第14蝶 牛の村の英雄編
第411話新たな冒険と予兆
新章開始です。
「おはよー」
「おはようっ! おじちゃんっ!」
独りで孤児院まで迎えに来た、初老の男に挨拶をする。
「おはようっ! スミカちゃんとユーアちゃん。それとハラミもなっ!」
今朝の陽気の様に軽く手を挙げ、爽やかに返すのはこの街の貴族さまだ。
名前はロアジム。
この街の貴族でありながら、趣味で冒険者をしているという変わり者だ。
爵位もそうだが、色々と謎の部分が多く、仕事も素性も良く分からない。
私から見れば、孫娘のゴマチやユーアを可愛がる、好々爺にしか見えない。
好きな事をして楽しく人生を謳歌している、そんなおじいちゃんのイメージだ。
ただそうは言っても、時折見せる、心を見透かすような視線に、鋭い洞察力。
先を見通す先見の明や、状況の変化に融通の利く臨機応変さも持っている。
そんな捉えどころのないロアジムだが、私もユーアも気にいってるし、
何なら、問題が起きた時に出来る限り手助けをしたいとも思っている。
今日は、その貴族さまの依頼で、西南に位置するナルハ村に護衛として同行する日だ。
名目上は冒険者としての遠征らしいけど、正式に依頼として扱うらしい。
―
「大体どれぐらいかかるの? この街から」
街が起きだす喧騒の中、歩きながら振り返る。
「うん? 普通の旅なら馬で7日くらいだなっ! 馬車だともっとかかるぞっ!」
振り向いた私に、満面の笑みで答えるロアジム。
そんなロアジムは、ユーアと一緒にハラミに乗っている。
「7日か。結構かかるね」
歩く速さを緩めてロアジムの隣に並びふと考える。
『ん~、7日なら夕方には着くかも。あ、でも休憩は入れるとなると夜くらいかな? さすがにみんなも疲れちゃうだろうし。なら途中でどっか泊って朝の方が良いかも』
何となしに距離と時間を計算してみる。
「うむ。ナルハ村は、この大陸でも2番目に標高が高い、マング山の中腹にあるからな。それに、山には魔物も多いから、それだけ時間がかかるんだよ」
「ふ~ん、山の中ほどにあるのと、魔物が多いのか……」
ロアジムの説明を復唱して考える。
『ん~、山は空からショートカットすれば短縮できるね。でも魔物も気になるなぁ。美味しい食材かもしれないし、お土産にもなるかも。ユーアも喜びそうだし』
ニコニコとハラミの上に乗っているユーアを見る。
「どうしたんですか? スミカお姉ちゃんっ!」
「ああ、何でもないよ。それよりも、その村には牛がいるんだよね?」
笑顔のユーアを撫でながら、ロアジムに確認する。
「そうだぞ、その村は牛の酪農をしておるからな。牛乳以外の乳製品もあるぞ」
「おおっ! それは楽しみだね。でもそんな事言ったら不謹慎かな? だってその村の牛がどんどんいなくなってるんでしょ? 理由はよく知らないけど」
「うむ、それはこの街の冒険者から聞いたのかな?」
少しだけ険しい表情に変わる。
「うん、冒険者って言うか、ナゴタが教えてくれたんだけど」
キャンプに行く初日で、空の上を移動中の手隙きの時に教えてくれた話だ。
それが偶然にも、今回の目的地になっていた。
「そうか、意外と噂が広がるのが早いのだな。だがその情報は少しだけ古くて、今は以前よりも危機的状況を脱しているんだ」
「そうなの?」
幾分、表情が柔らかくなったロアジムに聞き返す。
「うむ、忽然と姿を消す牛たちは、今は見張りを立てて、夜は数か所の洞窟内に避難しておるのだよ。じゃから今は、一応落ち着いているという事だな」
「夜に洞窟に? それと減った理由とかは?」
ナゴタの話には出て来なかった新たな情報に、矢継ぎ早に質問する。
「なら簡単に話そうか。街を出てからにしようかと思ったんだかな」
ハラミから降りて、私の隣に並んで話し始めた。
その内容はこうだった。
噂になっている通りに、ナルハ村の牛が日に日にその数が減っていった。
元々村で酪農として飼育していた数が、500頭以上。それが今や半数以下に。
夜中に姿を消す事から見張りを立てたが、その見張り毎、数頭の牛が消えるとの事。争った形跡も足跡も、何の痕跡も残っていない。
それが一か月前程の話で、数週間前に牛たちを洞窟に避難させてみたところ、ぱたりと被害が減ったらしい。
それが今の現状で、日中だけは牛たちを放牧させているとの事。
それでもいつその状況が変化しないとも限らないので、村の人々は絶えずその恐怖と戦いながらも、人々の生活や、村の存続のために酪農を続けているとの事だった。
『ん~、神隠しみたいだね。まぁ、居なくなってるのは牛が主だけど』
話を聞いて、ブツブツと独り呟く。
そうなると、相手は神さまなのかな? なんて余計な事まで考えてしまう。
それ程に、掴みどころのない事件だからだ。
「確かにスミカちゃんの言う通り、神さまの仕業かもしれんな?」
呟きが聞こえたのだろう、私を見下ろしながら真剣な表情で語る。
