第433話SS スミカのいない日常その3(討伐編・中編)
「あっ! ナジメさまどうしたんですか? こんなとこまで来られてっ!」
メヤと一緒にスラムに入ったところで、カイと、数名の見知った顔に出くわす。
ただその中には、会った事もない中年の男性もいた。
「うぬ、カイたちこそ一体どうしたのじゃ? まだ大豆屋に世話になってる時間のはずじゃろ?」
「はいそうですっ! それで今もお仕事の途中です。そうですよね? マズナ親方」
カイはわしに答えると同時に、もう一人の見知らぬ男に振り向く。
「は、はいっ! 初めましてナジメさま。 俺は…… じゃなくて、私は、大豆屋工房サリューの店主のマズナと申しますっ!」
「おお、そなたがねぇねが言っていた店主だったのかっ! うむ、聞いておるぞ、何でも、他の大陸の珍しい食材で、この街で一番繁盛している店だとなっ! それと孤児院の子供たちや、スラムの人たちの仕事の面倒も見てくれているとなっ!」
いくらか緊張気味の、店主のマズナに近寄り、ニコと手を差し出す。
「がははっ! それもこれもみんな、スミカさんとユーアさんのお陰なんだがなっ! あ、じゃなくて、スミカさまと、その妹のユーアさまの、え~と……」
ガシと、わしの手を握り返し、急にあわあわと話し出す。
どうやら領主のわしを前にして、若干上がっているようだ。
「マズナよ、わしの前ではあまり礼儀を気にする必要などないのじゃ? それにお主はねぇねとも懇意にしておるのじゃろ? 一人娘もユーアと仲が良いと聞いておるしなっ!」
握手している手を、ブンブンと上下に振りながらそう諭す。
「そ、そうですか? ならなるべく普通に話す努力をします。 あれ? 逆か?」
せっかく宥めたというのに、訳の分からない理由で混乱する。
「まぁ、どうするかは任せるのじゃが、あまり堅苦しいのは好きではないぞ? わしもそこまで礼儀や作法に精通しているわけではないからのぉ」
「は、はいっ! ならあまり失礼にならない程度に気を付けますよっ!」
「うむ、それぐらいの方が話しやすいのじゃ。して、なぜにスラムに来ておるのじゃ?」
マズナも含め、カイとみんなを見渡し聞いてみる。
「ナジメさま、それはこのスラムにも――――」
幾分、硬さが抜けたマズナから、簡単に説明を受ける。
―
「そうじゃったかっ! 大豆とその工房を作る建屋の下見に来たんじゃな」
「そうなんですっ! 大豆もかなり質がいいし、量も豊富にあって、石の建屋も大豆の製法に適したもので、かなり驚いていますよっ!」
グルリと周りを見渡して、歓喜の声を上げるマズナ。
「それは良かったのじゃ。ねぇねにも感謝じゃな。では、もう少し話をしていたいが、わしらも緊急の用事を抱えておるから、ここでお別れなのじゃ」
軽く手を振って、マズナたちの元を離れようと振り返る。
その後ろには、メヤが無言で付いてくる。
「緊急ですか? そう言えばナジメさまは結局何をしに? また視察ですか?」
背後とわしを交互に見て、カイからそんな質問が飛ぶ。
「あ、そうじゃな。お主たちにも重要な事じゃったな。なら話すのじゃ」
「はい、なんでしょう? ナジメさま」
一旦立ち止まり、説明の為に口を開く。
「虫の魔物が出るらしいのじゃよ。ねぇねが退治した、あのシザーセクトの亜種が」
「あ、ほ、本当ですかっ! またこのスラムが危険に晒されるんですかっ!」
わしの説明に一瞬唖然とした直後、口早に質問を投げかけてくる。
「らしいのじゃ。それを調べにわしたちは来たのじゃよ」
「で、でも姐さんはこの街にはいないですよねっ! スラムの英雄の姐さんがっ!」
「ちょっと落ち着くのじゃっ! だからわしが来たって言っておるじゃろうにっ!」
虫の魔物の襲撃の可能性と、ねぇねが留守な事も相まって、一層取り乱すカイ。
この態度で、一度この街を救ったねぇねをかなり信頼しているのだとわかる。
まるで救世主。もしくは信奉者のような。
「それにカイたちにはわしの力を見せたじゃろ? 魔物が開けた穴を塞いだのはわしの魔法じゃ。じゃからそんなに不安な顔するでないぞ? ちょっと落ち込むから止めてくれなのじゃ」
幾分平静を装ってはいるが、やたら
「も、申し訳ございません…… そ、そうですよねっ! それにナジメさまは元Aランクの冒険者だったんですものねっ! ただ見た目があれなせいで―――― って、あわわわっ」
思い出してくれたのはいいが、最後に余計な事を口走り、オロオロするカイ。
それを聞き他の仲間たちも、一瞬首を縦に振ろうとしてそのまま固まる。
「…………まぁ、いいのじゃ。見た目でどうこう言われるのは慣れているからのぉ。それでも子供扱いされるよりはマシじゃ。カイたちはわしを心配してくれただけじゃしのぉ」
薄い目で睨みながら、そう付け足す。
「す、すいませんっ! ナジメさまは姐さんのパーティーメンバーですものねっ! いらぬ心配をして申し訳ございませんっ!」
「いや、そこまで頭を下げずともいいのじゃ。ねぇねに比べたらわしだってまだまだじゃし。昔のランク何てそれこそ意味ないのじゃ」
「はぁ~、そう言うものですか? それでナジメさまは、一人で退治に行かれるのですか?」
「なに? 一人じゃと?」
カイの質問を聞いて、慌てて周りを見渡すが、付近には誰もいない。
「………………うぬ?」
「ど、どうしたのですか、ナジメさま?」
キョロキョロするわしを心配して声を掛けてくる。
「いや、何でもないのじゃ。今はわし独りでも、頼りになる冒険者がいるから心配せずともいいのじゃ。それと、みなが混乱するから街の者には伝えなくてよいぞ。情報も定かではないしのぉ」
「わ、わかりましたっ! それではこの街をよろしくお願いいたしますっ!」
「うむ、任されたのじゃ。それではまた後でな」
「はいっ!」
そうしてわしたちは、マズナとカイたちと別れて、スラムの外れに向かって歩き出す。
「メヤ。近くにいるんじゃろ?」
少しみんなから離れたところで、ここまで一緒だった同伴者の名を呼ぶ。
「ん」
「って、なんじゃっ! 後ろにいたのかっ!」
聞きなれた声が間近で聞こえてピョンと跳ねる。
「ん、隠れてた。話した事ない人たちだから」
「そ、そうか、人見知りなんじゃな」
「ん、そうかも」
「そうか」
「ん」
そんな意味のない会話をしながら、スラムの外壁に近い広場に到着する。
「ここでいいのじゃな?」
「ん」
この場所は魔物が出てきた穴の中でも、一番巨大な穴があったところだ。
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