第439話満腹な英雄さまとイナの不安
「ぷはぁ~、満足満足。どれもこれも美味しかった~っ!」
あらかた出された料理を食べ終わり、思わずポンポンとお腹を叩く。
すると、それを見た周りのみんなからクスっと笑いが漏れる。
「それは良かったですっ! 牛の英雄さまに大変喜んでいただいてっ!」
その中の村人の一人が気さくに話しかけてくる。
私への変な誤解が解けたからか、他のみんなも近くに寄って来る。
「うん、まさか牛乳やチーズの他にも、バターやクリームを使った料理があるなんて驚いたよ。一体材料はどこで作ってるの? 村の大きな建物?」
「はい、他にはマング山の中に保管庫や、製造所もあるんですよ。製品によっては低温保存しなければいけないものもあるので」
他の村の人が、遠くのマング山と村の中を見渡して教えてくれる。
「あ~、やっぱりあの山にもあったんだ。どうりでみんなが洞窟の中を詳しいと思ってたんだよね。普段から使ってるのが理由だったんだ。ふむふむ」
なるほど。だなんて、心の中でポンと手を叩く。
「そうですね、後、ラボたちが籠城した区画の他にも、もっと地下に降りれば氷もあるんですよ。凍っている地底湖もあったりして、とても重宝している山です」
「ああ、それでこの山を中心に、酪農や乳製品の製造が栄えたんだ。って事は、あの山はこの村にとっては、なくてはならないものなんだね?」
「はい、この村にとってはとても大事な山です。それと山の周りに広がる広大な高原も、牛たちを育てるのには良い環境ですしね。私たちはその恩恵をたくさん受けて生活しています。なのでどれが欠けても成り立たないでしょうね」
「そうだね。その通りだね」
薄っすらと目を細めて、遠くにそびえたつ大きな山を見る。
それに釣られて他のみんなも、同じ方向に目を向ける。
この大陸では2番目に標高が高いマング山。
その在り方は、ここに住む人間と非常に密接しているものだった。
「よろしかったら、工場をご案内しますよ? 午後から仕事を再開しますので」
「え? そうだね、なんなら私の妹と依頼人も……」
誘ってくれた村人に答えながら、ユーアたちを探す。
『あ、いた。けど――――』
一番最初に見つけたのはユーアだったけど、元の大きさに戻ったハラミの上で、眠たそうに目を擦っている。朝早くに張り切って、マング山に狩りに行ったのと、お腹が満腹になって眠たくなったようだ。
『ん~、ならロアジムは?…… いないね?』
気が付くと、さっきまでラボたちと談笑していたロアジムがいなくなっていた。
「ああ、ロアジムさんなら、村長とラボさんを連れて村長の家に行ったみたいですよ」
キョロキョロと見渡す私に、そう教えてくれる。
「なら今はやめておくよ。妹たちもお眠だし、依頼人を放置しちゃうのもあれだから」
なので視線を戻して丁重にお断りする。
何もないと思うけど、見知らぬ土地でユーアを一人にも出来ないし。
「そうですか、それは残念です。それでスミカさんたちはいつまで滞在なさるのですか? なんなら明日以降にでもご案内しますよ?」
「ん~、そうだね。特にロアジムからは何も聞いてないんだ。勝手に今日かなって私は思ってるんだけど。何せ2日間も街を空けたからね。帰ってから色々とやる事もあるし」
コムケの街があるであろう方角を眺めて「ふぅ」と嘆息する。
「え? ちょっと待って下さい? スミカさんたちはここから馬車で10日程のコムケって街から来たんですよね? まるで2日間しか街を離れてないように聞こえたんですが…… もしかして途中の街から来たんですか?」
返答を聞いて「え?」て顔をして確認してくる。
「違うよ。そのコムケの街から、昨日の朝に出発したんだよ。で、着いたのがその日の夜。そしてそのままイナたちを助けて色々あって、その次の日が今日だよ」
「そ、そのコムケの街には、馬車より数段早い移動手段があるんですかっ!? 10日をたった1日で移動できる、もの凄い乗り物がっ!?」
「う~ん、乗り物って言うか、私とユーアは途中まで走ってきたんだよ」
「は、走ってっ!?」
「そう、それで疲れるからって、後半は空から来たんだ。私の魔法壁に乗って」
「今度は空からっ? それも魔法でっ!?」
「なんで? ラボから聞いてないの? 他の人たちも知ってるはずなんだけど」
私の話を聞くたびに、いちいち驚くので聞いてみる。
「い、いや、この村を救ってくれた事は聞いていたのですが、スミカさんの魔法の事までは聞いていませんでした。まさかそんな便利な魔法があるだなんて、本当に……」
今更ながら興味深く、私の姿を眺めてくる。
『ん~、………………』
もしかして、ちょっと疑ってるんだろうか?
理解の範疇を超えた、様々な出来事を聞いて。
「俺は直接乗ったから知ってるぞっ!」
「はい、自分も洞窟内で会って外まで運んでもらいました~っ!」
「あ、そう言えばいたね? ラボが洞窟から落ちそうな時に、咄嗟に手を伸ばして助けようとした人だ。で、あなたは…… いたっけ?」
私の事を知っている証人が現れ、ちょっと喜んだけど、もう一人は記憶になかった。見た目は20代半ばの華奢な好青年だ。
「えええっ! だって私はスミカさんに傷も治してもらったんですよっ!?」
「うん? 傷を? ああっ! もしかして戻る時に小さな魔物に襲われた人?」
「はい、そうですっ! あの時もありがとうございましたっ!」
ポンと手を叩き、ようやく思い出す。
そう言えば、極小のジェムの魔物に最初に襲われて、直ぐに治したんだっけ。
それを聞いて、もう一人の村の人は、
「や、やはり本当なのですかっ! 遠いコムケの街では英雄って呼ばれる程の凄腕冒険者だったってっ! そしてここでは牛の英雄って呼ばれる事になるんですねっ!」
「う、うん。牛、呼ばわりははちょっと嫌だけど…… それと英雄って言っても街中だけど、しかも大して冒険者の仕事してないし」
いきなり食い気味に反応した村の人に、若干引きながら答える。
信じてくれたのはいいけど、ちょっと興奮し過ぎじゃない?
『あ~、あれかな。イナみたいに、閉鎖的な生活に刺激が欲しい人種なのかな? まぁ、私は退屈でも平穏でも、ユーアがいればどこでもいいんだけど』
なんて、私の話で盛り上がり始めたみんなを見て、しみじみと思っていると……
「お? スミカさん、ここにいたんだ。ちょっと話があるんだが、いいか?」
「………………」
後ろから、ラボに声を掛けられる。
そしてその背中には、俯いて顔の見えないイナが着いてきていた。
もしかして、あの話が進んだのだろうか?
村を出て、私と一緒にコムケの街に行くって話。
『に、しても――――』
無言で下を向いているイナを見ると、どうやら望んだ結果にはならなかったらしい。
拳をギュッと握りしめ、肩を震わせている様子からそう伺えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます