第423話魔物の掃討と憧れと




「『Safety安全 device装置 on』ふぅ~、これで洞窟内は安全っと」


 ドリンクレーション(練乳味)を口に含みながら、魔物だった物に目をやる。

 目視&索敵で確認したが、この洞窟内の魔物のマーカーは全て消滅していた。



「お~い、スミカさ~んっ!」

「ん?」


 頭上から聞き覚えのある声が聞こえる。


「こっちは終わったよ~っ! そっちはどうなの~っ?」


 ラボに状況を説明しながら、頭上を振り向く。


「こっちはまだだっ! まだみんなが戻ってきてない~っ!」

「わかった~っ! 大声出すのははしたないから、そっちに行くよ~っ!」

「え?」


 ラボにはそう答えながら、透明壁を蹴って洞窟内に滑り込む。

 

 ズザザ――


「っと、なに?」


 着いた矢先、ラボが何か言いたげに私を見ている。


「い、いや、大声以前に、ドレスで飛び回るのは如何なものかと……」

「え、なんで?」


 何となく不穏な空気を感じたので、咄嗟にスカートを抑える。


「いや、中身が見えるとかそんな話じゃなくて……」

「そ、そう。それじゃどうしたの?」


 早とちりだと気付き、スカートからさりげなく手を離す。

 なんか自意識過剰過ぎて、ちょっと恥ずかしい。



「い、いや、もうこの話は終わりにしよう。それよりも、魔物を退治してくれてありがとう。まさかスミカさんが、あそこまでの実力者だなんて正直驚いた」


 ラボはそう言って、感謝の言葉と一緒に笑顔で手を差し出してくる。


「うん、でも私だけの力じゃないからね?」


 差し出された手を握りながら、そう付け足す。


「え? でも実際に魔物を殲滅したのはスミカさんだろ? 俺は一部始終を見てたから、誰に聞かれてもそう答えるつもりだぞ? 村に帰ったらみんなに自慢するつもりだ」


 握っている手に力が籠る。


「う~ん、確かに倒したのは私だけど、ラボも含めてみんなが持ちこたえたから、私が間に合っただけの話だよね?」


「いや、それはそうだが――――」


 私の返答に言い淀むラボ。

 だから更に話を続ける。


「それに、ここに到着した時、私は凄いと思ったんだよ。だって、数百頭の牛たちを無事に誘導して、尚且つ、あの魔物相手に立ち向かって時間を稼いでくれたんだもん。正直私だったら同じこと出来なかった。この洞窟の地理にも疎いからね」


「あ」


 残った手で、ラボの手を上から優しく握る。


 目の前の脅威が去っても尚、未だに震えている手を包み込むように。



「だから胸を張っていいよ。私だけじゃなく、みんなが命を賭けた結果なんだから。ラボが指揮して、みんなで頑張ったお陰なんだから、だからもう安心していいよ」


 最後にギュッとラボの手を握り、そっと離す。

 言い終わる頃には震えが止まっていた。 



「あ、ああ、そうだな…… スミカさんの言う通りだ…… 俺たちも、そして、ここにスミカさんを寄越したイナのお陰でもあるんだよな…… ははは、なんだか安心したら、涙が…… まだ娘の無事を確認していないと言うのに…… ううう」


