第405話現実から逃げるお姉ちゃん




『スミカお姉ちゃんなんて大っきらいっ! もうご飯も作ってあげないし、朝だって起こしてあげないんだからっ! どこかへ行っちゃえっ!』


『スミ姉のバカっ! アホっ! 貧乳っ! ぺったんこっ! もう、ユーアはアタシの物だからねっ! 近づかないでよねっ!』


『お姉さまのわからずやっ! あの時私たち姉妹を救ってくれたお姉さまはまやかしだったのですかっ! 今のあなたには付いていきたくありませんっ!』


『見損なったぞ、お姉ぇっ! お姉があんなに人でなしだとは思わなかったぞっ! ナゴ姉ちゃんの言う通り、ワタシたちはシスターズを抜けるぞっ!』


『はぁ、ねぇねや。なぜそこまで頑ななのじゃ。そんな四面楚歌な考えじゃと、これからも苦労するのじゃ。わしもこれからは領主の仕事に戻るのじゃ』


『ガルルルルル――――ッ!!』


 唖然とする私に、口々に罵倒を浴びせ、背中を向けて立ち去るみんな。

 大人しい魔物のハラミでさえ、牙を剥き出しにし威嚇している。



『あ――――』


 私をそれを見て手を伸ばすが、金縛りの様に、口も四肢も動かせない。

 だが意識だけがハッキリしている。


『ぐぐぐ、なんでこんな大事な時にっ!』


 どうにか体を動かそうと、全力で抗う。


 そうじゃないと、みんながどこかに行ってしまうから。

 その後ではきっと、みんなと会えない予感がするから。

 私の知らないどこかで、命を散らせてしまうから。


 この世界からも、そして私の記憶からも。



『みんなっ! そっちに行っちゃダメっ! そっちは――――』


 

 ガバッ!



「うわ――――っ! って、ゆ、夢かぁ? 良かったぁ。しかもここって…… ああ、ここはテントの中かぁ」


 周りを見渡し、見覚えのある景色を見て思い出す。

 まだ頭がちょっと重い。


 今、私が起きた場所は、アイテムボックスから出したテントの中だ。

 そして布団代わりのシェラフにくるまっていた。


「あれ? 私が一番遅かったんだ。ユーアもいないし」


 もぞもぞと抜け出し、誰もいない事に気付く。



 昨夜はみんなと食事をした後、寝床を出して同じテントに寝たんだっけ。

 せっかくキャンプに来たのに、レストエリアでは雰囲気が台無しだって事で。



「そう言えば、昨夜。食事の後になにかあったような……」


 『変態』の能力で、装備を薄手の物から、通常のサイズに戻しながら頭を捻る。

 けれども、靄がかかったようではっきりとは思い出せない。


「まぁ、いいか? それよりもみんなは食事の用意かな? ならお手伝いしないとね」


 思い出す時間も勿体ないからと、足早にテントを出てみんなを探す。



「う~んっ! 今日も天気がいいね。なら午前中はまた泳ごうかな? 新しいスライダーでも作って、ユーアたちにももっと楽しんでもらわないとねっ!」


 青く晴れた空に向かい、大きく伸びをしながら何となしに今日の予定を決める。

 昨日は、食事会も水遊びもスライダーも楽しかったなと思い出しながら。



「さて、それじゃ朝ごはんの準備からだね?」


 『変態』の能力を使い、腕まくりをする。

 装備が汚れる事はないけど、それでも袖が食べ物に触れるのには抵抗がある。



「昨日の余りと、トロールの切り身と……」


 昨日も使った調理台を出して、その上に食材を並べていく。

 

