第442話手紙からくるトラブルの予感




 スミカたちがナルハ村での滞在が伸びたその頃。


 拠点とされる、コムケの街の冒険者ギルドでは、ある一通の手紙で、何やらギルドの重鎮二人が慌てていた。




「おいッ! クレハンこれ見てみろよッ!」


 今しがた職員から受け取った手紙を読み終わり、事務処理に没頭しているクレハンに投げて渡す。


「何ですかギルド長。これは封書ですか? 一体誰からですか?」

「いいから中読んでみろよッ」 


 繁々と手に持ち、眺めるだけのクレハンを急かす。



「はい、それじゃ読ませていただきますね? ――――ええと、随分と可愛い字を書かれる方なんですね? それと出だしの文面が挨拶ではなく、いきなり主文に入るのは珍しいですね?」


「いや、そんなとこに注目すんなよッ! それよりも内容をよく読めッ!」


 こんな時でも几帳面なクレハンに堪らず突っ込む。

 恐らくはわざとやってるんだろうが。



「ははは、すいません。ちょっと悪ふざけしました。書類とのにらっめこにも、もう飽きたので。ええと、どれどれ――――」


 眼鏡を指で直しながら、広げた手紙の続きを読み始める。



「………………こ、これって、まさか?」


 数秒で手紙を読み終え、顔を上げたクレハンは半笑いだった。

 懸念と愉悦が混ざり合ったかのような複雑な表情だった。


 きっと俺も同じような顔だったんだろう。

 だから、からかわれたに違いない。



「な? これってどうなるんだッ? 何かあれば街が吹き飛ぶんじゃねぇかッ!?」

「そ、そうですね、でもスミカさんはかなりの常識人だと思うので大丈夫ですよっ!」


 コクコクと首を何度も振って、自分に言い聞かせるように返答する。


「お前、それ本気で言ってんのかッ? あれで嬢ちゃんが常識人だとッ!? あの妙な格好で、目の前で家を出したり、元Aランク無傷で倒すような子供がかっ!?」


「い、いえ、そこにはわたしの強い願望が入ってました、すいませんっ! ですが基本スミカさんは、自分からは手出ししないですよっ! 何だかんだで目立つのを嫌いますしっ!」


「そうなんだがよぉ、でも嬢ちゃんには禁忌とされる、ある理由があるだろうがよぉ? 冒険者証の特記事項にも付け足したやつがよッ」


「そ、それは――――」




 スミカ嬢の冒険者証に載っている特記事項は、今のところ2つある。


1. 妹とされるユーアに手を出す事。(罵倒や悪意を持つでも×)

2. 身体的特徴(特に上半身)の話題について触れる事。


 以上の2つが、スミカ嬢の逆鱗とされる内容だった。




「で、でも、それに抵触しない限りは問題ないですよねっ!」


「まぁそうなんだがよぉッ! でもこの『フーナ』は幼い子供の女が好きなんだぜッ? 会った時から連れ歩いてるかんなッ! とっかえひっかえよぉッ!」


 説明しながら、この手紙の持ち主『Aランク冒険者』のフーナの事を思い出す。


 初めて会った時も、白と青のちんまい幼女を連れていた。

 その後にパーティーを組んだ時には、更に小さいのが増えていた事も。



「って、事はユーアさんや、見た目で言うとナジメさまにもちょっかいを出す事になるんですかっ!? それと孤児院の子供たちや、大豆屋のメルウさんにもっ!?」


 事の重大さを理解したクレハンは、血相を変える。


「その趣味って言うか、性癖が今でも治ってなければ、恐らくは何かしらのちょっかいは出すかもしれねぇッ! ただ眺めてるだけならいいんだかよぉッ」


「た、確かフーナさんは魔法使いですよね? それでその実力はどうなんですか?」


「そうだな、正直に言うと………… わからねぇ」


「え? わからない? とは」


 俺の答えを聞いて眉を顰める。


「アイツは嬢ちゃんと一緒で、全く底が見えねぇんだよッ…… 本気なのか遊びなのか他に理由があるのか、おちゃらけた態度とは裏腹にもの凄げぇ魔法を使いやがるんだッ。しかも素手でも相当強ぇッ」


