第434話SS スミカのいない日常その3(討伐編・後編)
「ここなのじゃな?」
「ん、そう」
わしとメヤは、マズナたちと別れた後、スラムの街の外れの防壁までやってきた。
ここの付近には家などの建造物がなく、ちょっとした広場になっていた。
そしてその中心には、直径5メートル程の色違いの地面があり、つい最近、何者かが手を加えただろう事がわかる。
まぁ、その当人がわしなのだから、特に怪しくも不思議にも思わない。
虫の魔物が開けた巨大な穴を埋めたのは、このわしだから。
「で、この下がシザーセクトの巣穴なのじゃな? 中はどうなっておる?」
塞いだ穴を魔法で堀りながら、それを眺めているメヤに問い掛ける。
「そう。この下にいると思う。でも中の様子は良く分からない」
開いた穴にゆっくり近付き、下を覗き込んでそう答える。
「そうか、なら中に入ってみるのじゃ。その方が手っ取り早いじゃろうし」
「ん」
「して、お主はどうするのじゃ? 見たところ武器を携帯していないようじゃが。もしかして、その背負い袋がマジックバッグになっておるのか?」
メヤが背負っている、羽根の生えた袋を見る。
「ん、違う。これは普通のリュック。武器は――――」
メヤはわしに答えると同時に、履いている黒の短パンの中に手を入れる。
「お、お主、こんなところで一体何を? まさか着替えるのか?」
両手を短パンの中に突っ込んで、モゾモゾとしだすメヤ。
動くたびに、白いお腹と形の良いヘソが見えて、ちょっとだけ焦る。
「ん、違う。この中にある。 ん、んん、んんん――――」
「んなっ!」
艶めかしい声を出し、それでも股間の中の手の動きを止めないメヤ。
わしはその光景を前にし、おかしな気分になる。
『な、なんじゃこれはっ! もしかして武器って言うのは、己を高ぶらせる行為の事なのかっ! それで戦闘意欲を高揚させる事なのかっ! そんな方法聞いた事ないのじゃっ! あわわわ』
両手で目を覆い、その行為を見ないようにする。
だが、変な声と衣服の擦れる音が耳に入り、どうにも落ち着かない。
「んんっ!」
そして、ひと際大きな声が響いた後、何とも言えない静寂が訪れる。
「お、終わったのか?」
恐る恐る手の平を開けてメヤを覗き見る。
「ん、もう大丈夫。準備できた」
「そ、そうか、お主も大変…… って、それ、どこから出したのじゃっ!」
見ると、両手には黒光りした大型のナイフが2本。形状的にはククリナイフのようだ。
首には、やたら長い黒のマフラーが巻かれている。
「ん? だからこの中」
そう言って、短パンの前を引っ張り中を見せるが、白パンツ以外何も見えない。
「そ、その中がマジックバッグだというのか?」
良く分からないが、そう言うものだとして確認する。
「ん、そう。だから取りずらい」
「そ、そうか」
「ん」
「………………」
何事もなく、澄まし顔で浅く頷くメヤ。
今更聞き返すのも恥ずかしいので、それで納得することにした。
そうして、微妙な空気のまま、わしとメヤは大穴の中に飛び込んでいった。
――――――
「かなり広いのぉ、ねぇねはこんな中からスラムの人たちを救出したんじゃな」
長い縦穴を降りきった先で、周りを見渡して感嘆の声を上げる。
落ちてきた縦穴の距離は凡そ300メートル。
足場を作りながら降りてきたので、2分足らずで地面に辿り着いた。
視界に広がる洞窟の直径は、わしの身長の5倍近く。
なので進む分にはなんの問題もない。
「して、道が北と南に分かれておるんじゃな。メヤはどちらか知っておるか?」
カンテラで暗がりを灯しながら、同伴者に確認する。
「ん、それはメヤにもわからない。ナジメはわかる?」
「いや、わしには何も感じないのじゃ。じゃが南は恐らく街の中に出るから、襲撃を考えていたならば南が正解じゃろうな。スラムの後はコムケを襲うつもりじゃったろうし」
「ん、ナジメに任せる。メヤは考えるの苦手」
「なら、最初は先に南に進もうかのぉ。足元も悪くないから、ちと急ぐとしよう」
「ん、わかった」
わしとメヤはそう決めて、薄暗い洞窟を南方面に向け、小走りで駆けて行った。
((ギギギギギギ――――))
「ん? 何か言ったか? メヤ」
「ん、メヤじゃない。きっとこの先」
メヤと二人、暫く走ると、洞窟内に奇妙な音が響いてくる。
「奥じゃと? だがもうここは、行き止まりなのじゃが……」
明かりが照らし出した先は、ゴツゴツとした岩肌が見える。
高さも広さも変わらず、ここで唐突に道が途切れていた。
((ギギギギギギ――――))
((ギギギギギギ――――))
「ん、また何か聞こえた。だからきっとその奥」
「む、確かに聞き取りずらいが、メヤの言う通りじゃな」
耳を澄ますと聞いた事のない奇声が聞こえる。
「なら、魔法で壁を壊すのじゃ。なだれ込んでくるやもだから気を付けるのじゃ」
メヤに視線を送り、後ろに下がるように伝える。
わしは襲われても問題ないが、メヤがどうなるかがわからない。
「ん、その必要はない。もう近くに来てるから」
周囲とわしを見ながら、メヤが両手に武器を持ち姿勢を落とす。
「なんじゃと? もしや――――」
((ギギギギギギ――――))((ギギギギギギ――――))
((ギギギギギギ――――))((ギギギギギギ――――))
壁向こうに聞こえていたはずの奇声が、洞窟の全方位から聞こえ始め、
