第431話SS スミカのいない日常その2(幼女編)
「メルウちゃん、この壺は奥に置けばいいんだよな?」
「そうなの。味噌は陽の当たらない、涼しいところに置いて欲しいの」
「メルウさん、これはどこに? お店の前でいいんですか?」
「醤油はお豆腐と一緒に売れるから、近くに置いて欲しいの」
わたしと妹のホウは、今日はお仕事で大豆屋工房サリューに来ているんだ。
それで今は、お店を開ける為の準備中。
今日でまだ2日目だから、メルウちゃんに教わっているんだ。
「ボウとホウちゃんは覚えるのが早いの。わたしも助かってるのっ!」
ある程度準備が終わり、メルウちゃんが声を掛けてくれる。
「え? そうかなぁ? でもわたしは計算が苦手なんだよな」
「でも、ボウお姉ちゃんはどこに何があるか覚えるの早かったよ?」
妹のホウも手が空いたらしく、わたしとメルウちゃんの話に混ざる。
「う~ん、でもホウやメルウちゃんにみたいに、パパっと計算してお釣りを渡したいな。なんかカッコ良く見えるんだもん」
メルウちゃんは元々として、妹のホウがすぐ出来たのには驚いた。
「でもボウちゃんは、足りないのをすぐ補充してくれたり、お店もお掃除してくれるの。わたしより気付くのが早いの」
「それと元気がいいから、お客さんも笑顔で帰っていくんだよ。一緒に来た小さな子も手を振ってくれるし。ボウお姉ちゃんも凄いんだよ」
「そ、そうかなぁ?」
二人におだてられて、ちょっと照れる。
「うん、そうなの。ホウちゃんだけじゃなく、二人とも凄いのっ!」
「えへへ」
「うふふ」
お仕事をして、初めてメルウちゃんに褒められた。
わたしはそれを聞いて、自然と顔がほころぶ。
隣のホウも我慢できないのか、わたしと同じようにニコニコとしていた。
だってメルウちゃんは、わたしたちと歳も一緒なのに、ずっとお父さんのお店を切り盛りしていて何でも知っている。
そんな凄い人に褒められたんだから。嬉しいに決まっている。
「あ、そう言えばメルウちゃん。カイ兄ちゃんたちはお店には来ないの?」
数日前から来ている筈の、スラム組の事を聞いてみる。
「うん、今日は来ないの。カイさんたちはお父さんと工房に行ってるの。その後はスラムを見に行くって言ってたの」
「え? スラムってどうして?」
工房はわかるけど、スラムに行く用事ってなんだろう?
「あれ? スミカお姉さんに聞いていないの?」
「う、うん。知らない。ホウは何か聞いてる?」
「わたしも聞いてないよ。ビエ婆さんなら知ってるかもだけど」
頭のいいホウも聞いていないようなので、二人でメルウちゃんを見る。
「スミカお姉さんが言ってたんだけど、ここの工房だけでは在庫が足りなくなるから、スラムの方にも工房を作るって言ってたの。そこでみんなで働いてもらうみたいなの」
「そうなの? スラムでも醤油や納豆を作るの?」
「ああっ! スラムの工房で思い出したよ、ホウお姉ちゃんっ!」
わたしは知らなかったけど、ホウがぴょんと飛び跳ねる。
そしてわたしに向かって話し出す。
「スラムでは大豆をいっぱい作ってるから、余ってる石の建物を工房にしたいって、スミカお姉さん言ってたよっ! これからは忙しくなるから必要だってっ!」
その時のやり取りを思い出したのか、珍しく興奮しているホウ。
でもわたしと違って覚えてるのは凄いなと、心の中で感心する。
「そ、そうなんだ。スミカ姉ちゃん、そこまでスラムの事考えてるんだ」
あの長くきれいな黒髪と、いつも堂々としてカッコいい蝶の姿を思い出す。
わたしたちがスラムを出て、孤児院ではお勉強、それとここで働けるようにしてくれた、この街の英雄さまを。
「そうなのっ! 大豆食品でお食事できるところや、移動できる屋台とか、他にもお店を出すとか色々考えてるのっ! お父さんもそれを聞いてやる気なのっ!」
小さな拳を、胸の前でキュっと握って、大きな声で話すメルウちゃん。
ちょっとだけ興奮しているみたいだ。
「ほ、本当にスミカ姉ちゃんは色々考えてるんだな。その妹のユーアちゃんも優しくて、みんなに好かれてるし、色々教えてくれるし」
少しだけメルウちゃんの勢いに押されながら、そう話を続ける。
「そうなのっ! スミカお姉さんも、ユーアお姉さんも凄いのっ! わたしのお父さんも二人には感謝してるのっ! だってわたしたちは――――」
「あっ! ふぐぅっ!」
しまったっ!
