第416話村娘イナの葛藤




「ぼ、冒険者カード? って、今はそれどころじゃないだろっ!」


 アタイは差し出されたカードを思いっきり突っぱねる。 


 

 今、アタイは怪しげな3人と、白い子犬に囲まれている。

 冒険者と名乗る、如何にも胡散臭い3人に。


 いくら田舎で育ったからって、アタシだって冒険者の事は知っている。


 以前に会った冒険者は、もっとデカくて強そうで、体中傷だらけだった。

 大きな剣や斧や、重くて頑丈そうな鎧を着て、顔も厳つい男たちだった。



 それが、今、アタイの目の前にいるのは――――



 一人目は、アタイを介抱してくれた、人のよさそうなお爺ちゃん。


 体も細くひょろりとして、鎧も武器らしきものも持っていない。

 あるのは、腰に結び付けているポーチだけ。



 二人目は、アタイよりも頭一つ以上小さくて、小動物の様に可愛らしい女の子。

 肩の上になぜか同じ髪色の子犬を乗せている。


 服装は、動きやすそうな短パンに、半袖の白シャツと皮のベスト。

 一応武器らしい短弓を持ってはいるが、そんな玩具で魔物なんか倒せる訳がない。きっと子ウサギなどの小動物を狩る、狩猟用だろう。


 

 最後の三人目。

 この少女が一番よくわからない。


『………………』


 何故か、背中に羽根の生えた白と黒のフリフリのドレスに、華奢な体つき。

 羨ましい程の長くきれいな黒髪に、誰もが美少女と認める整った顔立ち。


 この場には一番相応しくないし、最も違和感があって、過去最高に怪しい。

 


 そんな3人に冒険者だと言われても信じられないし、それどころではない。

 そもそもアタイは、得体の知れない魔物に襲われて死にそうになったんだからな。


 そんな魔物が奇声を上げながら、大量にアタイたちの上空を羽ばたいている。

 また襲われるかもしれない恐怖で、呑気に話している場合ではない。


 それはアタイだけではなく、ここにいる3人と1匹も同様だろう。


 なのに、なぜ…………

 


「え? だって私たちの事疑ってんでしょう? ならカード見ればすぐわかるでしょ」

「うん、ボクもそう思いますっ!」

「間違いないな。イナと言ったか? 今は安全だから確認してみてくれ」


 そう言って、また冒険者カードを差し出してくる。


「は、はぁ?」


 なぜ、この3人はここまで落ち着いているんだろう。

 命を脅かす存在に囲まれているというのに。

 アタイたちなんか一瞬で、絶命させられるかもしれない、異形な魔物たちを前に。



『あれ? でも、なんでアタイはこうして生きてるんだ? 確か襲われた直後に、魔物の動きが一瞬止まって、その後で――――』


 グシャッ!


 っと、突然頭から圧し潰されるように、地面に叩きつけられたんだ。


『な、なんなんださっきのはっ! も、もしかして本当に冒険者なのか?』


 アタイはその光景を思い出して、更に混乱する。

 絶対にそうではないと、見た目と雰囲気でそれを感じる。


 けど、現に倒された1体の魔物。

 この中の誰かが倒し、アタイを助けてくれたのは否定できない事実だ。


 グルグルと事実と感情が頭の中を駆け巡る。


 そんな時、アタイはある一言を思い出していた。


 『外の世界を見て、もっと見識を広げて、自分がやりたい事を見付けなさい』


 息を引き取る前に、母さんがアタイの将来を気に掛けて、言ってくれた言葉だ。



『外の世界……』


 確かにアタイはここの村以外知らない。

 幼い頃に拾われてから、この村を出た事もない。


 母さんは、アタイが外の世界に憧れている事を知っていた。

 だから成人したら、村を出ろとも言ってくれた。


 アタイは母さんの言う通り、本当はここを出たいと思っていた。

 それはアタイ独りだけではなく、本当は両親とだったけど。


 ただなんで、外の世界に憧れていたかはわからない。


 山から空を眺めて、もっと違う景色を見てみたいと思ったのかもしれない。

 もっと色んな土地に行って、酪農で作ったものを広げたかったかもしれない。 

 それも、アタイを愛しここまで育ててくれた両親と一緒に。


 だからか、外の世界に憧れていたし、そんな未知の世界だからこそ――――


『ああ――――』


 だったら、こんなおかしな冒険者もいるかもしれないと思った。

 だってアタイはここを出た事ないし、何も知る機会がなかったんだから。


 だから飛び込んでみようと思った。今まで見た事もない世界に。



――――



「どう? 間違いないでしょう?」

「う、うん。信じられないけどそうみたいだな……」


 アタイは受け取ったカードを見終わって、それぞれに返す。

 間違いなくこの3人は冒険者だった。 


 人のよさそうなお爺ちゃんがFランク。

 一番小さい女の子がDランク。


 そして、


「それに、ここにいれば安全なのもわかったよね? だから慌てないで今の状況を教えて? 私たちが力になれるかもだから」


 ここを仕切っているであろう、この蝶の少女がCランク。

 しかもアタイと同じ15歳。成人している。


 色々と突っ込みたくなるが、今は自重する。

 変な服の事や、成人しても残念な体型に関しては敢えて触れないでおく。 


 アタイだって空気の読める大人なのだ。

 それにそう言う種族の人間かもしれないし。蝶なだけに。


 なんて、自分に言い聞かせてたんだけど、



「あ、あのさっ! なんであの魔物たちは見えない何かにぶつかってんだっ! なんで次々に固まった後で、叩き落されてんだっ!」


 そう聞かずにはいられなかった。


「ん? ああ、少しうるさかった? ユーア、一度止めてくれる?」

「はい、スミカお姉ちゃん!」

「ははは、確かに鳴き声がうるさいからなっ!」 


「い、いや、そうじゃなくて――――」


「はい、これで少しは静かになったでしょ? なら説明してくれる?」


「………………」


 確かにこのスミカの言う通りに静かになった。

 魔法の壁で覆っているから、アタイたちが安全なのも説明してくれた。


 それにしたって、この状況は理解できないし、信じられない。

 いざ、未知の世界に飛び込んでみたはいいが、奇天烈すぎて逆に混乱する。



「ん? どうしたのイナ。まだ目障りなら――――」

「はぁ、もういいや」

「「「????」」」


 アタイはもう諦めて、目の前の現実を受け入れる事にした。

 だってこの人たち、根本的に何かがいるんだから。


 だからか、アタイ独りだけが取り乱してるのは滑稽に思える。

 アタイだけが損をしているなんて、変な錯覚をしてしまう。


 だからアタイはもう諦めて、無駄な事を考えないようにした。


 この人たちにとってはきっと、なんだろうから。



「うん、全部説明するから、アタイの親父と、この村を助けてくれっ! みんな強い冒険者なんだろっ! 何でもするからお願いだよっ!」


 なので、この人たちを信じて、全てを話す事にした。


 きっとこれがアタイにとっても村にとっても、今の最善のはずだから。


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