第436話イナの決意と条件と
早朝にイナが訪ねてきたのは、私の鍛錬の観戦や雑談をする目的、ではなく、
「あっ! もうこんな時間だっ! 急いで村に帰らないとっ!?」
私との話の最中に、我に返ったように空を見上げて慌てるイナ。
「ん? なにか予定あるの?」
メニュー画面の時刻を確認しながら聞いてみる。
今はまだ8時を回ったくらいだった。
「何を言ってるんだ、スミカ姉っ! 村に案内するに決まってるじゃないかっ! ユーアちゃんとハラミとロアジムさんはまだ寝てるのかいっ!」
「い、いや、ユーアたちは私より早起きして、マング山を見に行ったみたいだよ? ロアジムも一緒に行ったみたいだし」
「うわ~っ! アタイより早起きなんて子供らしくないぞっ! 子供はもっと寝た方が良いって、あ、ロアジムさんはあれだけどさ、って、それよりも、みんなを待たせてるから困ったな~っ!」
「みんなって、村の人だよね? その話の流れだと」
頭を抱えて、悶絶しているイナに確認する。
「そ、そうなんだ、村のみんながスミカ姉たちにお礼をしたいからって、総出で宴の準備をしているんだよっ! もう結構待たせちゃってるな~っ!」
「お、お礼? マジで?」
不吉な言葉に、僅かに身構える。
「まじで? そうだっ! だからアタイが代表して呼びに――――」
「あ、もう少しで帰ってくるみたいだね」
「え?」
索敵モードで確認して、こちらに向かっているユーアたちを見付ける。
するとすぐさま、
「スミカお姉ちゃ~んっ! ただいま~っ!」
『がうっ!』
「おはよう、スミカちゃんっ!」
ハラミの背に乗って、ユーアとロアジムが山向こうから帰ってくる。
そんな二人はどちらも満足げな表情だった。
「いや~、さすがはマング山だなっ! コムケ付近では採れない素材がかなりあるぞっ!」
「スミカお姉ちゃんっ! いっぱい美味しそうな(お肉)の取れたんだっ!」
『わう~っ!』
戻って来て早々、今朝の狩りの話をしだすユーアとロアジム。
ハラミの尻尾も二人のテンションに合わせるように、ブンブンと振られていた。
二人の満面の笑顔の訳は、どうやら初めての狩り場を満喫したのが理由だった。
「でな、このキノコなのだが――――」
「でね、この尻尾の長い魔物がね――――」
ただ、それだけでは済まず、嬉々として、その成果を話し始める。
ロアジムはマジックポーチから、ユーアは魔物一匹分をどこからか取り出し、二人とも嬉しそうに私に報告してくる。
「おおっ! 見た事のない形のキノコだね? ユーアのはキツネの魔物かな? それじゃ朝ごはん食べながら、家の中でゆっくり聞こうかっ!」
「む?」
「え? イナさんは?」
いそいそと二人の背中を押し、レストエリアに向けて歩き出す。
ハラミは小犬に戻って、ユーアの腕の中に飛び込む。
ただしその後ろには、
「ちょ、ちょっと帰ってきたんなら、早く村に来てくれよっ! みんな待たせてるんだからなっ! こんなに遅くなって、怒られるのはアタイなんだよぉ~っ!」
泣きべそを掻いて、必死に懇願するイナがいたけど。
「どういうことなのだ? スミカちゃん。村には元々顔出す予定じゃが?」
そんなイナを見た後で、私に向き合うロアジム。
「はぁ~、なんだか村の人たちが、朝から宴の準備をしているらしいよ? 昨夜のお礼にってさ」
短く嘆息しながら、ロアジムに答える。
自然とここから立ち去る計画が、台無しになったと思いながら。
「うぬ、そう言う事か。で、イナが迎えに来たんだな?」
「だけど、私と話してて忘れてたみたいなんだよね? それで慌ててる感じ」
「なら、イナのメンツもあるからすぐさま行こうか? だが着替えてからだな」
山に入った自分を見下ろして、あちこちが汚れている事に気付くロアジム。
因みにユーアとハラミは殆ど汚れていなかった。
「もうっ! そんなのいいから出発しようよっ! じゃないとまた親父が、アタイの事を子供扱いするんだからっ! お使いも出来ないって言われるんだからっ!」
悠長と話す私たちに、我慢できずに叫びだす。
そもそも忘れたのは誰なの? と言いたかったけど、ここは我慢する。
イナの態度が必死を通り越して、もはや涙目になっていたから。
「はぁ~、わかったよ。なら急いで向かおっか。ユーアたちはハラミに乗って付いて来て? 私はイナを担いでいくから。 よっと、お?
ひょいっ
「へ? って、うわ――――っ!!」
シュタタタタ――――――
涙目のイナをお姫様抱っこして、煙が上がる方向を見つけ走り出す。
恐らくそこがイナたちの住む、ナルハ村だと見当をつけて。
「はい、スミカお姉ちゃんっ!」
『がうっ』
「おうっ!」
走り出した私の後ろを、ハラミに乗った、ユーアとロアジムも追走してくる。
シュタタタタ――――――
「って、スミカ姉っ! なんで姫さま抱っこな――――」
「この方向で合ってるよね?」
首にしっかりとしがみついたイナを確認して聞いてみる。
「う、うん、そのまま左に迂回して、吊り橋を渡って北西だっ!」
「そう、わかった。だったらこのまま直進したほうが早いね」
「へ?」
「少し飛ばすから、もっと強くしがみついてて」
「え?」
どこまでも続きそうな青く茂った草原を、イナを抱え時速60キロで疾走する。
その後ろには、しっかりとユーアたちも付いてきている。
シュタタタタ――――――
「お、草原が途切れた。 ユーアっ! この先は谷だから気を付けて~っ!」
「はいっ!」
「それとイナは、口を開かないでね。舌噛むから」
「はっ!? ま、まさか谷を――――」
後ろのユーアと、私に抱きついているイナにそう注意する。
思ったよりも距離のある、向こう岸が見えたから。
タンッ!
