第440話子離れできない親と暗躍する貴族




「おお、スミカさん、ここにいたんだなっ!」

「………………」


「うん、食休みしながら、みんなと話をしてたんだ。で、ラボの話ってなに?」


 ラボとは対照的に、その後ろで下を向き、縮こまっているイナも視界に入る。



「あ、あの、スミカ姉、アタイは……」

「まぁ、待てイナ。大人の俺から話すから静かに聞いていろ」

「大人って…… アタイだって、もう大人だって言ってるだろっ!」

「だから何度も言ってるが、お前はまだなり立てだろうっ! ここは俺が――――」 

「だ~か~ら~っ! アタイだって何度も――――」



「………………ふぅ」


 どうやらまた恒例の親子喧嘩が始まったみたいだ。

 絶対に譲らない、お互いの主張を言い合うだけの、ただの口喧嘩。



 もうわかってはいるが、子供扱いするとイナは怒る。

 病的なほど敏感に反応して、すぐさま突っかかってくる。



『はぁ~、まあそれもわかるんだけどね、父親のラボは娘が心配だし、娘のイナは大人になって、外の世界へ出たがってたわけだし。 それと恐らくコンプレックスを持ってるね? 自分のその見た目に』


 名誉の為に敢えて、ここまで触れてこなかったが、イナの身長は私よりも小さい。

 ちょうどユーアと私の中間ぐらいだ。


 私でさえ大人に見られないのに、イナが15だと言ってもそれを信じる人はまれだろう。

 だからかそれも相まって、子供に見られるのが嫌なのだろう。


 ただし、出ているところが出ているのは、かなり納得いかない。

 何気にこの世界って、私には優しくないよね。

 


「もういいから、ラボから説明して? イナは大人しく言う事を聞く事」


 パンパンと手を叩き、二人の喧嘩を止める。

 ほっとくと、このまま無限ループしそうだし。



「あ、ああ、すまなかったスミカさん。見苦しい親子喧嘩を晒してしまって…… それでは俺の方から説明させてもらう。イナももう、それでいいな?」


「う、うん。スミカ姉がそう言うなら……」


 ラボがイナの隣に並び、私の真正面に立って口を開く。



「それで話と言うのは…………」


「うん」


「実は、イナの事を頼みたいんだ。まだ大人になり切れてない未熟者で、スミカさんたちにも迷惑を掛けてしまうが、それでもイナの意志を尊重したいと思ってな。それと――――」


「あ、ちょっと待って。イナにも聞いてもいい?」


 ラボの話の途中で、イナの表情が浮かない事に気付く。

 頼みこむ父親の隣で、視線を伏せて、私を全く見ていなかった。


 今の話の流れだと、私の約束通りにラボを説得したのは間違いない。

 なのにイナの表情には笑顔の欠片もなく、それどころか耳まで真っ赤で、なぜか涙目だった。



「え? ア、アタイっ!?」


 いきなり自分に矛先を向けられて、ビクッとして顔を上げる。


「そう。私との約束なんだけど、どうなったの? 話の途中だけどイナの希望を許してくれたんだよね? こころよく快諾してくれたんだよね?」


 挙動のおかしいイナに詰め寄る。

 イナの態度と結果が、あまりにも乖離しているから。



「じ、実は、あの後、親父からキチンと許しは出たんだ。けど…………」


「けど?」


「けど、そのぉ………… ううぅ~」


「?」


 良く分からない。


 許しが出たのに、ここまで躊躇う理由がわからない。

 しかも頬まで赤く染めて、泣きそうになってるのかも。


『あっ!』


 もしかして何かの条件を付けられたのだろうか?


 週に7日は手紙を出せとか、月に十度は顔を見せろとか。

 イナが嫌いな子供扱いをされて、それでおかしな態度なのだろうか。 


 この父親ならあり得るかも……



「ス、スミカ姉、実は、アタイだけではなく―――――」


「うん? イナだけじゃな―― く?」


 って、あれ?

 この流れだと、一人じゃないような?



