第410話冒険者ギルド。その重鎮二人の雑談



 (現在の章の最終話)

 ※今回のお話は、Bシスターズがキャンプに行った日の話です。



 スミカたち一行が、キャンプに向かった当日。

 俺たちは朝からセコセコと、事務処理に追われていた。



「んあッ、今日はスミカ嬢たちは街にいねぇんだよなッ?」

「はい。今頃はウトヤの森で羽を伸ばしてるんじゃないですか? 蝶だけに」


 仕事の手を止め、冗談交じりで答えるクレハン。


「ははッ! 違いねぇッ! 何だかんだであいつらもバタバタしてたかんなッ!」


「そうですね。スミカさんもそうですが、わたしたちも一気に忙しくなりましたしね。あの方が来てから余裕がなくなりましたよ」


 書類に目を戻しながら恨めしそうに答える。

 ただ言葉とは裏腹に、その横顔には笑みが浮かんでいた。


「まぁ、それはそれで嬉しい悲鳴なんだけどなッ! あいつのお陰でナゴナタ姉妹も街に残って、冒険者の底上げにもなってるしよッ!」


「はい。それとロアジムさんのところの、アオウオ兄弟も顔出してくれますし、ムツアカさんたち、貴族の方々もお付き合いしてくれますからね」


「だなッ! それだけでも、うちの冒険者たちにはいい刺激にもなるし、確実に実力も付けてきている。何せ、BランクやCランク相当の猛者が指導してっからなッ!」


 アオウオ兄弟は単独でもBランクに近い。 

 ムツアカさんたちでも、DかCランクに届くだろう。



「まとめ役のギョウソさんも喜んでいましたよ。最近冒険者たちのやる気が出てきたって。それと冒険者になりたいって方々も、増えて来たそうですし」


 書類から顔を上げて、ニンマリと笑みを浮かべるクレハン。


「そういや、そんな事言ってたなッ! ナゴナタ姉妹が目当ての男と、アオウオ兄弟目当ての、女冒険者が増えそうだって。アイツらは冒険者じゃねぇってのによぉッ!」


 俺も手を止め、飲みかけの紅茶に手を伸ばす。


「はは、何気にあの双子も男前ですからね。堅物に見えても優しいですし、実力はあの通りですから。それとナゴナタ姉妹は女性にも人気があるらしいですよ」


「まぁ、あの姉妹も随分と険が取れたかんなッ! 女にも気に入られるだろうよ。それでもBシスターズのリーダーにゃ敵わねぇだろうがなッ! アイツは男よりも女を惹き付けるみてぇだしよぉッ!」


 俺はあの小さな蝶の少女を思い出す。

 アイツの周りには、女しか集まってないなと。


「スミカさんは、色々と見た目が幼いですからね。それに衣装も奇抜ですし。普通の男性では恋愛対象にはならないでしょうね。しかもあの胆力ですから、子ども扱いも出来ませんしね」


「まぁなッ!」


 俺はクレハンの話に深く頷く。



 確かにアイツは見た目が幼い。でも顔立ちは整っている。

 可愛らしいと言うよりかは美人。いや、妖艶と言った方が近いのか。


 時折、子供っぽい仕草や笑顔を見せる一面もある。

 ただそんなでも、実力は折り紙付きだし、戦闘慣れし過ぎている。

 本当に色々とチグハグな女なんだと思う。


 まぁ、そんな得体のしれない奴だからこそ、その落差に惹かれるのであろう。


 その容姿や強さだけではなく、何かを大きく期待させる存在として。



「あっ! そう言えば、新人冒険者で思い出したのですが――――」

「ん? 何だ」


 あの蝶の姿から意識を戻して、クレハンの話に耳を傾ける。


「実は有望そうな冒険者が一人入ったらしいですね? まだお会いしてないですが」


 長話になるのか、紅茶を口に含むクレハン。


「ああ、俺もチラとギョウソに聞いたぜッ。何でも女らしいなッ!」

「そうです。年齢は15歳で、ナゴナタ姉妹くらいの小柄な感じらしいです」

「んあッ? あの姉妹が小柄かぁッ? 凶暴なものを持ってるぜッ?」


 クレハンの説明に、あの二人の理不尽なまでの胸を思い浮かべる。

 あれは世の男たちにも、女たちにも、色々と目立って仕方ないと。



「ち、違います、背丈の話ですってっ! さすがにあの姉妹と同じものを持ってる女性が、そんなにホイホイと現れませんよっ! スミカさんに恨まれますよっ!」


 俺の返答に首を振り、慌てて訂正するが、最後に何か余計な事を口走っていた。


「おいッ! それは禁則事項だぜッ? クレハン。何せアイツのカードの特記事項にも記載してっかんなッ。本人の前では決して言うんじゃねぇぞッ」


 念のために一応釘を刺す。

 軽々しく口にしていい話題ではないからだ。


「それは重々承知していますって。あんな恐怖体験二度としたくはないですからね。あれだったら巨大オークと戦ってた時の方が、まだ生きた心地してましたから」


 首を振って、ズレた眼鏡を戻しながら苦笑する。


「んで、その新人の女冒険者はどんな感じなんだッ? ってか、いつ冒険者になったんだ? 俺は一度も見た事ねぇぜッ?」


「はい、その少女は、わたしたちとスミカさんたちも参加した、オークとトロールの討伐をした辺りだと記憶しています。あの後は色々と仕事が増えて、わたしも知りませんでしたが」


