第443話帰り道と遠ざかる謎の影




「ねぇ、イナ。随分と荷物が少ないけど、それだけ?」

「え? だって搾乳や他の道具は牛の荷台に入れて運んでもらってるぞ?」


 私がそう尋ねると、下を見下ろして不思議そうに答える。

 その真下には20数頭の牛たちが透明壁スキルの上を大人しく乗っている。


 一応色は草原っぽく緑色にしてみた。

 牛たちにリラックスして貰うために。


 だって私たちと一緒に空を飛んで移動中だもん。

 大事な牛たちにストレスを感じなさせないようにと配慮しての事だ。



「いや、商売道具じゃなくて、イナ自身の荷物の事だよ」

「え? アタイのかい?」

「うん、だってリュック一つしか持ってないんだもん」



 ラボ親子の引っ越しの準備や、仕事の引継ぎの為、私たちはナルハ村で二日間過ごし、今はコムケの街に向けて帰っている最中だ。


 20数頭の牛たちを含めて、透明壁に乗って移動している。

 牛たちは真下に、その上には様子が見れるように私たちが乗っていた。


 その空の旅の最中、荷物が少なかったイナが気になっていた。

 父親のラボでさえ、大きなバッグを担いで、更に手荷物が2つあったから。



「う~ん、そう言ってもこれしかないんだけどな……」


 足元にある荷物を持ち上げて見せる。

 小さなイナでも余裕で持てる大きさだ。



「女の子なのに本当にそれだけなんだ。何が入っているの?」

「着替えだけだけど…… な、なんで?」


 私の言いたい事を察したようで、少し気まずそうにリュックを胸に抱く。


「着替えにしても、そのリュックに入るだけって、やっぱり少ないよね?」


 私だって旅行に行く時はもっと荷物が多かった。

 身長の半分くらいのキャリーケースだったし。

 だって女の子だもん。やっぱり荷物は多いよね。


 

「し、仕方ないだろっ! 近くに街だってないし、村に行商人が来てもアタイのサイズが無かったり、あっても子供用しかなかったんだからっ! ううう~」


 捲し立てる様に、手振り身振りでがなり立てるイナ。


 要は欲しかったけど、買えなかったって事だね。

 大人用だとサイズが無いし、子供用は嫌だろうし。


 ちょっとからかったつもりだったけど、どうやら地雷を踏んだみたいだ。

 涙目になってるし、なんか唸ってる。



「なら、これから行くコムケの街にはお店が結構あるから、私が案内がてらに買ってあげるよ。知り合いのお店ならイナに合うサイズもたくさんあるから」


「ほ、本当だなっ! なら早く街に着かないかな~、スミカ姉との買い物が楽しみだっ! そしてお揃いの――――」


 なので、機嫌を悪くしちゃったお詫びで買ってあげる事にしたら喜んでくれた。

 まぁ、買いに行くのはニスマジのお店なんだけど。



「よし、それで決まりとして、イナのお父さんはロアジムと何の話をしてるの?」 

「さぁ? アタイにもわからないなぁ。村にいた時からずっと話してるし」


 離れたところに設置したテーブルセットでずっと話し込んでいる二人。


 最初はナルハ村以外の景色を見て、イナと二人で盛り上がってたけど、それも飽きたのか、何やら真剣に話し合ってる様子。


 またロアジムの冒険者自慢が始まったのかと思ったけど、どうやら違うみたい。 

 会話の節々に、店や配達がどうとか、ギルドがどうとか聞こえたから。



『まぁ、ロアジムの事だから任せておいていいか。悪いようにはしないだろうし』


 特に心配する必要もないと思い、イナと向き合って話を再開する事にした。



 そんな二人は長年過ごしたナルハ村を出てきた。

 惜しまれ悲しまれての、涙の出発かと思ってたけどそれは違っていた。


 

