第415話英雄を警戒する村娘




「きゃっ!」


 アタシは咄嗟に両手を前に出して自分を庇う。

 もちろんそんな事で、あの魔物の攻撃を防げるとは思ってはいない。


 恐らく、あの洞窟の大穴を開けたのは、この異形の魔物の杭の形の顔面だ。

 それ程の威力なのだから、腕ごと体を貫かれてアタシは絶命するだろう。


 そんな絶望の中、脳裏に浮かんだのは両親の暖かい笑顔だった。

 小さいアタシを拾ってくれて、成人するまで育ててくれた大切な人たちだ。



 なのに、アタシはそんな親父を助けることが出来なかった。

 病気で衰弱し、亡くなった母親を前に、何もできなかったあの時と一緒だ。


 だけど亡くなる前に、母さんはアタシの手を握りながらこう言ったんだ。



『イナ、今までありがとう。あなたは子供を授かれなかった私たちの宝物よ。だから成人したらここを出て、好きな事を見付けて生きてね、それが私の望みよ』


『か、母さん、何を言ってるんだっ! アタシはずっと好きな事をしてきたんだっ! それにここを離れてどこかに行きたくないんだ、アタシも親父もずっとここにいるよっ!』


『イナ、あなたならそう言うと思っていたわ。あなたは親想いのいい子だから。でも時折山の向こうを見て寂しそうな顔をしてたわね』


『そ、それは…………』


『ここは生活する分にはいいところ、けど閉鎖的過ぎるわ…… それに若いあなたが一生いるところではないし、外の世界を見て、もっと見識を広げて、自分がやりたい事を見付けなさい。それが私たちの幸せに繋がるから…………』


 そう言い残し、5年前に母さんは眠るように息を引き取った。

 アタシを山で拾って5年もの間、本物の家族のように愛情を注いでくれた。


 そんな両親だからこそ、アタシは山を降りることはしなかった。

 だってアタシの心も体も、ずっと守ってもらったんだから。


 だからいなくなった母さんの代わりに、アタシが親父を守ると決めたんだ。

 家事も仕事も、母さんと同じようにこなして、アタシが家庭を守るんだと。


 そう決心して村に残ったのに、アタシは大切な者を守る事無く消えていく。

 親父の危機に、また何もできないまま目を伏せるだけ。



 そう絶望し、生きるのも守るのも、全てを諦めかけた時、


 目の前でそれは起こった。



 グシャッ!


「え?」


 10メートルを超える異形の魔物が、一瞬で絶命する瞬間を。

 絶望する暗闇の中で、一筋の光がアタシを照らす瞬間を。

 


 ――――いや、一筋なんて、そんなか細いものではない。


「まぶしっ!?」


 太陽のような圧倒的な光量で、アタシを照らし出したのだから。


――



「ユーア、お願いっ!」

「うん、スミカお姉ちゃんっ!」


 ユーアの、チェーンリングとスタンボーガンのコンボで、動きを止めた顔無しの生物を20トンの透明壁スキルで圧し潰す。

 この村の少女を襲おうとした、見るからに異形のその魔物を。 



「おい、この村の子か? 大丈夫か?」


 ロアジムがその少女にすぐさま駆け寄り、体を支える。

 腰が抜けたのか、へなへなと座り込んでしまったからだ。


 私はそれを見て、この辺りを透明壁スキルで覆う。


 

「スミカお姉ちゃん、やっぱりこれって――――」


 私が絶命させた魔物を見て、息を吞むユーア。


「うん、腕輪はないけど、ジェムの魔物と関係あると思う」


 ユーアに答えながら、上空に目をやる。



 そこにはここに来るまでに、私たちを強襲してきた魔物が旋回している。

 索敵に映る数でも20を超える。


 大きさは翼を広げた状態で、凡そ10メートル。

 全身カラスのような漆黒の姿に、首から先は杭のような形をしていた。


 前足が無く、代わりに蝙蝠のような4枚の翼膜を生やし、

 胸の部分は、人の頭ほどの穴が開き、そこから奇声を発していた。



「そう言えば、誰か襲われそうだったんだ。ロアジム、その子大丈夫?」


 空から目を離し、ロアジムが抱えている女の子を見る。

 

「うむ、どうやら驚いただけらしいな。意識はあるし、見たところケガはないように見えるが、暗くてよく分からんが――――」


 そう答えながら、腰のポーチに手を伸ばす。

 恐らく少女を照らす、明かりを探しているんだろう。



「明かりなら私が用意するよ」


 ゴーグルを外し、装備の『発光』を使い、ここら一帯を照らす。


「まぶしっ!?」


 照らし出した瞬間、今まで呆けていた少女が目を覆い、足をバタバタさせる。


「あっ! スミカお姉ちゃんっ!」

「あれ? 発光が強すぎたっ! あなた、目は大丈夫?」


 ユーアと駆け寄り膝を付き、顔を覆う少女を見る。


「う、うん、アタシは大丈夫。 ちょっと、びっくり、した、だけだから」


 目を擦りながら、たどたどしくか細い声で答える。

 どうやら状況を把握できなく、まだ怯えているようだ。



『ま、そりゃそっか。あんな訳の分かんない魔物に襲われてたんじゃね』


 ロアジムの話によると、ワイバーンという魔物に類似する特徴が多いとか。

 ただしそれは似通っているだけで、全くの別の存在だろうとも言っていた。


 ここに来るまでに襲ってきた奴らを見て、ロアジムがそう教えてくれた。



「うん、私は透水澄香。スミカでいいよ。で、この隣の小っちゃくて、可愛くて、抱きしめたくなるような少女は、妹のユーア。それと――――」


「え? へ? 急になにっ!?」 


「わしはロアジムだ。このスミカちゃんたちと同じ冒険者だ」


「ぼ、冒険者?」


「あ、ボクはスミカお姉ちゃんの妹のユーアですっ! こっちはハラミですっ!」

『きゃふっ!』


「え? は、はいっ!」


 突然の自己紹介にわたわたする少女。

 ユーアの紹介が二回された事にも気付かない程動揺してる。



「ア、アタシは、イナ。この村で酪農をしているんだ……」


 それでも、怯えた表情を浮かべながらたどたどしく答える。

 キョロキョロと視線が行ったり来たりで落ち着きがない。



『う~ん、そうなるから先に自己紹介をしたんだけど、コミュニケーションの一環として。でも逆に警戒されたっぽいな、どうしようかなぁ?』



「あ、あの……」

「ん? なに?」

 

 警戒を解く妙案がないか悩んでいると、イナと名乗った少女が私に声を掛けてくる。


「あ、あのさっ!」

「ああ、私たちは別に怪しいものじゃないからね、ただね――――」


 やっと視線が合ったイナに、好機だとばかりに説明を開始する。

 先ずは、危害を与える存在じゃないって、わかってもらわないと。


 なんて、思っていると、次のイナの一言で、ようやく警戒された理由がわかった。



「あ、あんたたちが冒険者なんて嘘でしょっ! 蝶の格好に、ペットを連れてきている幼女に、おじいちゃんが冒険者だなんて信じないからっ! アタシに嘘ついて何を企んでいるんだっ!」


 支えているロアジムの手から抜け出し、さっきよりも警戒するイナ。

 今にも村に向かって逃げだしそうなほど怯えていた。



「はぁ~、ならこれを見てよ。みんなも出して」

「はいっ! スミカお姉ちゃん」

「うむ」


 なので、ここぞとばかりに私たちは冒険者証を見せた。


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