「………………も、もし、仮にですよ? 昔にパーティーを組んだ事のあるギルド長からみて、本気で魔法を使ったらどこまでの被害になると思いますか? あくまでも予想としてですが」


「そうだなァ、俺の見立てではさっきも言ったが、この街ぐらいは簡単に無くなるなッ。跡形もなく消滅するんじゃねえかと睨んでいるッ」


「………………」


「それと、そのフーナの仲間の子供もヤベェ…… フーナ程ではないにしろかなりの実力者だッ。凡そ人間とはかけ離れた強さの奴ばかりだッ。あんなのどこで仲間にしたんだかッ」


「………………」


「って、オイッ! クレハン聞いてるかッ!?」


 ずっと黙り込むクレハンに声を掛ける。

 説明の途中から下を向き、小刻みに肩が揺れていたから。



「………………聞いてますよ、もちろん」


「なら顔上げてくれやッ。一体どうしちまったんだッ? って、まさかお前ッ、怖気づいたんじゃなく、もしかしてッ――――!?」


 俺は勘違いしていた。

 クレハンは下を向き、恐怖で震えているものだと思っていた。


 だが、


「はい、ちゃんと聞いてますよ? ちょっと色々と考えてたんですって。この街を救う手立てとか、あの二人を会わせない方法とか、他にもギルドとしての――――」


「って、それはそんなニヤけた顔で言うセリフじゃねぇッ! 信憑性が全くないぞッ!」


 顔を上げたクレハンは、表情が微妙に強張ってはいるが、それとは対照的に、口元はこれでもかというぐらいに吊り上がっていた。


 まるで降って湧いた愉悦を我慢するかのように。



「いや、そう言うギルド長だって、言葉とは裏腹に目元が緩んでましたよ? この街が危険に晒されそうな話なのに、終始変わりませんでしたよ?」


「そ、それはだなッ………… まぁ、ぶっちゃけて言うと、スミカ嬢とあのフーナとの邂逅が楽しみになってんだよッ! 俺は二人を知ってっから余計に期待しちまうんだよッ!」


 半ば吐き捨てるように、本音を吐露する。


「やっぱりそうじゃないですか。わたしだって一緒ですよ。スミカさんのデタラメ振りは目の前で見てますし、関わった貴族の人たちからも充分に規格外だって聞かされてますしね」


 俺に対抗するように、スッと背筋を伸ばして話すクレハン。

 貴族ってのは恐らく、ロアジムさんやムツアカさん辺りだろう。



「でもまぁ、俺たちの希望的観測はどうでもいいとしても、それよりも何とかしねぇとヤバいなッ。戦うなんて事になったら冗談では済まねぇからよぉッ」


「本当にそうですよ。だから策を練りましょう。二人を会わせない方法か、争わせない方法を。それでフーナさんは5日後に来るんですよね? その手紙の内容通りですと」


「だなッ。5日かもありゃ嬢ちゃんたちも戻ってくんだろ? だからそれまでに作戦を考えるぞッ! この街を救うのは俺たちだッ!」


 拳を顔の前でグッと握り宣言する。

 オークたちの侵攻を止めた、つい先日の戦いを思い出すように。



「ですから、その緩んだ目元を引き締めてから言ってくださいよっ!」

「はッ!? 悪りぃ、悪りぃ、ついなッ! クククッ」

「もう、相変わらずですね、ギルド長はっ! ふふふっ」



 そうして俺たちは、ギルドの業務をほったらかしにして、緊急会議を始める事にした。

 この街を救うなどと、大層な使命感を勝手に背負いながら。


 そして怖いもの見たさとはこの事なんだと、心底その意味を理解した。



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