第437話宴と見世物の英雄




「ユーア、お待たせ。やっばり先に着いたんだね」


 村を守るようにグルっと囲う柵と、入り口を守る門の前で、ロアジムも混ざり、談笑しているユーアたちを見つけ声を掛ける。


「うんっ! ハラミが美味しそうな匂いがするからって、早く着いちゃったんですっ! ね? ハラミっ!」

『わうっ!』 


 そうユーアが見渡しながら話す視線の先は、かなり強固な柵と門で守られた、でも中は意外と質素な建家が並んでいる『ナルハ村』だ。

 門の前の立て札にもそう記載してあった。  

 

 そのナルハ村は、マング山の木々を使っただろう、木造作りの家が多く建ち並び、その他にも、石造りの大きな倉庫のような建物も見える。

 乳製品も扱っている事から、もしかしたら工場かもしれないけど。


  

 

「それで、なぜイナは小難しい顔をしておるのだ?」 

  

 ロアジムが小首を傾げながら、私の隣のイナをみる。

 そんなイナはずっと腕を組み、何やら唸りっぱなしだ。



「ああ、それは、私からの注文に悩んでるんだよ」


 ロアジムに釣られてイナに視線を向ける。


「スミカちゃんからの注文だと?」


「うん、だからそっとしておいて。ここに来る途中からずっとこんな調子だからさ」 


 イナに聞こえない声量でそう答える。


「そ、そうか、スミカちゃんの注文が何かはわからぬが、この様子だと相当に悩んでいるみたいだな。なら必要のない事以外は、そっとしておこう」


「うん、よろしくね」   


 二人で目配せをし、そっとイナを見て頷く。

 


 ((うーん、あの親父をどうしたら納得させて、そして――――))


 その当人は「あーでもない、こーでもない」と、独り言を呟きながら、私たちをなんとか先導して、村の中に入って行った。



――――




「ようこそお越しくださいましたっ! 私はこの村の村長と、ナルハ村産地の商品の責任者を兼任している『コータ』と言いますっ!」


 イナの案内の元、村の中心であろう広場に着いたところで、一人の若い男性が前に出てきて、一番最初に挨拶をされる。  

 

 そしてその後ろには、約100人くらいの村の人々が笑顔で出迎えてくれていた。 

 そんな村の人たちは老若男女、とは言わず、壮年を超える人が多かった。



『ふーん、村長と社長を兼任しているんだ。その割に若いんだね。世代交代とかそんな感じなのかな? それとも見た目より年齢が高かったりしてね。この世界は私の常識が通用しない時があるし』


 なんて自己紹介された、見た目20代半ばの男を物珍しく眺めていると、



「お、スミカさんようやく来たかっ! イナの奴が迷惑掛けなかったか? 随分と来るのに時間がかかってたようだが」


 イナの父親のラボが、村人たちをかき分けて私の前まで駆けてきた。


「うん、別にイナは迷惑掛けてないよ。途中から大人しくなったし」

「大人しく?」


 私の返答を聞いて、キョロキョロと辺りを見渡すラボ。


「あ、後ろにいるよ。羽根の後ろに隠れてる」


 イナを探す様子のラボに居場所を教える。



「後ろ? って…… イナ、お前はそんなところで何してるんだ?」


 私の背後にいる愛娘を見つけ、怪訝そうに顔を覗き込む。



「あ、お、親父っ! あ、あのさ、後で話があるから聞いて欲しいんだっ! 大事な話だからさ」


 ラボに見付かり、慌てたようにイナは話を切り出す。

 きっとあの話をする覚悟が決まったんだろう。



『まぁ、私の予想だと、説得は難しいね。何せこの親子、まるで恋人のように相思相愛だから、どちらも手放したくはないだろうし』


 私はイナが望むなら、連れ帰っても構わないと思っていた。

 けどそれは、何も憂いを残さない事が前提にある。



『残された者の悲しみが、私には痛いほどわかるからね。苦しくて全てを投げ出したくなるし、これ以上生きてる意味なんて考えたくないくらいに自暴自棄にもなるし……』


 だから私はイナに、無理難題と思われる条件を突き付けた。

 父親のラボが、決してイナを手放さないだろうと確信して。



「はなし? ああ、わかった。では宴が落ち着いたら聞くな。スミカさんたちの案内ご苦労だったな」


「う、うん……」 


 そんなイナは、ラボに頭を撫でられても突っぱねる事なく、大人しく受け入れていた。



――――



「それではみなさん、この村の人々と、大事な牛たちを魔物から救ってくれて、そして牛の失踪事件を解決してくれた、コムケの街の英雄さまに、まずは、大きな感謝と盛大な拍手をお願いいたしますっ!」


