第432話SS スミカのいない日常その3(討伐編・前編)




「お主はこの街の冒険者じゃったのか? 今まで会った事ないのじゃが」

「ん、まだなりたて。Fランク。だからだと思う」


 わしは、孤児院の工事を中断して、ある少女とスラムを目指し歩いている。

 その少女とは、


「して、メヤはあの時、何をしておったのじゃ? 本当に昼寝をしにきただけなのか?」

「ん、大体はそう」

「大体じゃと?」

「ん、他にもやる事があったから」

「…………そうか」

「そう」

「………………」


 先導するように、斜め前を歩くこの少女はメヤという名だ。

 そのメヤとわしはスラムを目的地として連れ立っている。

 

 先日ウトヤの森で開催した、Bシスターズの慰労会の初日、この少女とわしたちは既に会っていた。


 ねぇねが苦労して、シクロ湿原から連れてきたはいいが、行方がわからなくなってしまったキュートード。そんな落ち込むねぇねの前に現れ、その居場所や生態を詳しく教えてくれて、感謝されていた少女だ。

 

 そんな少女とわしが邂逅したのはつい半刻前。

 唐突に孤児院に訪れて、スラムに関わる、ある重大な情報を教えてくれた。



 その内容とは――――



「その情報の信憑性は確かなものなのじゃな?」

「ん、出所は教えられないけど確かなもの」

「じゃが、スラムのシザーセクトの亜種は、ねぇねが全滅させたはずじゃぞ?」

「ん」

「それが何故今頃になって、また出現するのじゃ? ねぇねが魔物の残党を見逃すとは思えないのじゃが?」


 そう。

 このメヤという少女は、まだ街に魔物が残っていると伝えに来た。

 スラム街の地下には、ねぇねが殲滅したはずの、あの魔物がまだいると。

 

 100人弱が住むスラムを、数刻で壊滅寸前まで追いやった、その元凶ともいえる虫の魔物が。


 それを伝えに、メヤはわしのところを訪ねたらしい。

 リーダーのねぇねが、ロアジムの依頼で不在だったと知らされた故に。


 

「ん、澄香は確かに全部倒した。それは間違いない事実」

「だったら何が残っておるのじゃ? それが事実なのじゃろ?」

「倒したのは成虫だけ。その後に産まれた」

「産まれたじゃと? それは、もしや――――」

「そう、産んでいた卵が孵る。だから気付かなかった。それに普通の卵ではない」


 わしを見下ろし、無表情で淡々とそう話す。


「うむぅ、そうじゃったのか…… して、何が普通と違うのじゃ?」

「え? メヤ、そんな事言った?」

「いや、わしの聞き違いじゃった。先を続けてくれなのじゃ」

「ん、それと地下深くに産んだから、澄香でもわからなかった」

「そうか…… それでさすがのねぇねでも、気付かなかったのじゃな?」

「ん、仕方ない」

「………………」

 

 それが、このメヤという少女から聞かされた情報だった。

 だが、どこか曖昧で、変に真実が含まれてそうな話だ。


 最初から虚言だと決める付けるのは簡単だが、この少女からはそう言った邪心を感じないし、そもそも嘘をつく理由も見当たらない。


 そう言った理由で、わしはこのメヤと行動を共にしている。



『しかし、ねぇねとの会話でも感じておったが、このメヤという少女は、正直掴みどころがないのぉ。いや、得体の知れないと言った方が当てはまるのじゃ』


 ウトヤの森で会った時、この少女は寝巻姿だった。

 しかも寝巻と同じ模様の枕を持参して現れた。あんな深い森の中で。


 そして、今の会話でもそうだが、ある突っ込んだ質問には、お茶を濁し、返答をはぐらかす。

 本人は誤魔化しているつもりなのか、わざとそうしているのかもわからない。


 スンとした能面のような表情と、どこか抑揚のない会話も相まって、余計に怪しく見える。



『うむぅ、ねぇねはあの時、警戒を途中で解いたが、やはりこの者は只者ではないのじゃ。気配もそうじゃが、一連の動作が洗練されのじゃ』 


 わしの隣を音もたてず、重心もブレる事なく、それが自然体とばかりに歩くメヤ。

 まるでネコ科の動物か、仮に職業で言えば、暗殺者のような歩の進めかただ。


 背格好は、ナゴタとゴナタ姉妹に近く、ねぇねよりかは身長は上だ。

 華奢と言った体つきだが、幼くも見えるがそうでもない。


 ねぇねのように、見た目少女の体躯というよりかは、もっと無機物を連想する。

 彫刻や石像、もしくは人形のような肌の白さも相まって、人工物を思い浮かべる。

 


 それが、わしがこの少女に感じた印象だった。

 そんな少女と今は行動を共にしている。


 またスラムを襲い始めるであろう、虫の魔物の殲滅に行く為に。



「そう言えば、お主は冒険者なんじゃろ? なら何故ルーギルに相談しなかったのじゃ? 普通、わしではなく、いの一番にそちらに報告するはずじゃろ?」


 スラムへと続く道を見据えながら、至極当たり前の質問をする。

 僅かでも、この少女に関する情報を引き出せればと。



「んっ? ん~~~~」

「どうしたのじゃ?」


 僅かだが目を開き、感情が揺らいで見えるメヤ。

 もしかしたら、何かしらのボロを出すのではないかと期待する。


『じ~~~~』


 そう、注意深くメヤの表情や言動に注視していると、


「ん、なんか言いずらい」

「何故じゃ?」

「だって、頼りないから。ここの冒険者」

「え?」


 バツが悪そうに、そっぽを向いてポツリと答える。


「………………そうか。気を遣わせてしまったのじゃ」

「ん」

「なら、後からルーギルに言っておくのじゃ。新人冒険者に心配されておるとな」

「ん」


 ポンポンと背中を叩きながら、そう答える。



『なんじゃ、まるで人形のように思っておったのじゃが、そんな事はなかったのじゃ。ただ単に、感情を外に出すのに慣れていないだけなのじゃな』


 無表情でも、何故か暖かく感じるメヤを見上げながらそう思った。



 それとは他に今まで聞けなかった、気になるものが、


「そのお主の背負い袋は、ニスマジの店で購入したものじゃな?」

「ん、このリュックの事?」

「そうじゃ、恐らくあ奴のところでしか、まだ作ってないしのぉ」


 そう言いながらメヤの背後に回り込んで、小さな背負い袋を見る。

 その袋の両脇には、黒アゲハ蝶の羽根をかたどった、綺麗な装飾が付いていた。


 もしかしなくても、この街の英雄さまを真似ての商材だろう。

 ねぇねを表す象徴ともいえる、蝶の羽根の部分は。



「ん、そう。黒蝶姉妹商店で買った。これから人気になるって」


 自身の背中に視線を向けながら、ポツリと答える。

 気のせいか、少しだけ喜んでいるようにも見える。



「それはそうじゃろ。ねぇねはこの街の英雄さまじゃからなっ!」」

「ん、だからメヤも買った。澄香は私も気に入ってるから」

「じゃろ? ねぇねはみんなの人気者じゃからなっ! 特に女子おなごにはのぉっ!」

「ん、澄香は人気者。子供にも人気」

「じゃな、後は――――」


 微かに頬を緩め、ねぇねの話をしだしたメヤ。

 わしも自然と笑顔になって、その話に是非とも加わる。



『色々と気になるところはあるが、そこまで悪者ではないようじゃな。それとどことなく雰囲気がねぇねに似ておる気がするしの。感情の出し方や話し方も』


 出会った頃よりもメヤへの警戒を解いて、二人でスラムの街に入った。



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