第425話それぞれの絶体絶命



 ハラミの前足があったところから、たくさんの血が流れています。

 肘から先が無くなって、真っ赤になっていました。


「ハラ、ミ?」


 すると、また、


 バザァァァ――――ッ!!


 杭の魔物が翼を強く振りました。


 タンッ!


 ザシュッ!


『がふっ!?』

「ハラミっ!?」


 それを見たハラミは、氷を蹴って逃げようとしました。

 けれど、今度は後ろ脚が無くなりました。 


 魔物は何かを飛ばしているみたいですが、全く見えません。



「う、う、うわ―っ! よくもっ!」


 ボクは夢中で、魔物に向かって攻撃します。

 ハラミをいっぱい傷つけた、大嫌いな杭の魔物に。


 ヒュヒュンッ! ×10


 スタンボウガン10矢同時射撃。

 ボクが今打てる最大の攻撃です。


 それを、


 バザァァァ――――ッ!!


「えっ!?」


 と、翼を振るうだけで、矢があちこちに飛んでっちゃいました。


「ならっ!」


 ガシィッ!


 今度はチェーンリング、10本全部を使って、魔物を雁字搦めにしました。

 これで簡単には動けません。



「ハラミ大丈夫っ!?」


 氷の上でフラフラしているハラミに声を掛けます。

 そんなハラミは、右の前足と左の後ろ足だけで、氷の上に立っています。



『はぁ、はぁ、はぁ、が、がうっ!』


「大丈夫じゃないよっ! 血が一杯出ちゃってるんだから」


 こうして話している間にも、地面に向かって血が流れていきます。

 ボクは急いで、お薬を探してポーチに手を入れます。



「あ、あったっ! スミカお姉ちゃんから貰ったお薬が――――」


 バキ――――ンッ!


 お薬を見付けた途端に、甲高い音がしました。

 

『がるるっ!』

「え?」


 それはボクの鎖が全部切られた音でした。

 ハラミはずっと見ていたみたいで、すぐに唸って魔物を鋭く睨みます。


 ブンッ!


 動けるようになった魔物は、今度は大きな足で攻撃してきました。


『がうっ!』

 

 タンッ!


 それでもハラミは、飛んで避けようとします。

 残った2本の足で氷を蹴って逃げようとします。


 でも、


「だ、だめ、間に合わないっ!」


 いつものハラミだったら、簡単に避けられるんです。

 疲れてなかったら、最初の攻撃も当たらなかったはずなんです。


 けれでも、今のハラミにはそんな力はなかったです。

 ボクが勝手に競争だなんて、こまんどでいっぱい無理をさせたせいで。


 ドガンッ!


『ぎゃふっ!』

「んあっ!」


 ボクとハラミは上から潰されるように、魔物の攻撃を受けちゃいました。

 黒く大きな足で抑え付けられたまま、そのまま地面に叩きつけられました。


 それでもボクはあまり痛くありませんでした。


「ハラミずっとボクを庇って……」

『が、がう…………』


 足が当たった時も、地面に落ちた時も、ハラミが守ってくれたからです。

 大きな体を入れ替えて、ボクを何度も庇ってくれてました。

 

「そ、そうだ、お薬使わないと――――」


 こうしてはいられません。


 地面に降りた魔物が、今度は足を上げているからです。

 大きな足が、ボクと傷付いたハラミに迫ってきています。


「な、ない? お薬が」


 手に持っていたはずの、大事なお薬がありません。

 ギュッと持っていたはずなのに、今は何も持っていません。

 

「あった、けど……」


 それはありました。

 ここからちょっと離れた草の上に。


 きっと地面に落ちた時に、手から離れたんだと思います。



「も、もう一個――――」


 ボクは急いで、もう一つ探します。

 拾いに行く時間もないし、このままだとハラミが潰されちゃうから。


 ブォンッ!――――


 けど、それでも間に合いませんでした。

 なので、ボクは血だらけの弱ったハラミの上に覆いかぶさります。



「ス、スミカお姉ちゃん、悔しい…… ボク、ハラミを守れなかった。いっぱい助けて貰ったのに、何もできなかった。だからハラミだけでも助けて、お願い、スミカお姉ちゃんっ!――――」


 グシャッ!