 村長のコータが私たち、そしてみんなの準備が整ったのを確認して、声高らかに叫ぶ。


 すると、


「「「うおおおおお――――っ!!!!」」」


 私たちに向け、雪崩のように押し寄せる、多くの人たちの歓声と、


「本当にありがとうなっ! 大事な牛たちも救ってくれてっ!」

「このままだとこの村は全滅だった、あなたたちは本当の救世主だっ!」

「こんな子供と年配の方が…… 冒険者は見かけによらず強いんだなっ!」

「もう明日からは怯えなくていいんだなっ! あんたたちのおかげでっ!」


 全員が全員、感謝の気持ちを伝えたいのか、私たちを囲んで直接お礼を言われた。



「おおっ! 君がユーアちゃんかっ! こんなに可愛いらしいのに、大きな魔物をたくさん倒したんだってなっ! そっちがペットのハラミかい?」


「うんっ! ボクもハラミも頑張ったんですっ! スミカお姉ちゃんが任せてくれたからっ!」


「そのハラミは魔法を使うって、イナが驚いてたぞっ! ユーアちゃんも凄い武器を持ってて、あっという間に倒したってなっ!」


「うん、ハラミも凄いんですっ! でもスミカお姉ちゃんの方がもっと凄いんですっ! ボクを戦えるようにしてくれたし、ハラミにも凄いのくれたんだっ!」


 こっちは年配の男たちに囲まれて、質問攻めにあっているユーア。

 やはりと言うか孫娘の感覚なのだろう、見た目お爺ちゃんに近い人が集まっている。


 次に、


「あなたがロアジムさまですね。今回の件、大変助かりましたっ! このままだと乳製品の製造どころか、村の存在自体が危うくなるのも時間の問題でした…… 随分と早く駆け付けられてホッとしてますっ!」


「うむ。普通の冒険者を連れて来たならば、恐らく間に合わなかっただろうし、魔物の殲滅はもちろん、村人も牛も甚大な被害を被ってただろうな」


「さすがは各地の冒険者を集め、傍に置いているロアジムさまですねっ! 亡くなった父から色々とお話は聞いておりますっ! それで、その普通ではない冒険者とは?」  


「うむっ! それはな――――」


 こちらは村長のコータがロアジムと向かい合い、何やらチラチラと私を見ている。

 話の内容は雑音が多くて聞き取れないが、二人とも笑顔なのは間違いない。


 

 で、最後の私はというと――――



「「「じ――――――」」」


『…………………………』


 みんなに囲まれて、何故か、無言の視線を体中に浴びている。

 一応、何かヒソヒソと話し合ってはいるが、声が多すぎて良く聞こえない。


 ユーアたちはともかく、私の事を知らない人には、どう伝わっているのか疑問になる。


『はぁ、だからこういうの苦手なんだよね…… 注目されるのもあれだけど、そもそもユーアみたいに可愛くて、愛想良いわけでもないから、余計に苦手に感じちゃうよ』


 チラと、コミュ力の高い我が妹はどうしてるかと視線を向ける。

 

『はっ?』


 すると、ユーアを囲んでいる村人たちもこっちを見ている。

 その隙間から、ユーア本人もこっちを見ている。めっちゃ笑顔で。



『え? もしかして、ユーアが私の事を何か話してるの? じゃないとこんなに注目される訳ないよね? しかもロアジムたちもこっち見てるし……』


 何なのコレ?

 一人だけ見世物なの? 誰も近寄って来ないし。


 あれなの? 私だけ歓迎されてないの?

 それとも虫が嫌いな人種なの?

 こう見えても、私はか弱い蝶の妖精さんだよ?



『ぐぬぬ、何ならまた消えて、さっさとレストエリアでふて寝してやる――――』


「お~いっ! スミカ姉っ!」

「スミカさ~んっ!」


 なんて疎外感を感じていると、イナとラボが走って傍までやって来た。


「あのさ、この村の人って…… 虫嫌い?」

  

 なので、周りを見渡しそう聞いてみる。


「は? それは個人差があるだけで、そこまで嫌いじゃないな? なんで?」


 イナがキョトンした顔で答える。


「いやだって、私だけ見世物だし。遠目に見てるだけで近寄って来ないし。それか変な事を伝えてないよね? 何か勘違いされる事を」


 無言で、私を見ているみんなを見渡しながら確認する。


「も、もしかしてあれかな? アタイが――――」

「あっ! もしかして、俺が――――」


「え? なに? 何か思い当たる節があるのっ!?」


 何かに気付いた様子の、ラボとイナの親子に詰め寄る。


「ア、アタイは、黒いスミカ姉は恐いから、その時は近寄らないでって……」

「お、俺は、突然消えたり、増えたりするから、驚くなって……」


「それだ――――――っ!」


「え?」

「は?」


「きっとそれだよっ! そもそも黒の部分が多い衣装なんだから、どこまで黒いか判別付かないじゃんっ! それと、消えたり増えたりするって説明もおかしいよっ! そんなの恐くて近寄れないじゃんっ! いつ消えたり増えるかわかんないもんっ!」


 親子の二人に指を付きつけ、それが原因だと説明する。

 的外れな事は言ってないけど、二人の説明が足らな過ぎる。



『なんなの? この親子の中の私のイメージってそれだけなの? そこだけが強烈に記憶に残っているからなのっ!? もっと他にあるでしょっ! なら二人を含めてみんなのイメージを変えてやるっ!』


 スッと腰を屈めて上目遣いで、私を囲むみんなに色っぽい(自称)視線を送る。

 右腕は腰に、左腕は口元にそっと当てて、グラビアアイドル風のポーズを決める。


「うふん」


「「「………………くふっ!」」」


『くっ!』


 やっと反応があったけど、それはただの失笑だった。

 口を押えたままでそっぽ向いてるし。



 そんなこんなで、飲めや騒げの宴が始まるのだった。


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