「ああ、あの時以降かッ。あの冒険は面白かったなッ!」


 スミカ嬢と、相棒のユーアとオークたちを討伐した時の事を思い出す。

 あの時に、アイツとユーアの異常さに驚いたんだっけ。



「はい、あの冒険はわたしも心に強く残っております。あんな刺激的な冒険も初めてでしたからね。スミカさんから渡された数々のマジックアイテムもですが、一番はやっぱり、あの人のデタラメな強さに興奮しましたからねっ!」


「そうだろうなッ! あの絶望的な戦力差を覆して、尚且つ、ナゴナタ姉妹を味方にしちまうってんだから、あんな真似は嬢ちゃん以外出来ねぇだろうしなッ! クククッ」 


 珍しく興奮気味に話すクレハンに答えながら、思わず笑みがこぼれる。



「で、結局、その女冒険者はどうなってんだ? 話が脱線しちまったがッ」


「はい、実は一度依頼を受けた以降、顔を出していないそうです。街にはいるらしいですが、依頼は受けていないらしいです。で、その最初の依頼でフォレストウルフ10体を討伐したらしいですね」


「おおッ! いきなり派手なデビューだなッ! 本当に新人かよッ」


 クレハンの話に驚き聞き返す。

 

「まぁ、普通はそう思いますが、何せわたしたちには前例者がいますからね? そこまで不思議な事ではないかもしれません。海路も安全になってきましたから」


 クレハンの言う前例者とは、他の大陸から来たスミカ嬢の事だろう。

 あんな例外は、これ以上俺も知らないからな。



「んで、街にいるって話は何処から来てんだッ? ギルドには顔出してねえだろ?」


「ああ、それは警備兵のワナイさんから聞いたんです。彼はこの街への出入りを管理していますからね。それと何度か、その少女からの通報も受けたらしいですし」


「って、事は頻繁に街の外へは出ているって事かッ。で、その通報は何したんだッ?」


 荒くれ物の多い冒険者を管理している身としては、あまり聞きたくない単語だ。


「あ、勘違いされてるみたいですが、彼女は通報された方ではなく、通報をして下さった方です。詳しい内容は、ワナイさんが教えてくださらなかったのですが、何でも屋根の上がどうとかって話でした」


「はぁ~ッ? 屋根の上?」


 何を言っているのかがわからない。

 一体、屋根の上に通報する何があるってんだ?



「正確な情報はわたしにもわかりません。思い当たる節がないでもないですが、これもハッキリしないですし、相手にも失礼ですし」


「まぁ、その話はもういいかッ。街にいればどこかで会う事もあるだろうし、今に仕事にも来んだろうッ。それよりも最初に話を戻すが、Bシスターズは明日には帰ってくるんだよなッ?」


 興味はあるが、今は神出鬼没の新人冒険者の話は後だ。

 それよりもアイツら、特に、リーダーのスミカが帰ってくることが重要だ。


 

「もしかして、明後日のロアジムさんとの視察の件ですか? この大陸の南西の村で起こっている、異常事態を調査しに行くっていう」


 さすがというべきか、察しがいいクレハンに当てられる。


「そうだな。その件でスミカ嬢とユーアへ護衛依頼が出てるかんなッ」


 ちょうど手元にある、その書類を広げる。


「それにしても、たった二人で大丈夫なんですかね? 普通、貴族さまの護衛が二人っておかしいと思うんですけど。遠方の地って事もそうですが、山越えもありますし、魔物も多いところですので」


 心配そうに書類を見るクレハン。

 その目は真剣だった。 

 

「わはは、それは問題ないだろう。ってか、なんで口元が引き攣ってんだッ? お前、それ本気で心配してねぇだろッ!」


「ははは、バレてしまいましたか。スミカさんに限って、万が一もないですしね、それにユーアさんもいれば更に安心でしょうしね」


 いたずらがバレた子供のように、舌を出して破顔するクレハン。

 その顔を見ると心底、あの二人を信用しているのだとわかる。

 

 ここら辺の感情は、一緒に冒険をしたから出るものだろう。



「まぁ、そういう訳だッ! それにその村の惨状もアイツらなら何とかすんだろ? だからロアジムさんも、アオウオ兄弟や、バサを護衛にしなかったんだろうからなッ!」


「それと、殆ど条件なしで専属にしたって話もありますしね。余程あの方もスミカさんに執着しているみたいです。それはわたしたちも一緒ですけどね。あははっ!」


「わははッ! それも違げぇねぇなッ!」


 クレハンと顔を見合わせて、お互いに声を出し笑いあう。

 そうして、息抜き代わりの雑談が終わった。



 俺とクレハンは、熱湯と冷水、はたまた太陽と月。

 そんな真逆な性質だけれども、共通する点が二つある。


 それは冒険者に関わる仕事が好きって事と――――



 あの変な格好の、蝶の少女の行動から目が離せないって事だ。


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