第426話怒りと妖艶の英雄
グシャッ!
「あ、あ、あ、――――」
ユーアちゃんが潰された。
たった今、アタシの目の前で。
突如、空から振ってきた杭型の巨大な魔物に踏み潰された。
最初、ユーアちゃんたちが倒した魔物が降ってきたんだと思っていた。
この魔法壁の周囲には、数えきれないほどの魔物が死んでいるから。
「な、な、なんで? こんなデカいのがいるんだよ……」
なのに、目の前に振ってきたのは、血だらけのハラミとユーアちゃんだった。
そんなユーアちゃんはハラミに抱きついたまま、巨大な足に潰されてしまった。
今までの魔物が、小さく見えるほどの山のような魔物に。
5倍以上も巨大な、異形の魔物に。
「ユ、ユーアちゃんっ!!」
今まで平静だったロアジムさんが叫ぶ。
ユーアちゃんとハラミが潰された、魔物の足元を見て。
「く、この化物めっ! よくもユーアちゃんとハラミをっ!!」
ロアジムさんがそう叫び、腰のポーチから何かを取り出し、強く握る。
アタイはそれを見て、今にも走り出しそうなロアジムさんの腰に抱きつく。
ガッ!
「無理だよっロアジムさんっ! そんなもので倒せる訳ないよっ!」
「わ、わかっておるっ! だがわしの気が済まんのだっ!」
「だからって、そんなナイフじゃロアジムさんもやられちゃうだろっ!」
「は、離すのだっ! イナっ!」
「い、いやだっ!」
発狂したように、アタイの腕の中で暴れるロアジムさん。
そこにはさっきまでの飄々とした、おじいちゃんの姿は見えなかった。
だからか、その取り乱したロアジムさん見て確信する。
あんなに自慢していた、冒険者がやられてしまった事を。
『い、一体なんだってこんな事に…………』
なってしまったんだ。
アタイが何か悪い事をしたのか?
そんなに外の世界に憧れてはダメなのか?
親父とみんなが助かるって、希望を持ってはいけなかったのか?
『だ、だからって、これはあまりにも酷い………… ユーアちゃんとハラミを村のせいで死なせただけじゃなく、親父もみんなも丸ごとがいなくなってしまうなんて、アタイはただ願っただけなのに』
自問自答しながら、罪悪感と喪失感がアタイを襲う。
何も出来ず、ただ願うだけだった自分を呪う。
「な、なんだっ!? 地面が浮いてきてるぞっ!」
暴れていた、ロアジムさんの動きが止まる。
何かに驚き、固まったようにピタと大人しくなる。
「え? 地面が? え、え?」
アタイもそれを目の当たりにして、思考が止まる。
杭型の顔面の魔物。
今、目の前にいるのは、今までの5倍以上の巨大な魔物だ。
ユーアちゃんとハラミを踏み潰した地面が、その魔物の足ごと浮き上がる。
まるでその足を押し返す様に、グググと「黒い」何かがせり上がってくる。
「ス、スミカちゃんなのかっ!」
「ぐっ! ダメだってっ!」
その黒い物体を見て、ロアジムさんが叫ぶ。
そしてまた、ジタバタとアタイの腕の中で暴れ始める。
『グォォォォ――――ッ!!』
杭の顔面の魔物が、浮き上がる地面を押し返そうと咆哮する。
だけど、
ズズズズズ――――
魔物の膂力や重量さえも、全く意に返さず、黒い何かが地面から出現する。
ズズ―― ズ
「な、なんだこれはっ!?」
それは黒く縦に長い、まるで棺桶のような箱だった。
それが巨大な魔物を押し返して、出現したものだった。
『――――随分と私のものに傷をつけてくれたな。貴様は楽には殺さない。全身を切り刻んで達磨にし、内部から爆散させ、血肉を派手に撒き散らし、惨たらしく殺してやろう』
それと同時に黒い何かが現れた。
まるで棺桶の中から現れてきたように。
「ス、スミカちゃん? な、のかい?」
「うぅっ!?」
ロアジムさんが掠れた声で自信なさげに呼ぶ。
ここにはいない、蝶の英雄の名前を。
『な、なんだこいつはっ!』
アタイは
今まで感じた事のない、激しく冷めた怒りを感じて身が竦む。
『こ、こわい、コワイ、怖い、なんだこいつは……』
ロアジムさんがスミカと呼んでいた。
確かにその容姿と衣装は、紛れもなくあのスミカに見えた。
ただ、知っているスミカは、全身が黒くないし、感情がわかりずらい。
見える素肌は白くて綺麗で、人よりも淡泊な性格に見えた。
なのに、スミカに似たこの何かは、まるで正反対だった。
憤怒や憎悪や殺気を、全身から噴き出させ、魔物を鋭く睨みつけている。
まるで黒いスミカの逆鱗に触れたみたいに。
スミカの中の何かを目覚めさせたみたいに。
アタイには、今のスミカがそう見えた。
決して起こしてはいけないものを、あの魔物が起こしてしまったんだと。
――
一方その頃、マング山の洞窟内では。
「きゃはは~、おじさん。今から始末するからちょっと待っててねぇ」
『ぐっ!』
白いスミカが奇声を上げ、ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。
恐怖で動けない俺をあざ笑うかのように、歪な笑顔を貼りつけたままで。
「あれ~、おじさんどうしたのぉ? 寒いのぉ?」
白い小さな顔が、俺の胸に触れるほど近づき、下から見上げて甘ったるい声で話す。
「お、お前はスミカ、さんでいいんだよな?」
何とか絞り出した声でそう尋ねる。
ここだけは一番確認しなくてはいけない事だからだ。
「え~、私以外に、こんなナイスバディな美少女いるわけないでしょぉ?」
クネクネと体を揺らしながら答える白いスミカ。
両手を頭の後ろで組んで見たり、前屈みになって覗き込んでくる。
「そ、そうだな、ならお前はスミカさんで間違いないよな?」
それに対して、否定も肯定もしない。
美少女の部分には賛成するが、他に賛成できない部分があるからだ。
「う~ん、何となく嫌な視線を感じたけど、まぁ、いいや。今はこれを始末する事が先だからねぇ。外もおかしな魔物が出てきたみたいだから急がないとねぇ、きゃはは」
「ちょ、ちょっと待てっ! 外で何かあったのかっ! おかしな魔物ってなんだ? もっとその話を詳しく教えてくれ、え~と、白いスミカさんっ!」
ここにいては知ることが出来なかった、外の現状を聞いて驚く。
そして何かを知っているであろう、白い少女に詰め寄る。
「くふふ、その白いスミカって、私の事?」
「あ、ああそうだが、何か気に障ったのか? な、なら訂正と謝罪をするが……」
内心焦りながらも、何とか平静を装いそう返答する。
万が一にでも、この少女の機嫌を損ねてはいけないと思ったからだ。
「きゃははっ! 別にそれでいいわよ。ただ何で白を履いてるって知ってたのか気になっただけだからねぇ~ おじさんもいい年して抜け目ないねぇ」
「いや、言ってる意味がわからないのだが、履いてるってどういう事だ?」
予想外の返事を聞いて戸惑う。
仕草も言動も表情も、この状況に不釣り合い過ぎて混乱する。
「あれ? そんな嘘ついてまで私の下着が見たいんだぁ。魔物相手に飛び回ってたさっきより、間近で生で見たいのぉ?」
「は?」
そう言って一歩下がり、スカートの両端を摘まみ、ゆっくりと上げていく。
数秒前の無邪気な表情とは打って変わり、小悪魔的な妖艶な笑みに変わる。
「し、下着だと? なぜそんな話になるんだっ!?」
白く細い足が、膝上まで見えた時に我に返る。