「いやいや、冗談だから。神さまだったら誰も手出しできないじゃん」
そんなロアジムを見上げながら、違う違うと手を振る。
「じゃが、牛がいなくなる夜には風の音が聞こえるそうじゃぞ? それが神隠しの話に似ておると思ったんだかな」
顎に手を当てて空を見上げながら話す。
「ああ、確かに神隠しって、大きな風が吹く時に起きるっていうもんね。ん? ってか、その話ってこっちの世界にもあるの?」
「こっちの世界? いや、この話は昔からあるぞ? 夜に寝ない子供を叱りつける時に使うんだけどな。スミカちゃんの故郷もそうだろう?」
「ま、まぁ、大体一緒かな? ただ大人も子供もだけど」
また余計な事を言ったなと思い、慌てて肯定する。
「はは、地域によって違いがあるんだな」
「そうだね、でも落ち着いてるならあまり急ぐ必要ない? もしそうなら、ウトヤの森とシクロ湿原に寄りたいんだけど。あとマング山にも入ってみたいんだけど」
「うん? 何かあるのかい? マング山とウトヤの森は道中だが、シクロ湿原に寄るには、些か距離があるのだが。なるべくなら帰りにしてもらえると助かるのだが」
ジッと見つめ、不思議そうに首を傾げる。
「あ、だったら帰りでいいよ。我がまま言ってごめんね」
「あ、いや、こっちもスマンな、スミカちゃん。 何か嫌な予感がするのでな……」
「うん、大丈夫だから気にしないで」
お互いに軽く頭を下げて、この話は終わりにする。
本当はキューちゃんたちを送り返したかったけど、仕方ない。
相手は貴族様だし、一応依頼主だからね。
それにウトヤの森の湖には、もう凶暴なパルパウもいない。
ナジメが倒して、私たちも食べちゃったから、あまり心配する必要もない。
そうして私たちは街を出て、ナルハ村を目指して行った。
ロアジムと同じように、不吉な何かを感じながら。
※※
「親父、今日も牛たちは大丈夫なのかい? はい差し入れだよ」
大きな雲が夜空を覆い、炭よりも濃い暗闇の中、カンテラの明かりを頼りにアタシの父親『ラボ』の元まで辿り着く。
「おっ! 今夜はシチューかっ! ありがとな、イナっ!」
アタシが持って来た夜食を受け取り、その暖かさに頬を緩める。
そんな親父は今夜の見張り番だ。
「うん、別にいいよ。親父も肌寒い中、一晩中大変だろうからな」
ついでに温かいお茶もカップに注いで渡す。
「あちっ! ああ、でもそれも牛たちを守るためだ。これ以上減らされると、商売にも流通にも影響が出るからな。それにお前だって大変だろう? 昼間は俺の仕事も手伝ってるんだからな」
振れたカップに顔をしかめながら、それでも笑顔で話す。
「でも、それを言ったらみんな一緒だよ。交代とはいえ、牛たちを隠す洞窟がたくさんあるんだから。それだけ負担も増えてるんだからな」
親父に答えながら、暗闇の中をそそり立つマング山を見つめ、そして眼下にある多くの明かりを見渡す。その光の数は、ここ以外の洞窟の数だ。
その洞窟一つ一つに親父と同じように見張りが立っていた。
「それでもお前はよくやっているぞ。家事に仕事に、今もこうやって夜食を届けてくれるんだからなっ! 亡くなった母さんの様に働き者だぞ、お前は」
グシャグシャと大きな手で頭を撫でられる。
「もうっ! いい加減子供扱いはやめてくれよなっ! アタイだって、先週で大人になったんだからなっ! いつまでも子供じゃないからなっ!」
そう言い返すが、アタイは手を払いのける事はしなかった。
この後に言う台詞を知ってるし、アタシもそんなに嫌ではなかったから。
「わはは、お前はいつまでたっても、俺と母さんの子供だろ―――― って、な、なんだ? この揺れはっ!?」
「えっ!? わわわっ!――――」
頭を撫でる親父の手が離れ、山を見上げる。
アタイは大きな揺れに慌てふためく。
「イナっ! 離れろっ!」
「痛っ!」
山を見上げ、何かに驚いた親父はアタシを強く突き飛ばす。
アタイは突き飛ばされた勢いで大きく下がり、尻もちをつく。
「痛たたっ! な、何だって親父、そんな慌てて――――」
その親父の行動に文句を言う前に、
ガラ、
ガラガラガラガラガラッ!――――
頭上から降り注いだ、大小さまざまな岩によって視界がふさがれ、その騒音と共にアタイの声も親父の姿も掻き消されてしまった。
落石だ。
親父は落ちてくる岩を発見して、アタイを急いで突き飛ばしたんだ。
だからあんなに慌ててたんだと、今更ながらに気付いた。
ただ親父のお陰で、アタイは助かったけど、
「あ、あ、あ、あ、うわ――――っ!」
親父は洞窟の中に閉じ込められてしまった。
それはこの洞窟以外にも同じ事が起きたようで、暗闇のいたるところから悲鳴が上がっていた。
「お、親父…………」
ブワッ!
目の前の光景に呆然とする私に、今まで感じた事のない大きな風が吹いた。
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