第422話英雄の異常さに気が付く父親
「一体なんだったんだ、あの少女は…… 羽根の生えた黒ドレスに、おかしな魔法。村でも大柄な俺を軽く投げ飛ばすし、惜しげもなくこんなものまで置いてくなんて……」
蝶の少女から渡された回復薬を握る。
この一個は、ここに残る俺を心配して、村人が置いていったものだ。
「見た事もない回復薬だな。さすがに偽物だとは思えないが、あのおかしな格好と魔法を見た後では、どっちを信じていいかわからないな? どれ――――」
効果が気になってしまい、瓶の蓋に指を伸ばす。
普通の冒険者に渡されたものだったら、ここまで気にならなかった。
きっと一般的な回復薬だろうと、何の疑問も湧かないに違いなかった。
だが、渡されたのが、あの変わった少女のスミカだ。
姿を消せるし、俺たちを気遣って暖かい飲み物もくれた。
そんな不思議少女に貰ったものが気にならない訳が無い。
疑うとか、騙されたとか、そんな下劣な考えさえ思い浮かばない。
なにせ、疑念や猜疑心より、大幅に好奇心が勝ってしまったのだから。
「はっ! 消えたっ!?」
「うわっ! これじゃ使い捨てだろうっ! って、戻った、のか?」
慌てて蓋から指を離した途端、なぜか元通りになっていた。
消えたり現れたりで、まるで持ち主のようだと余計な事を考えてしまう。
「こ、これ、かなりヤバいやつなんでは――――」
何がヤバいか説明できないが、きっとこれは桁違いなものだと察する。
効果だけならいざ知らず、入れ物にも魔法が掛かっているからだ。
「ゴク――――」
知らず知らずに喉を鳴らしてしまう。
そして蓋を開け、指に一滴垂らし、恐る恐る舐めてみる。
すると、
「な、なんだっ!? 体が軽、く?――――」
それだけではない。
魔物相手に、弓で応戦していた時の腕の熱も、ここまで数百頭の牛たちを誘導し、洞窟を歩いてきた体や足の疲労が消えていた。
ついでに、スミカに投げ飛ばされた背中の痛みも、瞬く間に治っていた。
「こ、これはやはりヤバイものだっ! あまつぶ程度の量で、全ての疲労が回復しちまったっ! こんな効果の凄まじいものを、家畜に使えと渡すなんておかしいぞっ!」
手にした瓶を、マジマジと見つめて一人叫ぶ。
特に薬に詳しい訳ではないが、これが異常なのは今ので分かった。
「これがCランク冒険者だと言うのか? こんなものを当たり前に所持してる、あのスミカが普通なのか? いや、俺の知ってる冒険者は、こんなもの持ってはいなかったっ!」
タタッ――
俺は立ち上がり、崖のギリギリまで行き、目を凝らす。
手に持つこれ(回復薬)を渡された、あの持ち主を探すために。
「…………見つけた」
スミカはいた。
俺たちを助ける為に、単独で魔物に挑んでいった、あの蝶の少女が。
黒のドレスと漆黒の長い髪、そして羽根をなびかせ、空中を自在に飛んでいた。
広い洞窟内を、自由に自在に縦横無尽に、まるで蝶のように舞っていた。
「す、凄い…………」
その姿を見て圧倒される。
スミカが消えるたびに、あの異形の魔物が簡単に絶命する様を見て。
壁に激突して潰れる魔物。
固い地面に叩きつけられて息絶える魔物。
胴体を貫かれて、一瞬で命を落とす魔物。
圧縮されるように、そのまま空中で弾け飛ぶ魔物。
20片に分割されて、細切れになり原型が残らない魔物。
スミカがここから出て行って、ものの数分で決着が付いていた。
「こ、これが冒険者…… 違う。あいつはただの冒険者じゃない」
俺はスミカに見せられた、冒険者カードの内容を思い出す。
『蝶の街の英雄』
スミカのカードには、そう記載してあった。
なぜか職業の欄に明記してあり、最初は半信半疑だった。
けれど、今なら全てを信じられる。
実力だけではなく、その行動や言動の全てを。
スミカが娘のイナは無事だと言った。
――――なら確実に無事だろう。
スミカが魔物を全て駆除すると言った。
――――今が正にその通りだ。
スミカにイナが俺を助けてくれと懇願した。
――――なら今頃は、何かを飲みながら帰りを待っている事だろう。
スミカが妹に外の魔物を任せたと言った。
――――なら、村の全ての魔物はいなくなるだろう。
「ははは、さすがは英雄と呼ばれる冒険者だ。俺の知っている冒険者とは桁違いだ。やはり遠くの…… いや、イナが憧れる外の世界とは凄いのだな」
今は地面に降り立って、討伐した魔物を調べているスミカ。
上から見ると、更にその姿が小さく映り、非常に頼りなく見える。