 私の手を再度握り返し、祈るように膝から崩れ落ちて、嗚咽を漏らすラボ。

 今まで気丈に振舞ってはいたが、それもギリギリだったのだろう。



『…………娘のイナは気が強かったけど、この父親は心が強かったね。本当に良く持ちこたえてくれたよ。娘の事を一番に心配しながらもね』


 下を向き、すすり泣いているラボを見てそう思った。

 そして、この上なく好ましくも、素晴らしい人物だと思った。



――――



 一方その頃、洞窟の外では、



『ア、アタイは一体何を見てるんだっ!』


 20体いた魔物の半数が、地面に落下して絶命していた。


 全身から血飛沫を上げて、そのまま動かなくなる魔物。

 翼を穴だらけにされて、更に首をへし折られている魔物。

 4つに分割されて、息絶えている魔物。

 胴体に大穴を開けられて、ちぎれそうな魔物。


 一体何をどうしたら、こんなに凄絶な倒され方になるのだろう。

 なんであの少女とデカい犬があんなに強いんだろう。


 アタイはその答えを知りたい。

 けれど、どんなに夜空に目を凝らしても、その姿を見る事が出来なかった。


 ただ見えるのは、


「あ、まただっ!」


 地面に落下し、徐々に数を減らしていく魔物の姿だけ。

 肝心のユーアちゃんとハラミの姿が見えない。



「こ、これがEランクの冒険者…… これがコムケの街の英雄の妹の実力なんだ」


 目前の状況を目の当たりにし、自然とそんな言葉が出てきた。

 それはロアジムさんから、Bシスターズの活躍を聞いていたからだろう。



「だ、だから言っただろう? 蝶の英雄率いる、Bシスターズは凄腕だらけのパーティーだとなっ! ユーアちゃんは一番ランクが低いが、そ、それでもあの強さなのだよっ! わ、わはは」


 なぜか教えてくれたロアジムさんも、アタイと同じように驚いている。

 若干、腰が引けて見えるのと、声が上ずっているのも気のせいだろう。

 


「うん、本当に凄いぞ、ロアジムさんっ! この調子ならあっと言う間に退治できそうだっ! きっと洞窟の親父もみんなも無事だよなっ!」


「そうだろ、そうだろっ! わしも長年冒険者を見てきたが、あれ程の実力者はそうそういないぞっ! そのリーダーがイナの父親を助けに行ったんだ。だからイナも安心していいぞっ!」


「おうっ!」


 話している間にも、どんどん魔物が空から降ってくる。

 アタイはそれを見て、さっきよりも気持ちが楽になる。



『これなら本当に親父もみんなも、そして村も元通りになるっ! また毎日牛たちの世話をして、親父にご飯を作って、それで仕事を手伝って、家庭を? ……』


 この後に訪れるであろう、元の生活を思い出して現実に戻される。

 

 今起こっているのは、ただの事故や天災みたいなもの。

 それが落ち着けば、元の生活に戻るのは当たり前だ。


 なのに、アタイの心に薄っすらとしこりが残る。

 元の現実より、今の非現実の世界の刺激に当てられて――――



『ア、アタイは何を考えてるんだっ! このままこいつらがいなくなって、またいつもの生活に戻る方が良いに決まっているんだっ! だから今は英雄とその妹を信じるんだっ!』


 頭をぶるぶると強く振って、おかしな考えを追い出す。

 今はそんな事を考えてはいけないと。


 そんな中、突然それは現れ、そして起こった。


 ドサッ


「ああっ!」 


 隣のロアジムさんが、落ちてきた何かに向かって叫ぶ。


「え?」


 アタイはそれを見て、言葉を失う。

 目の前に落ちてきた、全身を真っ赤に染めた何かを見て。



「ハラミっ! ハラミっ!」


 その傍では、血に濡れるのも気にせず、必死に抱き付き名前を呼ぶ少女がいる。



「ま、まさか、ハラミが?」


 アタイは、ようやく事態を飲み込み理解する。

 ハラミが魔物にやられて、空から落ちてきた事実に。


 その想定外の出来事に、最初何が起きているのかが分からなかった。

 ただ「ハラミ」と悲痛に叫ぶ声と、その小さな少女を見て我に返った。



『な、なんだって、こんな事に…… アタイが変な事を――――』


 考えたせいなのだろうか?

 平和に戻るのが物足りないと思った、アタイのせいなのだろうか?



「だったらそれを撤回するからっ! 早くユーアちゃんとハラミを助けてくれよっ! じゃないとアタイのせいで二人が――――」  


 アタイは暗闇に向かって、祈るように懺悔する。

 ユーアちゃんとハラミの背後にそびえ立つ、を見て。



「ハラミっ! 今お薬出すからねっ! だからもう少し我慢して―――― え?」


 ハラミを介抱するユーアちゃんの頭上に、巨大で長く大きな影が迫る。

 その異変に気付き、驚いて見上げるが、その大きさ故に逃げるのも間に合わない。

 ましてや、動けないハラミがいるから尚更だろう。



 そして、血まみれのハラミを抱いたまま――――


「うわっ!」

『が、う……』


 ズズゥ――――ンッ!!


 その巨大な足で押し潰されて、丸々姿が見えなくなった。

 それは今までユーアちゃんが戦っていた、あの魔物に似た巨大な何かだった。 


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