第435話朝の英雄と村娘とのお話




 ※今話から、澄香視点のお話に戻ります。

  洞窟から村人と牛たちを救出した次の日から再開です。




「距離を詰めての、追い突きからの――――」


 タタッ

 ズガッ


「――――上段蹴り、次に内回し蹴りに繋いで」


 ヒュン

 ズバンッ


「で、掌底を胸に当ててから、振り向きざまの裏拳っと」


 ゴスッ

 ボガッ


「そして、相手が怯んだすきに、両耳を掴み、引き寄せながら――――」


 グイッ


「飛び膝蹴りを、そのまま顔面に入れるっと」


 ゴガンッ


「どう? 意外と簡単でしょう?」


 実態分身を消しながら、一人の見物人に向かってクルリと振り向く。


 イナが私の戦いを見たいと言うので、実態分身を対戦相手と見立てて、対人相手の連続技を披露してみた。



「い、いや、そんな複雑な動き出来る訳ないってっ! それに早過ぎて殆ど見えないしっ! そもそもアタイと同い年なのに、なんでそんな物騒な技が使えるんだよっ!」


 こっちまで唾が飛びそうな勢いで、私のコンボ技に声を荒げるイナ。



「そう? でも私的にはまだまだ足りないと思ってるんだけどね、近接格闘戦での戦い方は。 まぁ武器ならある程度使えるけど、それにばかり頼ってもいられないからね」



 そんな私たちは、今はマング山の麓にいる。

 崩落があった、洞窟から少し離れたところに。


 昨夜はユーアの『お花摘み』の為にレストエリアを出したので、私たちはそのまま泊まる事になった。移設するのも面倒という理由も含めて。


 そして今は早朝に尋ねてきたイナと、訓練する私が偶然に出会っただけだった。 


 

「はぁ、本当にスミカ姉は凄いんだな。アタシなんて弱くて何も出来なかった…… 大切な人が危なかったって言うのにさ。ただスミカ姉たちを信じる事しかできなかった」


 朝日が昇ったばかりの空に向かってポツリと呟くイナ。

 昨夜の事を思い出し、そして落ち込んでいるのだとわかる。



「気持ちはわかるけど、そんなに気にしないでいいと思うよ? あんな魔物が現れたんじゃ、恐らく高ランクの冒険者パーティーが数グループいないと倒せなかっただろうし」


 座っているイナに近寄り、慰めるようにポンと肩を叩く。


「うん、そうかもしれないけど、でも、アタイが守りたかったんだ………… ずっとアタイが守られてたから、その恩返しみたいに」


 慰めたつもりが、逆に悪い方向に思考が偏り始める。



「……イナって、お父さんしかいないんでしょ?」


「うん、母親は少し前に病気で亡くなっちゃったんだ。だから今は親父と二人なんだ」


「それでイナはお父さんを手伝って、家の事も全部してるんだ」


「そうだな、家では洗濯と掃除と食事の準備や、最近では夜食も作ってたなぁ。あ、後は庭木の剪定や草刈りもやってたなぁ、それと母さんが大好きだった花が植えている花壇の水やりも」


 指折り数えながら、その横顔には笑顔が浮かぶ。


 そんな顔を見ると、心からしてあげていたんだろうとわかる。

 それは恩返しなんて、他人行儀な物では決してないだろう。


 