まさかあんな少女が、10メートルを超える魔物を全滅させたとは思えない。
人に話せば誰だって疑うだろうし、夢だろうなんて、馬鹿にされるのがオチだろう。
「…………だが、それでも俺は構わない」
いくら揶揄されようが、罵られようが関係ない。
今俺が見た事が真実だし、そこを曲げるつもりは毛頭ない。
だから俺は言い続ける。
見てない奴らに、知らない奴らに全てを伝える為に。
「俺の娘と、この村を救ったのは、あの蝶の英雄スミカ、だと」
崖下の小さい英雄をみて、そう心に決めた。
それと共に、胸の奥からウズウズする、何とも言い難い感情が芽生えた。
「いや………… 芽生えたんじゃないな、これは――――」
その感情は元々持っていたものだと気付き、
外の世界に憧れる、娘のイナの顔を思い出していた。
――
※魔物退治に向かった澄香視点です。
「よっ!」
私はラボと別れて洞窟から飛び降りる。
相変わらずワイバーンもどきは、洞窟内を旋回し、助走をつけて、ラボたちがいる洞窟付近に攻撃を仕掛けていた。杭型の顔面で岩肌を穿つように。
トンッ
「そんな事しても無駄なんだけどな。いくら強力な攻撃を仕掛けようと、私の透明壁スキルは概念そのものが違うんだから」
透明壁スキルを足場にして、ワイバーンもどきを眺め嘆息する。
破壊できない事を理解できないのか、執拗に攻撃を繰り返す魔物に。
「もしかして知能が低いの?」
幾度も杭型の顔面を叩きつける魔物を見て違和感を感じる。
いい加減、無駄な事をしていることに気付かないのかと。
「まぁ、頭が武器なんだから、脳みそなんかないのかも…… ん? だったらなぜ村を襲ったの? 山に穴を開けてここまで追ってきたんだから、ある程度は知能があるはずなんだけど」
よく考えると、色々と疑問が残る。
今の行動と、今までの行動に対して。
「ん~、あれかな? 命令された単一の事しか出来ないのかも? それか他の何者かがその都度命令をだしているとか? あの器官で音波のような指令を送受信するとかも可能とか?」
それぞれの魔物の胸に開いた、頭大の大きさの穴。
そこから人間が感知できない音を出し、状況を把握していると予想していた。
だけど、私が魔物の前に姿を現しても、全く相手にされない。
魔物たちの脅威となる、強大な敵の可能性もあると言うのに。
「なんかちょっとだけ、プライドが傷ついたかも。この魔物にとって私は、敵だと認識できないんだ。洞窟内を飛んでいる、ただの小さな羽虫なんだと思ってるんだ」
ヒラヒラと背中の羽根を動かす。
うん。確かに虫の一種だね。
そこだけは文句のつけようもないや。
なら、
「思い知らせてやろう。この世界には絶対に敵対してはいけない虫がいるって事を。この世界では蝶の私が、ヒエラルキーの頂上にいるって事を」
トンッ ――
足場にしていた透明壁を蹴り、魔物に向かって跳躍する。
ただこのまま突っ込むだけでは、恐らく寸前で躱されてしまうのがオチだろう。
あの器官で感知し、接近する私に気付いてしまう。
外での交戦の時はそうだったのだから。
「『
シュ ―ン
だから私は二度目の跳躍をしながら、能力を使用する。
身体能力を、通常の16倍まで爆上げして。
一般人が出せる速度では、せいぜい40キロが限界だろう。
通常状態の私でも、その1.5倍が限界だ。
ただし、瞬間的な速度では、更にその倍は出せる。
なので今の私は、瞬間的に音速を超えている事になる。
「あの魔物を仕留めるのには、単純にその反応速度を超えるだけっと」
洞窟に向け助走をつけている魔物の1体に急接近する。
あり得ない速度の負荷に、身体の至る所が悲鳴を上げるが、そのまま構わず魔物に透明壁スキルを叩きつける。
ドゴォ――――ンッ!!
グシャッ!
横薙ぎに振るった透明壁は、魔物を壁に叩きつけ、破裂するように絶命する。
途端、
『クオォ――ッ!!』×4
残りの4体が、すぐさま壁への攻撃を止め、奇声を発する。
顔の無い不気味な姿で威嚇するようにこちらを見る。
仲間がやられた事により、ようやく私を敵と認識したみたいだ。
「やれやれ、やっと気付いたよ。一体どんだけ低知能なの? それとも性能? まぁ、どちらでもいいや。私もこれ以上時間を掛けたくないから、ここからは瞬殺するよ」
私は能力を維持したままで、残りのワイバーンもどきも、ものの数秒で殲滅した。
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