俺はこんな時に、何を見せられているんだろうと。
「あれれ、違ったのぉ? 私を見る目がオスのそれだったから、もしかしたら欲情しちゃったのかと思って、サービスしようとしたんだけどねぇ~ きゃははっ!」
「い、いや、俺は亡くなった妻みたいに、もっと凹凸が…… ではなく、今はそんな場合ではないし、色々と聞きたい事があるんだ」
「色々聞きたい事ぉ~? 中身の事じゃなくてぇ?」
そう言って今度は、胸元を指で捲り上げる。
もちろん、そこには何の凹凸も見えなかったが。
「ち、違う。外の様子を教えてくれないか?」
「外ぉ?」
「そ、それとさっきの黒いスミカさんと、始末がどうとか言っていた事だ」
黒いスミカさんは確かにいた。
見た目は真逆だったけど、俺は二人を確かに見ている。
ただ、黒と白の対極ありながら、そこから滲み出る『狂怖』は同じに感じた。
どちらとも得体の知れないその存在に恐怖を感じた。
「ああん~、外は違う魔物が出たのよぉ。元々いたのを殲滅した後でねぇ~」
「違う魔物? とは」
「くふふ、それがねぇ、あの杭型の5倍ぐらい大きいのが出たのぉ」
「は、はぁっ!? 5倍だとっ!」
俺はその大きさを聞いて驚愕する。
あの魔物でさえ、翼を入れて10メートルはあったはずだ。
その5倍だなんて、殆ど山のような大きさだ。
そんな巨大な魔物に、人間なんか敵う訳が無い。
ほぼ山のような相手を前にして、誰が戦えるって言うんだ。
『な、なんだ何が起きているんだっ! 俺たちはもう少しで洞窟を出られるのに、なぜ外にはそんな化物がいるんだっ! イナは大丈夫なのかっ!? それと村はっ!』
希望の光から一転、絶望という名の暗闇に落とされる。
一人娘のイナの無事を、そして、その後の村の顛末を危惧して。
なんて一刻も早く、娘の元に駆け付けたいと思っていると、
「あらん? そっちはもう倒したみたいね、きゃはははっ!」
澄んだ甲高い声で、白いスミカさんがそう告げる。
「え? た、倒したのか? 誰が?……」
「え~、誰って、おじさんもう一人の黒い方を見たんでしょぉ?」
「あ、ああ」
「なら、黒いのに決まってるじゃない。かなり怒ってから瞬殺したみたいよ、きゃは」
「そ、それは本当かっ! なら娘は、イナは無事かっ! 説明してくれっ!」
スミカさんの話を聞き、思わず声を荒げてしまう。
一瞬しまったと思ったが、それよりも娘の事が心配だった。
「きゃはっ! そんなにがっつかないでよ、おじさん。あ、でもイナって子は無事だけど証明できないから、今すぐ連れてってあげるわねっ!」
俺の態度に、特に気にした風でもなく答えるスミカさん。
ただホッとしたと同時に、何か気になる事を言っていたような……
「連れてくって、俺をか?」
「あははっ! だってその方が早いでしょ~っ!」
「消え…… って、うわっ!」
一瞬で背後に回り込まれ、そのまま軽々と抱えられてしまう。
俺の胸ぐらいしかない小さな少女に、小脇に抱えられ荷物の様に運ばれる。
「は、速いっ! それと宙をっ!?」
「きゃははっ! はしゃぐのはいいけど舌噛まないでよねぇ~っ! そんな事になったらイナって子に会う前におっ死んじゃうからねぇ~っ!」
そうして俺は、この白いスミカさんに運ばれてイナのいる洞窟の外に出られた。
ただし、
『す、すまんみんな…… 直ぐに戻ってくるから、もう少し待っててくれ……』
洞窟内に残してしまった、みんなの事が気がかりだった。
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