さっきよりも興奮する姿を見て、口を塞ぎながら失敗したと思った。
またメルウちゃんの大好きな、二人のお姉さんの話題を出してしまった事に。
ここに働きに来て最初の日も、会話の流れであの二人のお姉さんの名前を出したら、話が止まらなくなったメルウちゃん。
わたしたちも二人を好きだから、話をするのは楽しかった。
けど、そんなメルウちゃんは、わたしたちとは違う方向で、スミカ姉ちゃんとユーアちゃんを大好きだった。
誰かに二人の話を猛烈に聞いて欲しくて、超絶に話したいといった感じの。
わたしとホウは、初めてのお仕事を覚えるだけでも大変だった。
なのに、メルウちゃんは今まで話し相手がいなかったのか、少しの空き時間を見付けると、シュっと走って来て笑顔で二人の話を始める。
『あ、あの、メルウちゃん、これは――――』
『それは銅貨5枚なの、それよりスミカお姉さんが、今度また――――』
『メルウさん、こっちは――――』
『あ、それは量り売りなの、それで、この前ユーアお姉さんが――――』
などと、隙を見て二人の話題を出してきたんだ。
しまいには、どこが好きだとか、衣装の話とか、好きな食べ物は、お風呂の話とか、ずっとお仕事が終わるまでそんな調子だったんだ。
だからか、わたしとホウは初日から凄く疲れたんだ。
『うわ~、やっちゃったよっ! またメルウちゃんの話が止まらなくなるよっ!』
それが初日に、お仕事以外に覚えた事の一つだった。
お仕事中はあの二人の話は禁句だって、ホウと決めたのに話しちゃった。
「でね、この前お味噌をスミカお姉さんの家に届けに行ったのっ! そうしたら、いつも明るいお家が暗くて、扉も開いていたのっ!」
「う、うん。それでお風呂とご飯を一緒にしたんだよな」
「そうなのっ! でもね、なぜかお家に入った時に、奥から声がね」
「それから、二人が裸で抱き合ってたんですね?」
「うんなのっ! それでわたしもお風呂場に連れてかれて――――」
絡まれるわたしを見かねてか、ホウも話に加わり、話の先を促す。
ホウはその方が早く終わると思ったんだろう。元々何回も聞いた話だし。
「おや? お店はまだ空いていないのか?」
そうこうしているうちに開店時間になり、最初のお客さんがやって来てしまう。
「いらっしゃいませなのっ! お店は開いてるの。だから好きに見ていいのっ!」
「メルウちゃん、今日は豆腐は入っているかい?」
更に続々と、次のお客さんが入ってくる。
「お豆腐ありますのっ! ボウちゃん案内お願いなのっ!」
「は、はいっ!」
「これ10個買うから、お会計お願いね」
「はいなのっ! ホウちゃんお願いなのっ! わたしは奥の人案内するのっ!」
「は、はい、わかりましたっ!」
こうして、わたしたちの二日目のお仕事も始まった。
初日と同じように、慌ただしくも、今までよりずっと楽しい一日が。
「それでね、ボウちゃん、ユーアお姉さんが、味噌の中に砂糖を入れたタレが好きなのっ! お肉にもの凄く合うって話してたのっ!」
「そ、そうなんだっ!」
「あ、ホウちゃん、スミカお姉さんはお豆腐が好きなのっ! それと萌やしのお浸しも好きなのっ! だから帰る時に持って行って欲しいのっ!」
「は、はい、わかりましたっ!」
テキパキとお仕事をしながら、それでも話が止まらないメルウちゃん。
お客さんとわたしたちに教えながらも、全ての仕事をこなすメルウちゃん。
『ふぅ~、確かにスミカ姉ちゃんとユーアちゃんは凄いけど、わたしたちから見れば、メルウちゃんも同じなんだよなっ! だって――――』
片手に納豆、片手に豆腐を持ち、それを補充しながらも、お客さんを案内しているメルウちゃんの姿を見てそう思った。
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