その途端に、
ボコッボコッボコッボコッボコッ
ボコッボコッボコッボコッボコッ
『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』
『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』
足元、左右の壁、はたまた天井から、大量の虫の魔物が穴を開け現れた。
「ぬおっ!」
「ん、来たっ!」
いずれも体長は1メートル弱の、鋭い口ばしを持つ黒光りした頭と、巨大なハサミを尾に持つ、強固な甲殻に包まれた、自然色とは思えない程の真っ赤な胴体。
そんな魔物が壁の至る所から無数の穴を開け、一気に飛び出して来た。
『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』
「うぬ、『土壁(球)』っ!」
「ん?」
わしは、メヤも含めて土魔法で囲み、その中に閉じこもる。
「どうしたの?」
球体の暗がりの中で、メヤの心配する声が聞こえる。
「いや、ちょっと驚いただけなのじゃ。わしはあまり虫が好きではないしのぉ」
明かりを灯しながら苦笑し、メヤに答える。
「そうなの? あの虫、結構可愛い」
「え? どこかじゃ?」
「ん、あのたくさんある足が、チョコチョコ動いて可愛い」
「う、うん?」
「それと、触覚がビヨンビヨンしてて面白い」
「………………」
「あ、後は――――」
「も、もういいのじゃっ! もうそれ以上聞きたくないのじゃっ!」
虫の魔物を絶賛しだしたメヤを止める。
余計に想像を掻き立てられて、背筋がぞくぞくしてきた。
「そう?」
「もうその話はいいのじゃっ! して、お主はどこまで戦える?」
両手に持つ黒のククリナイフと、冒険者風の軽装の装備を見て尋ねる。
首に巻かれた無駄に長いマフラーは、何となく見ないふりをする。
「ん、虫よりは強い」
「それは、倒せるという意味で良いのじゃな?」
「ん、ただメヤは防御力が幼児並み。だから攻撃を受けなければ問題ない」
無表情のまま腰に手を当て「ふんす」と胸を張る。
どこまで頼りにしていいのか、返事と態度からは判断が難しい。
「そ、そうか、わしとは逆なんじゃな………… なら、わしが魔物を食い止めるから、隙あらばメヤも攻撃してくれなのじゃ」
ポンと腰を叩いてそう告げる。
「ん、心配しないで大丈夫。メヤには攻撃が当たらないと思うから」
「そうなのか? 随分と自信があるんじゃな」
「この魔物ぐらいは大丈夫。これがシスターズじゃない限りは」
「うん? 今、なんと?」
「ん、そろそろ魔法が破られそう。だから急ぐ」
メヤが武器を構え直した瞬間、魔法壁のあちこちに亀裂が入り始め、多数の虫の魔物が穴から顔を覗かしている。
「ぬおっ! そうじゃなっ! なら魔法を解除するのじゃっ!」
「んっ!」
こうして、急遽出来上がったばかりの即席の相棒と、大量の虫の魔物を殲滅していった。
――――
「お主の情報のお陰で、街の危険を未然に防げて良かったのじゃっ!」
パシパシと、隣に歩くメヤの尻を叩いて称賛する。
現在はスラムを抜けて、街の中を二人で帰路についている。
「ん、でも色々と話せない事が多い」
わしの謝辞の言葉に、僅かに俯きながらポツリと答える。
「そうじゃな、確かに聞きたい事が山ほどあるのじゃ。お主の強さもそうじゃが、今回の情報の出所についてもな…… じゃが、街のみなを見てみるのじゃ」
立ち止まり、メヤを見た後で両手を広げる。
「ん? いつもと一緒。みんな元気」
キョトンとした顔で答える。
「そうじゃろ? でもいつもと一緒なのは良い事なのじゃっ! 何も危険が無かったからこそ、みなも普通に生活を続けておるのじゃっ! それはお主がくれた情報があったおかげなのじゃっ!」
無表情の中にも、薄っすらと翳りが見えていた、メヤの前に回り込みそう告げる。
「…………ん。メヤのおか、げ?」
目を微かに見開いて、街の人々をゆっくりと眺める。
「そうなのじゃっ! じゃからお主が何者でも今はいいのじゃ。英雄のねぇねの住む街の、大勢を救ってくれた事実は変わらないのじゃっ!」
「………………」
「じゃからメヤも何かあれば頼るのじゃっ! 街を救ってくれた恩には、わしも、そしてねぇねも力を貸してくれるのじゃっ! お主が何に悩んでいるかは聞けないが、きっと頼れば救ってくれるのじゃ、この街の英雄さまがなっ!」
メヤの腰に抱き付き、顔を見上げながらそう告げる。
時折見せる、薄っすらと陰りのある表情が気になって仕方なかったから。
「………………ん、ありがとう」
「それはこっちの台詞じゃ」
瞼を伏せて、小声で答えるメヤ。
「ん、それでもありがとう………… それじゃ、また」
「うむ、それではまた今度なのじゃっ!」
クルと振り返り、メヤは去って行った。
わしはその後姿が見えなくなるまで、じっと見つめていた。
『うむ、ねぇねの見立て通りに悪い子ではないのじゃが、色々と複雑な事情がありそうじゃのぉ…… ねぇねが帰ってきたら詳しく話してみるのじゃ、そうすれば、きっと――――』
去り際の、悲哀と喜悦が混ざり合った、複雑なメヤの表情を見てそう決心した。
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