 ボクはハラミを抱いたまま、大きな足で潰されちゃいました……。


『あ』


 そんな中、微かに見えたのは、ジャムが5つの魔物の指でした。



――――



 その数分前の洞窟の中では。

 目の前で起こった現象に混乱するラボがいた。



『お、俺は何を見ているんだ?』


 みんなに先に行ってくれと伝え、来た道を戻ってきた。

 牛たちにも疲労の色が見えず、これなら早々に外に出られると判断したからだ。


 そして俺はスミカさんの様子を見に戻ってきてしまった。


『英雄と名の付く者が簡単に負けるはずはない』


 と頭ではわかっているが、娘よりも幼い少女が気がかりなのは、子を持つ親以前に、至って普通の感情だろうと。



「おっ? これはスミカさんの魔法壁だな」


 コン


 俺たちが抜けていった洞窟を戻る途中で、固い物が手に触れる。


「という事は、この先で別れたはずだから近いな。でもこれ以上先に進めない。なら呼んでみるか? ……ん、誰だ? 誰かが倒れて、い、る?」


 緩やかな曲がり角の先に、黒い人物がうつ伏せに横たわっている。


 長くきれいな黒髪に、子供のような華奢で小さな体。


「ま、まさか……」


 顔こそは向こう側で見えないが、その特徴的な服装で瞬く間に判断できる。

 背中に蝶の羽根をあつらえた、その特徴的なドレスを見て。


「ス、スミカさ、ん? ――――」


 堪らずその背中に声を掛ける。

 だが、それはスミカさんに届く前に飲み込んでしまう。


 何故なら、


「な、なんだ? 俺は何を見ているんだ?」


 その倒れるスミカさんの脇にもう一人。

 同じ人物が現れたからだ。



(ふぅ、危ない危ない。危うく穴だらけにされるところだったよ)


 その脇に現れたスミカさんが何か言っている。


(気配も分身体に割り振ってて正解だったね。それにまんまと引っ掛かって、何とか閉じ込めることが出来たよ。まさか極小の魔物がいるなんてさ……)


 もう一人の自分を見下ろしながら、苦笑交じりに呟く。



 ――分身体っ!? 小さな魔物?



(よし、こうしちゃいられない。ここも私に任せる)


 今度はどこかを見つめた後、何かを決断したように厳しい表情に変わる。



 ――私に任せる? って、元々双子だったのかっ!?


 だが、もう一人のスミカさんは倒れたまま動かない。

 腕を伸ばしたまま、全く動く素振りも見せない。

 

 それどころか、見える素肌の部分には、斑点の様に無数の穴が開いているように見える。



 ――こ、これって……


 もう死んでいるのでは。


 その壮絶な姿を見て息を呑む。

 針の山や蜂の巣の様な無数の穴が開いた、体を見て。



 途端、


「はっ!? な、なんだっ!!」


 横たわるスミカさんが消えた。

 何の前触れもなく、一瞬で掻き消えるように。


 それだけならば、なんら驚く事はない。

 消える姿はこれまでも見ているからだ。


 ならなぜ、俺は『恐怖』する?

 何を見てここまで怯え、無意識に震えている?



「あいつは…… 誰だっ!?」 


 俺が慄き、そして怖れる理由。


 それは――――



(後の事は任せた。どう始末するかも含めてな) 

(きゃははっ! 勝手に決めないでよねぇ~)

(今は言い争っている暇はない。わかるな?)

(ぶぅ~、わかったわよぉっ! なら始末は任せて)


 それは、黒と白の少女が現れ、

 その容姿に不釣り合いな会話と、猛烈な殺気を感じたからだった。


 シュンッ!


 全身黒の少女が消える。

 会話の内容からここを離れたのだと判断する。


(にやぁ~♪)


 そして残った白い少女は、歪な笑みを浮かべながらチラと俺に視線を送る。

 張り付けたような無表情の矛盾した笑顔で、こちらに悠然と歩いてくる。



 『始末する』


「ぐ、うぅ~、はぁ、はぁ……」


 その単語が俺の思考の大半を埋め、恐怖で動けない。

 ここままだと、その言葉通り※※されるとわかっていても体が動かない。



「きゃはっ! おじさん。これから始末するからそっちに行くねぇ♪」


 そうしてここから逃げ出せなかった俺は、その白い少女に襲われた。





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