第441話酪農親子の行き先




 ラボとイナの親子がコムケの街に来ることになり、その準備の為にあと二日、このナルハ村に滞在する事になった。


 イナは元より、どうやら父親のラボも、ここではない土地に憧れていたみたいだ。

 ロアジムがまた村長に連れられて行ったので、ラボにもその理由を聞いてみた。



「特にここでの生活に不満があるわけではないんだ。この仕事も村での生活もやりがいもあったし、充実していたと思う。ただいつも山向こうを眺めては、溜息をついているイナを見ている内に、気付いたら俺も同じ気持ちになってたようだ」


「ふ~ん。ならイナに引っ張られちゃったんだね? 子供のイナに」


 ちょっとからかい気味に、薄目で聞いてみる。


「いや、最初は何となしにこの村以外を見てみたいって、おぼろげな感情だったが、それが一気に変化したんだ、ある事を切っ掛けにして。もちろんイナはわかるよな?」


「ア、アタイかい?」


 いきなり話を振られて、上擦った声で返事する。


「そ、そうだな~、やっぱりロアジムさんの話と、スミカ姉やユーアちゃんの活躍を見ちゃったのが一番の要因かなぁ~。あれが無かったら、親父や母さんを置いてまで行こうとは思わなかったもんなぁ」


 隣のラボと私を見ながら思い出すように話す。

 さらに続けて、


「あ、それと勘違いして欲しくないのは、アタイは蝶の英雄と呼ばれる、スミカ姉の住む街に行きたいんだっ! だからどこでもいいってわけではないんだっ! そこだけは本当に勘違いしないでくれよなっ!」


 ギュッと拳を握って力説するイナ。

 要は色んな事を見聞き、経験して、コムケの街に興味が出たんだろう。


 ただチラチラと覗き込むように、私ばかりを見るのは良く分からないけど。

 しかもなぜか顔が赤いし、ウル目になってるし。



「そう言う事で、俺もイナと同じ気持ちなんだ。ここではない何処かではなく、スミカさんたちの住む街に非常に興味がでたんだ。まだ長い一生、イナが見たい景色を一緒に見てもいいとな」


「ちょ、またアタイを子供扱いしてっ!」


 娘の話に同意するように、ラボなりに自分の想いを語る。

 その際に頭に手を置かれ、また怒りだすイナ。



「そうなんだ。なら子離れも親離れもまだまだ先っぽいね? まぁ、それが悪い訳ではないんだけど、家族なんだから気のすむまでいればいいよ。で、街に来るのはいいんだけど、向こうに着いたらどうするの?」


 どうするって言うのは勿論、衣食住の事だ。

 暫くは孤児院でもいいかなと、一応代案を考えておく。



「それなんだが、ロアジムさまがスミカさんにも相談してみろとおっしゃられたんだ」

「え? ロアジムから私に?」


 あの冒険者オタク、いきなりこっちに丸投げなの?


「ああ、乳牛を20頭も飼育できる土地があるか聞いてみてくれとの話なんだ。俺たちはどうにでもなるが、牛だけは難しいと思うんだが……」


 そう言って、思い詰めた表情を浮かべるラボ。


 自分たちの事よりも、牛の方が気になるみたいだ。

 さすが酪農のプロだ。

 牛さんが聞いてたらきっと喜んでいるよ。



「なんだ、そっちの事? てっきりラボとイナの住むところの話かと思ってたよ。でも牛って、草原じゃないとダメなの? そうなると難しいんだけど」


 勘違いと気付き、その条件だと困難な事を告げる。


「いや、小屋でも構わないんだ。それとエサは逆に草だけでは立派な乳を出すことは出来ない。他にも穀物の混ぜたエサを与える必要があるからな」


「小屋でもいいんだ…… なら私が持ってる土地でいいのがあるかもしれない。一度見てもらって、それでそこの住人にも聞いてみないとだけど」


「おおっ! それなら是非見てみたいっ! それにしてもスミカさんはその歳で土地を持ってるのか? さすがは英雄さまだっ!」


 目の色を変えて急に、安堵した表情に変わる。

 知らない土地で宛てがあるのと無いのとは、全然違うからだろう。



「別にそんな大したものじゃないよ? コムケの街のスラムの土地を買っただけだから」


「え? スラムだと?」

「は? スラムってっ! そんな危ないところに牛たちをっ!?」


 ラボに続き、今まで大人しく聞いていたイナもその単語に反応する。

 まぁ、その気持ちはわかるけどさ。



「いや、怖くも危なくもないところだよ。みんないい人たちだし、それぞれに働き始めてるし、身なりも良くなったし。そこに使わない小屋がたくさん余ってるんだよ」


「え? それはもう、スラムではないような気がするが……」

「もう、普通に街の一部だよ、それじゃ……」


「う~ん、でもずっと言われてたから仕方ないんじゃない? 他に呼び方ないし」


 私もそうは思っていても、そこまでは口を挟めない。

 昔からそう言われている、ある意味、繊細な部分なんだろうし。 



「それで、そこの人たちは何をして働いているんだ?」


「そうだね、大豆食品を扱う仕事の手伝いと、孤児院でも働いてるよ」


「親父っ! 大豆だってよっ」

「ふむ、大豆なら」


「え? 大豆を知ってるんだ。その人たちは豆腐や醤油や味噌なんかを作って販売してるんだ。その工房がスラムにも出来る予定なんだよ。いつかは知らないけど」


 最近は行ってないなと、空を見上げながら答える。


「おおっ! それはちょうどいい。大豆食品の製造ならば、おからや、醬油かす、それに大豆の茎葉などの余りが牛たちのエサになるからな。スミカさん、向こうに行ったら紹介してくれっ!」


 イナと顔を見合わせた後で、是非とも頼まれる。


「そうなんだ。それは凄い偶然だね? なら店主のマズナさんを紹介するよ。それにお互いに使える食材もあるだろうし。あとついでにスラムにも住んだら? 私も一緒に行ってあげるから」


「ああ、それもお願いするスミカさんっ!」

「さすがはスミカ姉だなっ!」


 ラボは深々と頭を下げ、イナはキラキラして目で私を見ていた。


 こうして牛たちの行き場所だけではなく、親子の住処も決まりそうだ。



『ん~、きっとロアジムはこれを見越して私に頼むように言ったんだね? 牛たちのエサにしても、二人の家にしても。さすがは抜け目ないね』


 あの好々爺の顔を思い浮かべて、心の中で称賛した。



――


 そんな中、コムケの街の冒険者ギルドでは、


「おいッ! クレハンこれ見てみろよッ!」

「ん、手紙ですか? これ、ギルド長宛てですがいいんですか?」


 受け取った手紙と俺を興味深く眺める。


「いいぞッ。この街に関わる事だかんなッ! いいから読んでみろッ」

「はい、では失礼して……………… えっ!? これって本当ですかっ!」

「ああ、もう猶予はあまりねぇッ! もしもあの二人が出会ったならば……」

「で、出会ったならば………… ごくっ」 

 

 ある1通の手紙を巡って、ギルド長の重鎮二人が大騒ぎしていた。



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