『ラボさん、イナさん、ナルハ村の乳製品をよろしくお願いいたしますっ! 最初は苦労するでしょうけど、村一番のラボさんなら新天地でもきっと成功するでしょうっ!』


 これは村長兼、責任者のコータ。


『そうですよっ! ラボさんたちなら、うちの製品を大陸中に広める事も可能ですよっ!』

『だなっ! そうなるとこっちも忙しくなるなっ! 望むところだっ!』

『おう、この牛の背中に蝶の羽根が生えたマークが大陸中に広がるぜっ!』


 コータに続きみんなからも激励が飛ぶ。


 ここを離れる喪失感よりも、どうやら期待感が勝っているようだ。

 話の流れだと、当初の大豆屋工房みたく、出張所として行く流れのようだからだ。


 なので完全にたもとを分かつではなく、遠く離れた土地で袂を連ねるって事になるんだろう。ナルハ村で長年培ってきた技術と知識は未開拓の地でも通用するものだろうとして。


 そんなみんなの期待と希望を込めて、ラボとイナの親子二人は送り出された。


 ってか『牛の背中に蝶の羽根が生えたマーク』については聞かなかった事にしたい……

 もしかしなくても、牛の英雄と蝶をかけてるのはわかるけど。



 その後はロアジムとラボも加わり、ナルハ村での思い出話や、街に着いてのこれからの事を話しながら順調に街へと向かい進んでいった。


 因みにユーアとハラミは、牛たちのいる透明壁スキルに降りて、エサを与えたり、撫でたりして仲良くなったみたい。

 しまいには背中に乗ったり、抱きついたりして、ここでもコミュ力の高さを発揮していた。




 空の旅を続けて約10時間後、太陽が西に傾き、空が茜色に染まる頃、



「みんな、そろそろ着くよ~っ!」


 MAPを見ながら、コムケの街が近づいてきたのでみんなに声を掛ける。



「はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」

「そうか、長旅本当にご苦労さまだな、スミカちゃんっ!」


「とうとう他の街に着くんだな親父っ! スミ姉の住む街にさっ!」

「ああ、俺も10数年振りだな。村以外を訪れるのは」


 そんなみんなは各々に、コムケ街のある方向を眺めたり、荷物を手に取ったり、体を伸ばしたりして立ち上がる。

 帰りは休憩を短縮した分、数時間だけ早く帰って来れた。

 夜に着いても、食事やお風呂も考えると遅くなってしまうからと。



『ふぃ~、ちょっと疲れたけど、帰りも何事もなくて良かったよ。そもそも空に魔物がいないからだけどさ。そう考えるとあのジェムの魔物って、もしかして他の大陸から来た可能性もあるなぁ』


 なんて、夕やけに染まる辺りを見渡して考えてしまう。


 今日も無事に目的地に辿り着けたのは、空に出現する魔物と遭遇する事が無かったから。

 これは今回だけではなく、今までに一度も目撃した事が無かった。



『ん~、異世界定番のワイバーンとかドラゴンとかいないのはちょっと拍子抜けかも。でもロアジムやラボはドラゴンを知ってるみたいだから、実在したのは確かなんだよね?』


 戦ってみたいとかではなく、興味本位で見てみたいと思った。

 だって人語を話すドラゴンだっているらしいし、火を吐くとこ見てみたいし。



 なんて遠くにコムケの街を囲う防壁が見えてきた頃に、



「あっ! なんか飛んでるよ? スミカお姉ちゃん」


 ハラミを抱いたままのユーアが空を指差し私に教える。


「え? 飛んでるって、もしかして…………」


 ドラゴンかな?


 なんてタイムリーなどと、都合のよい事を考えて目を凝らすと――――



「ん? 違う…… 何あれ、人間? って消えたっ!?」


 ここから距離が離れているのと、暗くなってきた事もあり見失った。


 ただ薄っすらと見えたのは、人らしき形の影が2つ。

 どうやら私たちが来る方角とは逆から飛んできたようだ。


 そしてその二つの影は、コムケの街の上空付近で見失ってしまった。

 街に降りた様子はないので、ここ以外の何処かに向かったのだろうか。

 


「スミカお姉ちゃん、あれってなんだろうね? ボクは悪い感じはしなかったけど」

「ん~、私にもわからないなぁ。もしかしたら冒険者かもよ? 魔法使いのね」


 あの影が消えて行った空を、不思議そうに眺めるユーアに曖昧にそう答える。

 今の状況だけではキチンとした返事を返せなかったから。

 


 こうしてかなりの収穫のあった、4泊5日の私たちの旅は終わりとなった。

  

 明日もこの分だと忙しくなりそうだ。

 ラボ親子に街への案内や、大豆屋工房にも行かなきゃだから。



――――



 スミカたちが長旅を終えてコムケの街に到着した頃、

 そこから数キロ離れた上空では……



「ん、フーナさま、なぜ引き返すの?」

「あのね、予定より早く着き過ぎてお土産買うの忘れちゃったんだっ! てへっ!」


 手を繋いで一緒に飛行しているメドに、ペロと舌を出して答える。



 そんな私たちはコムケの街の上まで来ておいて、方向を変え飛んでいる。

 ここから南西にある、とある街に目的地を変更して。



「ん、でも早く着くのは良い事。ルーギルも驚く」


「まぁ、それはそうなんだけど、やっぱり女が男を待たせるのが通説じゃないかな? 女が先に着いちゃったら負けた気分になるもん」


「ん、人間ってそういうもの?」


「うん、そういうものだよっ! だからギリギリに行ってヤキモキさせてやるんだっ! もう10年も顔を合わせてないしねっ!」


 不思議そうに私の顔を見ているメドそうに教えてあげる。

 メドは見た目は人間でも中身はドラゴンだから、まだ人間のルールには疎いしね。



「ん、でもそう言いながら、わざわざお土産用意するのって――――」

「あ、そう言えばメドも感じた? コムケの街の近くでわたしたち以外の気配あったの」

「ん、何となく複数の気配は感じた。姿は見えなかったけど」

 

 メドは後ろを振り返りながら、数分前に感じた事を話す。


「だよね? わたしたち以外でも空飛んでたよね?」

「ん、ワタシにはそこまで分からなかった。でも――――」


 私の目を見据えて言葉尻を濁すメド。

 

「でも?」


 私も目を見て、話の先を促す。


「フーナさまと似た変わった気配。それとワタシよりも強者…… じゃなくて、もっと危険で強大な気配を感じた。ワタシたちドラゴンよりも、もっと上位の存在の」


「うぇっ!? そんなのがいるの? アイツら以外にもっ!?」


 予想外の答えに、マジマジとメドのジト目を見て驚く。


「ん、でも勘違いかも。フーナさまに似てるのに、危険なんて矛盾してるから」


「う~、なんか怖いけど、一応警戒しよう…… また変なのが出てきたら退治しないとだもんね」


「ん、わかった」


 せっかくのメドとのデートだったのに、あの空を飛んでた何者かのせいで変な空気になっちゃったよ。

 次に見かけたら文句の一つも言ってやりたいよ。空気読めってね。




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