「それっ!」
「うわわ――――っ!」
ここまで走ってきた勢いそのままに、地を強く蹴り、渓谷の上に身を投げる。
「と、飛んだ――――っ!!」
胸の中のイナが目を見開き、絶叫にも似た悲鳴を上げる。
向こう岸までは凡そ50メートルだ。
迂回して橋を渡るよりも、直線で谷を渡った方が断然に早い。
なんだけど、
「あ、届くと思ったけど足りなかった」
「え?」
向こう岸に届く前に失速し、谷底に向かって落下を始める。
ひゅ――――――ん
「うわわわわ――――――っ!!」
そしてその浮遊感に絶叫を上げ、イナが更に騒ぎ出す。
そもそも50メートルなんて距離を、普通のジャンプで超えられる訳が無いのだ。
しかも向こう岸に渡るほどの跳躍なんて、色々と法則を無視しないと不可能だし。
「ならこの羽根の出番だね」
イナを抱きながら背中の羽根を最大にして、高速で動かす。
パタタタタ――――ッ!
「そ、その羽根で飛べるのっ!? 本当に?」
背中の羽根を肩越しにガン見し、驚愕の声を上げるイナ。
その眼差しは、恐怖から安堵したものに変わる。
「んなわけないじゃん。こんな小さな羽根で飛べたら、空は絶えず大渋滞だよ」
「は、はぁっ!? だったらなんでっ!」
「スミカお姉ちゃ~んっ! ボクたちは先に行くよ~っ!」
落下し続ける私たちの上を、向こう岸に向け飛んでいったユーアたち。
ハラミの氷の魔法で足場を作って、楽々と渡っていた。
「わ――――っ! アタイも乗せてくれよっ! ユーアちゃ――――んっ!」
悠々と向こう岸に渡り終えた、ユーアたちに必死に懇願する。
手を伸ばし懸命に叫ぶが、とっくにその姿は見えなくなっていた。
「別にそこまで焦る必要ないって。真下に魔法を仕掛けたから」
「え? って、今度は上に――――っ!」
ギュンッ!
谷底に着いた瞬間に、今度は空に向かって飛んでいく。
設置した『GGホッパー』を踏み抜き、高速で急上昇する。
「うきゃ――――っ!!」
「お、やはりこの能力は使い勝手がいいねっ!」
谷底から一気に地面と同じ高さまで上昇する。
「もっと」
ギュンッ!
更にもう一度踏み抜き、今度は広大な草原が見渡せる上空まで飛んでいった。
遠くには、イナが住む村らしき多くの建物が見える。
「ほら、見てみなよイナ。もう怖くないから」
「え?」
眼下の景色を見ながら、頭を抱えて怯えているイナに声を掛ける。
「…………」
「どう?」
そっと顔を上げ、辺りを見渡し無言になる。
口をポカンと開けたまま、放心状態のイナ。
「? どう、怖くないでしょ?」
固まったままのイナにもう一度声を掛ける。
「あ、ああ、もう全然怖くない。それどころか……」
「うん?」
「それどころか、マング山も、アタイが住む村も、遠くの空も雲も森も、こんなにキレイだったんだなっ!」
「……そうだね。キレイだね。でも――――」
イナの言葉を聞いて軽く同意する。
確かにキレイだけど、そこまで感動するかな? て、ちょっとだけ言いたかったけど、イナの表情をみて飲み込んだ。
今はきっと、無粋な事は言わない方が懸命だから。
目を爛々と輝かせて、無邪気な笑顔を見せている、イナの気持ちを台無しにしたくなかったから。
私にとっては普通だけど、イナにとってはとても魅力的に映る、特別な景色なんだろうから。
「…………アタイ、決めた」
「え? なにを」
笑顔から一転して、決意に満ちた視線に変わる。
「村を出て、スミカ姉たちの住む街を見てみたい」
「……」
「もっと色んな景色を見てみたい」
「うん……」
「だからアタイを連れてってくれないか? スミカ姉っ!」
首に巻く腕に力を入れて、真摯な表情で訴えるイナ。
その様子から察するに、冗談では無いことはわかる。
けど、
「ラボ…… じゃなくて、お父さんはどうするの? 独り残してイナだけ村を出て、それでいいの?」
覚悟は伝わった。
けど、それだけでホイホイと出ていける程身軽じゃないし、簡単な事でもない。
仕事や交友関係、ましてや大事な家族と別れるなんて、おいそれと出来る訳がない。
なので私は最初に、イナの大事なものをどうするかを尋ねた。
「え? あ、うん、本当は親父と一緒がいいんだけど、けどダメだと思う。仕事も母さんも残す事になるし……」
遠くに見える村を見て、ポツリ呟く。
「そう言えば、イナは約束覚えている? お父さんを助ける時に、何でもするって私にお願いしたことを」
「え? う、うん、覚えてる。けどそれがなんだい?」
それを聞いて、急にオドオドとするイナ。
次に出る私の台詞の予想がつかず、若干身構えているようだ。
「だったら、そのお願いはここで使わせて貰うよ」
「え? こんなタイミングで? 一体なにを?」
「それはお父さんを説得して、キチンと心配事をなくしてくること。じゃないと、イナが良くても連れてかないから」
指を突き付け、ラブナを真似て、仁王立ちでそう宣言した。
「え? ええええ――――っ!」
まあ、実際はまだ空を飛んでいるので、軽く睨んだだけだけどね。
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