「だったらイナも凄いじゃん。私だったらそこまで出来ないよ。料理はユーアが作ってくれるし、掃除や洗濯だってしてくれるし」


「はぁ? スミカ姉はあんなに強くて、凄い魔法も使えるのに、ユーアちゃんに全部やってもらってるのか? 食事も掃除も洗濯もっ!? あんな幼い子供にっ!」


 陰鬱な表情から一転、信じられない物を見る目になる。



「うっ、だ、だって私は料理は苦手だし、洗濯物は殆どないし、掃除はハラミが家にいる事もあって、ユーアが進んでやるから、だから別にいいかなって」


 若干、視線を逸らしながら、おずおずと答える。


「はあ~、それじゃまるでうちの親父と一緒だな。親父も仕事に関しては尊敬できるほど凄いんだけど、それ以外はズボラなんだよな。洗濯だってしたことないし」


 長い溜息を吐きながら、それでも笑顔が崩れる事が無い。


「でもイナは好きでしてるんでしょう? ユーアだって楽しそうにしてるし」

「え? うん、まぁそうだな。母親がいないって事もあると思うけど」


 ちょっと考える素振りの後で、空を見上げながら答える。


「なら、イナがラボを守ってるんだ。父親がだらしない事も含めて」

「え? 守る? アタイが?」


 キョトンとした顔で、私と視線を合わせる。


「だってそうでしょう? 嫌々ながらに家事や仕事をしていないんだったら、それはイナがラボさんの生活を守ってる事にならない?」


「そ、そうなのかな?」


「そうに決まってるでしょ。昨夜は結果的に私が守る事になっちゃったけど、それは今回だけの突発的な事。イナみたいにずっと守るなんてことは出来ないからね」


「い、いや、それはそうだけど、だって親父の命を……」


「それも一緒だって。これはこじ付けかもだけど、イナは私に頼んだよね?『何でもするから親父を助けて』って。 その必死にお願いする姿を見て、私は直ぐに動く事を決めたんだよ。そこに覚悟と緊急性と、そして、イナが一番に誰を守りたいって、私たちに凄く伝わったから」


 ポンと肩を叩いて、イナに諭すようにそう話す。 


「ス、スミカ姉にそこまで言ってもらえると、アタイ、照れちゃうかも……」


「ん?」


「ううんっ! な、何でもないんだっ! でもそうだな、アタイも、そして親父も、お互いに守ってたって事なんだなっ! 知らず知らずだけど、それが当たり前のように」


「そうだよ。だって、それが家族でしょ? だから恩返しとか、何かをしてあげたいとか、余計な事は考えなくていいんだよ。普段に自然としてあげてる事が、それが恩返しに繋がってるんだから」


 スクと立ち上がり、見上げるイナの頭を軽く撫でる。

 真っすぐで、それでいて思いやりのある、大きな瞳を見ながらそう告げる。



「ちょ、スミカ姉まで、アタイを子供扱いするなよなっ! アタイはもう15だぞっ!」


 イナの頭に載せた、私の手を見上げて反論する。


「あ~、それ言ったら私も同い年なんだけど。で、ずっと聞きそびれてたんだけど、なんで私の事『スミカ姉』って呼んでるの? 私、お姉ちゃんじゃないでしょ? 年上でもないし」


「あ、そ、それは…… アタイにも、こんなカッコイイお姉ちゃんがって、アタイは兄妹もいないし――――」


「まぁ、別にいいんだけどね。私のパーティーメンバーにもそう呼んでくれる姉妹もいるから。100歳くらい年上でも、ねぇねとか呼んでくれる幼女もいるし」


 子供扱いされて、顔が赤いイナにそう説明する。


「えっ! ユーアちゃんとハラミとロアジムさんだけじゃないのか、仲間はっ!」


「ん? ユーアたちはそうだけど、ロアジムは違うよ。細かい事は話せないけど」


 何故かトーンが上がり出したイナに簡単に説明する。


「そ、それってどんな人たちなんだいっ! その姉妹って美人なのか? それと100歳の幼女って何なのさっ! 他には誰がいるんだっ!」


「ちょ、少し落ち着きなよっ! 他はちょっと口の悪いユーアの友達と、姉妹の二人は容姿端麗で、私と似てナイスバディーで、100歳の幼女ってのは、長寿命種のエルフとドワーフのハーフらしいんだよっ!」


 何の琴線に触れてしまったかわからないが、グイグイと身体を密着させて、シスターズの事を根掘り葉掘り聞いてくるイナ。

 私はその勢いに身体を引きながら口早に説明する。


 それを聞いたイナは、何故かクルリと後ろを向き…………


(よ、よし、ユーアちゃんの友達ならまだ子供だっ! 姉妹の二人はスミカ姉ぐらいの幼いスタイルだし、最後の幼女ってのは、きっとよぼよぼの小さいお婆ちゃんだっ! ならアタイにもチャンスが…………)


 なんて背中を見せ、地面に向かってブツブツと呟いていた。


『………………』


 もちろん、そんな独り言は私の耳にも入って来たけど、仲間のみんなに会える訳ではないので、この時は特に気にする事もなく聞き流していた。



 けれど、まさかそれが実現する事になるとは、この時は想像もしていなかったけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る