「親父も一緒に行く事になったんだ…………」


「え?」


「アタイだけでは心配だから、親父も一緒に行くってきかないんだっ! それが親父が出した条件なんだっ! もうアタイはとっくに大人になったのにさ――――っ!!」


 ガバと顔を上げ、投げやり気味に空に向かって咆哮する。

 顔中を赤く染めて、声高に絶叫する。



「ははは」


 その隣では、父親のラボがイナの頭を撫でながら苦笑していた。

 娘が最後まで子供扱いされて、悶えているのに。



『ふふ。面白いね。この展開はさすがに予想できなかったよ。娘を送り出すどころか、まさか自分も付いてくるなんてさ。イナは納得していないけど、それでもその方が、私もみんなも安心するしね。これが一番の最善かもね?』


 ラボに頭を撫でられて、また親子喧嘩が始まりそうな二人を見てそう思った。



「で、二人が来るのはいいんだけど、それよりも仕事は大丈夫なの? そんなに勝手に決められないでしょう? 村も大変だったんだし」


 じゃれあい始めた親子に、次に気になってた事を聞いてみる。



「それは村長のコータと、ロアジムさまとの話し合いで――――」

「ん? ロアジム…… さま? それで、その話って?」


 突然の敬称呼びに違和感を感じながら先を促す。


 すると、


「あ、そこからはわしが説明するぞ、スミカちゃん」

「スミカさん、料理はどうでしたか?」


 ちょうど、その渦中の二人が手を挙げ現れた。

 そんな二人は余程機嫌がいいのか、ここ一番の笑顔だった。



『ん~、ロアジムへの「さま呼び」といい、ここの責任者と二人で現れたって事は、何やら私の知らないところで暗躍してたっぽいよね? ロアジムは』


 


――――



「と、言う事で、ラボさんとイナさんは希望通りに村を出ても大丈夫です。後の事は残った私たちに任せてください。今まで色々と貢献して下さって、本当にありがとうございました」


 説明を終えた村長のコータが、村を離れる二人に恭しく頭を下げ手を差し出す。


「おう、まだまだまだ育てたい若い奴もいたが、それは俺じゃなくても大丈夫だろう。ここにはそれを生業としている奴らしかいないからなっ!」


 ラボは笑顔でそう答え、差し出されたコータの手を握る。


「はい、確かにそうですが、やはりラボさんの知識や技術は凄いですよ。私の父もラボさんの事は一番に認めていましたから」


「あははっ! それは言い過ぎだと思うが。そもそも俺はコータの親父が師匠みたいなものだったから。でもまぁ、それでも認めてくれてた事は素直に嬉しいぞ」


「はい、亡くなった親父も一番の弟子だって言ってましたから」


 ニカと微笑み、握っている腕を持ち上げて顔を見合わせる二人。

 なんかちょっとだけ暑苦しい。



「で、ロアジムは何してたの? 村長と何か話したんでしょ?」


 そんな二人を横目に、隣のロアジムをチラと見る。

 何かに関わってるのは確かだろうから。



「うむ、わしはわしの仕事と、ちょっとした投資をしたんだよ」

「うん? 仕事はわかるけど、投資って?」


 仕事とは恐らく、私の知らないロアジムの裏の顔だろう。

 それでここの責任者のコータと話しているのはわかる。


 けれど、投資って?



「よくぞ訊いてくれたスミカちゃんっ! 実はここの乳製品が気に入ったのだよっ! 苦手意識を持っていたチーズもそうだが、新鮮な牛乳を毎日飲みたいと思ってなっ!」


「え? それってまさか、ラボ親子以外にも、もしかして?」


「そのもしかしてなのだよっ! ここの牛たちを十数頭高値で譲ってもらったのだっ! ユーアちゃんもそうだが、スミカちゃんも気に入ってただろうっ!」


「ま、まぁ、私も欲しいとは思ってたんだけど、でもここの牛たちは、あの魔物のせいで半数近くになっちゃったんでしょ? それでこの後の村は大丈夫なの?」


 ユーアや子供たち、そして私の成長の為に欲しいとは思っていた。

 けど、今の現状ではそんな事も言える訳もなく半ば諦めていた。


 牛たちもそうだが、私たちが来る前に攫われた人たちもいるから。



「うむ。それも問題ないのだよっ! と言うか、ある程度復興するまでは補助金を出してもらう申請をするからなっ! その後も国が後ろ盾となり、更にこの村での産業を伸ばすつもりなのだよっ! わっはははっ!」


「マ、マジ? そんな事ロアジムの一存で決められるの?」


 自慢げに高笑いをする姿を見ても、どこか信じ難い。

 やる事が大き過ぎて信憑性が薄い。



「ん? それは大丈夫だろうな。そもそもこれも仕事の一環だし、今後の国の為になる事だからな。じゃから無理をしてるわけではないのだよ。わしの我儘も入ってはおるがな」


 私の不安を他所に、あっけらかんと答えるロアジム。

 いよいよもって、その正体がわからなくなる。



『…………まぁ、いっか。どうせ悩んでも何か出来る訳でもないし。なら私はロアジムのした事をフォローしてあげようか。ユーアも牛乳が毎日飲めて嬉しいだろうし』


 未だに、ハラミと一緒に寝ているユーアを見てそう思った。


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