第449話マヤメの苦悶と英雄さま


 


 ここは、スミカの住むコムケの街の一般地区にある至って普通の建屋の中。

 その中では神妙な面持ちで、何者かと通信魔道具で話をする少女がいた。




「ん、違う。マヤは裏切ってない」


 いつもの夜の定時連絡。

 マヤメの第一声はそんな一言から始まった。


 数日前から、自分が組織に疑われているのは感じていた。

 だからマヤメは事実無根だと主張する。


 それは、マヤメと組織との関係に認識の違いがあるからだ。

 裏切る裏切らない以前に、根本的に乖離している部分があった。



『はぁ? それじゃ何故対象が未だに生きてるんだ?』


「ん?」


『各地に配置した魔改兵の反応が減っている。シクロ湿原のリザードマンタイプに続き、先日もナルハ村のSワイバーンの反応が消えた。マヤメを調査に送った区域だぞ? 今まで何をしていた?』


「ん、言われた通りに監視してた。倒すとは言われてない」


『そいつらがアタイたちの邪魔をしているのにか?』


 声のトーンが下がり剣呑な雰囲気に変わったのを感じる。



「ん、でもマヤではあの人に敵わない。仲間も強い」


『だからと言って何も手を出さず、静観している理由にはならない。何かしらの妨害工作か、マヤメの特殊能力で暗殺も可能だっただろう。 なぜ今まで行動に移さなかった』


「それも無理。あの人はマヤとは格が違う。次は触れた瞬間に捕獲される。その方が組織としても困る。マヤから情報が洩れるから」


 一度相対したが、今度は確実に捕まる。

 あんなもの特殊スキル 次にあの人には通じない事は、一度の接触だけでわかった。



『ふん、そんなものは言い訳にもならない。お前から漏れる情報などたかが知れているからな。最初からシスターズ下位のお前にそこまでの情報は与えてない』


「ん…………」


『なら、これからお前はどうする? このまま何もせず組織を裏切るのか?』


「だから裏切ってない」


『敵を目前にして未だに何もしない、お前の行動が背信行為とみなされてもか?』


「ん、そもそもマヤは仲間になっていない。だから裏切ってない」


 手に握っている通信玉に向かって、事実をハッキリと告げる。

 元々そんな関係でも、そんなつもりもなかった。

 ただ自身の生命維持の為に必要だったからだ。



『…………そうか、アタイがマヤメをシスターズに入れたのが間違いだったな。ならそのまま活動を停止するがいい。そしてお前の創造主を探し出して、そのまま一緒に消えてもらう』


「んっ! なんで知ってるっ!?」


 沈黙の後に出た言葉で、我を忘れて声を張り上げる。

 あの人のことは、今まで誰にも口外してない筈なのに。



『そもそもお前の素性を調べもしないで、組織に入れるわけないだろ? ましてや人ならざる奇異な存在なら尚更だ。だからお前の事を調べた。お前が何者かと、お前を生んだ創造主の事をな』


「んっ! でも、もうあの人マスターは…………」


 いない。

 自分を救って、遠いところに行ってしまったから。



『…………それも知っている。既にこの世にいない事ぐらいはな。だからお前を組織に入れた。主を失って以降、世俗を離れ、人との関わりを絶った、独りのお前の都合が良かったのでな』


「………………」


『だが、それももうお終いだ。お前は14日後に機能を停止するだろう。お前へ送っていたエナジーの搬送を断つからだ。だからそれまでにもう一度考えてみろ』


「ん、なに、を?」


 真っ白な頭のまま、かすれた声で聞き返す。


『決まっているだろ? 任務を全うして組織に生涯を捧げるか、そのまま14日以降に独り死んで逝くかだ。後者の場合は、お前が大事に守っていた主の亡骸を探しだ――――』


「んっ! わ、わかったっ! マヤは言う通りにするっ! だから」


 最後まで話を聞く前に、通信玉を強く握り意志とは反して肯定する。


『なら10日経つ前にその邪魔者を始末しろ。だが、このままエナジーの搬送は止めておく。未だお前を信用するには材料が足りないからな』


「…………ん、わかったっ! だからあの人には――――」


『先ずは、リーダの蝶の英雄とやらを消せ。いいな? その後で搬送を再開する』


「えっ!?」


『では、次の報告で朗報が聞ける事を期待しているぞ――――』


「あっ!」


 プツッ


 ここで、『タチアカ』との通信が切れた。

 高圧的で脅迫的だった、シスターズのリーダーの。 



『ん…… マヤはこれから、あの人と戦うの?…… 無理』


 胸に手を置き目を閉じて、あの蝶の姿を思い出し結論付ける。

 あの人に敵わない以前に、自分は戦えないと諦める。

 

 それともし戦えたとしても、到底勝てる相手ではない。

 たった一度の手合わせだけで本能的に理解している。



『ん、マヤはこれからどうしよう。あ、でもあの時、ナジメは――――』


 目を開け脳裏に浮かんだのは、先日行動を共にした、この街の領主の姿だった。

 組織で開発した、あのへんてこな水着を着た幼女の言葉を思い出した。


 それは――――



((街を救ってくれた恩には、ねぇねも力を貸してくれるのじゃっ! お主が何に悩んでいるかは聞けないが、きっと頼れば救ってくれるのじゃ、この街の英雄さまがなっ!」))と。


 そう別れ際に、スラムの帰り道でナジメが言ってくれた。

 腰に抱き付き、見るからに自慢げに笑顔で語ってくれた。



『ん。だから、頼ってもいい? 信じていい?――――』


 ナジメの言葉を噛み締め、心の中で何度も反芻する。

 それだけで心が徐々に落ち着くのを感じる。


 倒すべき相手に頼る矛盾。


 裏切者と罵られようと、今度こそ言い訳はできない。

 今までのちょっとした手助けとは訳が違う。

 そもそも、あの人が手を貸してくれるかもわからない。

 

 

「けどあの人はちょっとだけマヤの正体に気付いてる。それでもマヤと仲良くしてくれた…… それに澄香はあの人マスターと同じ匂いがした。似た雰囲気を感じた。だから――――」


 信じたい。


 あの人がマスターの生まれ変わりなんだと。

 自分を創ってくれた、他の世界から来た英雄さまなんだと。



「だからせめて、マスターだけでも助けて欲しい。マヤの命と引き換えでも構わない。だからナジメの言葉を信じて会いに行く。そして叶えてくれたなら――――」


 自分もマスターの後を追う事になる。

 組織を裏切った事で、今まで協力して得られていたエナジーの供給が無くなるから。



「ん、それでもいい。マスターが世界からいなくなるよりは…… だから」


 誰もいない暗がりの部屋の中で、そっと横になり目を閉じる。

 瞼の裏に映るのは、いつもの深い海のような光が届かない暗闇。


 けど、それと同時に微かな光りも垣間見えた気がした。

 同じ色でも全く異質なものが遠くで光って見えた。


 墨の様な長い黒髪に、黒曜石のような意志の強さを感じる双眸。

 それとは相反する雪のような白肌。

 

 奈落の底にあっても暖かい光を放つ存在。


 それはこの街の英雄さまの姿。

 自分を柔らかな光で包んでくれる、希望の光。



「ん、おやすみ」


 そうして今夜もあの人を心の拠り所にして、ゆっくりと眠りについた。


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