ、ごめんな。動くたびに食い込んで歩きづらいんだよっ!」

「……………………何が?」


 悪気があるのかないのか不明だけど、それよりも気になる内容が……



「あ、あのさ、本当に大きくなったの?」

「だから伸びてないってっ! しつこいなぁ、スミカ姉は」

「じゃなくて、そ、それだよ?」

「それ? あ、これか?」

「う、うん」


 ようやく私の視線に気付いたイナ。


 胸の事より、子供として見られる身長の事が気になってたみたいだ。

 私が見てたそこは子供じゃないけど。



「うん、そうだけど。なんで?」

「いや~、私も子供に見られる時があるから、ある程度は欲しいなぁって」

「ふ~ん」

「だって街を出る時、子供だと心配されるじゃんっ!」

「そうなのか?」

「子供だと思って依頼来ないかもしれないしっ!」

「へ~」

「そ、それに防具の代わりにもなるしっ! ボヨンって跳ね返せるしっ!」

「はあ?」

「だから色々な理由があって私も欲しいんだよっ! 決して個人的な希望とか願望とかではないからねっ! 生きるのに必要なだけなんだよっ!」

「ほ~」 

「って、ちゃんと聞いてるのイナっ!」


 話をするたびに、だんだんと目を細めるイナ。

 茶化されてはいないけど、絶対真面目には聴いていない。



「いや~、スミカ姉は要するに、アタイが羨ましいんだろ?」


 グイと自慢げに上半身を突き出す。


「違う。生きる為」


 無表情で答える私。


「本当に?」

「うん、だからこの街でもミルク作って私に届けて。生きるために必要だからっ!」

「え?」


 さっとイナの前に回り込み、深々と頭を下げる。

 こういうのは先に頭を下げた方の勝ちだ。

 きっと頼みごとを心よく聞いてくれるはずだ。


 の予定、だったんだけど、



「ええっ!? ちょっとやめてくれよ、スミカ姉っ!」

「はっ! イナ、お前はスミカさんに何したんだっ!」


 これはいい。

 その反応は予想できたから。



「な、なんだ、街の英雄さまが見ない顔の親子に頭を下げているぞっ!?」 

「もしかして、あの親子の方が強いのかっ!?」

「親父は中々強そうだが、娘はまだ子供だぞっ!」

「いやいや、そう言ったら蝶の英雄さまだって子供だぞ?」

「あ、あの見ない子供よりも子供だな」

「「うん、うん」」


 けど、チラチラと私を見ていた街の人たちが騒ぎ出したのは予想外だった。

 しかもイナと私の何かを見比べて、勝手に年下みたくなってるし。



「……そろそろお店が開くから急ごうか?」

「「コクコク」」


 こうして逃げ出すようにニスマジのお店に向かったのだった。




――――――


 その頃、コムケの街から150キロ程北西にあるシクロ湿原では。



「ん、フーナさま、そろそろいい。もうたくさん」

「ん~、そうだね。あまり狩っちゃうと街の人に怒られそうだもんねっ!」


 メドに止められてふと辺りを見渡す。


 そんな私とメドの周りには、このシクロ湿原に数多く生息し、大人気食材のキュートードの色とりどりの死体がたくさん浮いていた。

 それはまるで大量の花びらを水面にばら撒いたかのようだった。



「ん、これ以上は営業妨害になる。そもそも依頼も受けてないし」

「だねっ! これだけあればいいお土産になるよっ!」 


 収納魔法でかき集めながら、手伝ってくれているメドにそう返す。

 見渡す限りまだまだたくさんいるけど仕方ない。



「じゃ、後はノトリの街に持って行って調理してもらおうっ!」

「ん」

「ついでにお留守番しているアドたちの分も作ってもらおうっ!」

「ん、それはみんな喜ぶ。シーラもエンドも」


 濡れた髪をかき上げながら、ニコと優しく微笑むメド。



『むふふ、相変わらず可愛いなぁ~、メドは』


 メドの今日の出で立ちは、いつもの白のワンピース。

 けど、ワンポイトとして白い髪に花飾りを付けている。


 因みに私の衣装(装備)は、いつもの女神さまご用達の魔法使い風。


 左右の袖同士が結べそうな長さの身長より50センチは長いローブ。

 色は桃色。じゃなくて、目がチカチカする程の蛍光ピンク。

 三角帽子はコック帽の2倍の高さ。

 持ってる杖も軽く私の2倍もある。


 これでも女神さまから貰った大切な衣装でもの凄く頑丈だ。

 破けたりも燃えたりもしないし、状態異常も防いでくれる。


 私はそんな衣装をかれこれ、20年近くも愛用している。


 色々とサイズが合わなくて大変だけど、この衣装のおかげで助かった事も、その反対に危険な目にもたくさんあった。

 それにこれをくれた女神のメルウちゃんとは大の仲良しだ。

 だから今でも気に入ってるし、これに変わる衣装もないとも思っている。


 

「ん、フーナさま?」


 思い出に独り浸っている私を覗き込むメド。


「あ、ごめんごめん。それじゃノトリの街に戻ろうか?」

「ん」


 返事をしながらメドの手を取り、ノトリの街に向かって飛び立つ。


 さぁ、今日はご馳走だよっ!


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