「盛り付けは私がやるから、ユーアはお肉を焼いてちょうだい」


 そしていつものように、分担して調理を始める。


 私は盛り付け&サラダ担当。

 ユーアは調理全般担当で。


 これこそが適材適所。


 なんて、料理の出来ない私が言うと、都合のいい言い訳に聞こえるけど、今更料理を覚える時間も勿体ないし、それに何より、私はユーアが作る料理が好きなんだから仕方ない。


 そうしたきちんとした理由があって、私は料理を覚える必要がないのだ。

 美味しそうに食べる私の姿を見て、ユーアも笑顔で食べているから、尚更だ。



「お皿はこれを使って、見栄えもいいからね。って、ユーア?」


 ここでユーアの姿が消えている事に気付く。

 周りを見渡してみても誰もいない。


「はぁ~、いい加減、現実逃避はやめようか」


 出した物を全て収納して、ウトヤの森に目を向ける。


 するとたくさんの木々の隙間から、ユーアも含め、みんなの姿がチラホラを見える。

 私が昨日の夜に渡した、ストレージボックスのアイテムも一緒に。



「…………みんな、朝ごはんも食べないで練習なんだ。どんだけやる気なんだろ。そんなに私の意見を変えたいの? 私はただ守りたいだけなのに?」


 昨夜の話し合いを思い出し憂鬱になる。

 しかも流れで、宣戦布告しちゃったし。


「みんなの気持ちもわかるし、意志も尊重したいとも思っている。でも私はこれでずっと妹を守って来たし、今回の状況ではこれが最善だと思うけど」


 自分の考えだけを押し付ける気はないし、束縛するつもりもない。

 みんなの想いも守ると決めているから。


 けど、今回の話の、どこかで相対するであろう敵はそんな悠長な事は言ってられない。


 実力も能力も強さも規模も、未知な部分が多いのだから。

 だから矢面に立って戦うのは、私の役目、義務。



「だって、それがパーティーリーダーの役割だし、私を姉と慕う、可愛い妹たちを守るのは、長女の務めだからね。どうしてそれがわかってくれないんだろう」


 森の中で、私と戦うために練習しているみんなを見て悲しくなった。





「スミカお姉ちゃん、おはようっ!」

『わう』

「あ、お姉さま、おはようございます」

「おはようっ! お姉ぇ」

「スミ姉、おはっ!」

「おはようじゃ、ねぇねっ!」


 息を荒げ、汗を拭いながら、私に気付いてみんなが帰ってくる。


「うん、おはよう。それで練習はもういいの?」


 ドリンクレーションをみんなに渡しながら挨拶を返す。



「うんっ! ボクもハラミも大丈夫だよっ!」

「うむ、みなもそれぞれに問題ないのじゃ」


 ユーアの次に、ナジメがまとめて状況を教えてくれる。


「なら、早速始めようか? ルールとかはみんなが練習してる間に考えておいたから」


 ドリンクレーションで回復したみんなを見渡し、そう切り出す。



~・~・~・~・


【今回限定模擬戦ルール】


 戦う順番とパートナー


 ①ユーア従魔組&ラブナ。

 ②ナゴタとゴナタ

 ③ナジメ


 制限時間 各10分間


 場所 森林・湖・平地


 以上。


~・~・~・~・



「あの、これって、なぜペアなんですか? お姉さま」

「うん、うん」


 いち早く、ナゴタとゴナタが反応する。



「うん、ここだけは譲れない話なんだけど、このペア以外、もしくは単独であいつらと会った時は、戦う事を選択しないで、守る事に専念して欲しいんだ。そう仮定しての模擬戦だから」


「なるほど。一人で会った時は、ナジメ以外は守りに徹しろって事ですね」


「そうだね。逆に人数が多いならば戦っても構わない。それでも状況によっては逃げる選択も必要だけど。相手の能力が未知数だからね」


「それじゃ、その時間制限ってなによ?」


 次いでラブナが質問をしてくる。


「ああ、それは10分間戦えば、私がみんなの実力を判断できるから。それにそれ以上、全力で戦えるなんて出来ないでしょ? それも含めての時間だね」


 みんなを見渡し説明する。


「あの、スミカお姉ちゃん、魔法とかで自然が壊れちゃうんじゃないですか?」


 小さく手を挙げて、おずおずと発言するユーア。


「ああ、それは大丈夫。私が魔法壁で覆えるところは覆うから」


 ユーアの質問にはそう答える。

 それを聞いて頷くみんな。



「それじゃ、質問が無いようならば始めるよ? 最初はユーアたちからだね」


「は、はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」

「うう~、スミ姉と戦うなんて…… きょ、今日だけは絶対に負けないんだからっ!」 

『がうっ!』



 そうしてお互いの想いを賭けての、シスターズとの模擬戦が始まった。


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