第397話レッツスライダー1(年少組編)




「スミカお姉ちゃん滑ろうっ!」


 ユーアが笑顔で私の腕を取り、スライダーの手前まで引っ張っていく。


「じゃ、ユーアは前ね? ア、アタシはスミ姉の後ろにするわっ!」


 ラブナは後ろに回って背中を軽く押してくる。


「うん、それでいいよ」


 了承しながら滑り台の前でユーアを足の間に座らせ、腰に手を回しホールドする。

 ラブナも後ろでは同じ様に、私の腰に手を伸ばしお腹の前で固定する。


「ふ、わぁ、スミ姉って、こんなに細くて、肌も白くて、でも強くて――――」

「なに?」


 背中ではブツブツとラブナが何かを言っている。


「んあっ! な、何でもないわよっ! それよりも早く行くわよっ!」

「そう? あまり怖いならやめるけど、大丈夫?」


 上擦った様子の返答を聞いて、心配する。

 3人で一気に滑るのが、危ないと危惧しているんだろうと。


「ち、違うわっ! ただちょっとスミ姉が近いのと、それと、ごにょごにょ」

「?」

「ラブナちゃん、どうしたの? もう行くよ?」


 その様子に心配したユーアが振り向き、ラブナに声を掛ける。

 ユーアの髪の毛が鼻にかかって、ちょっとくすぐったい。


「だ、大丈夫よっ! それじゃ前まで行くわよっ!」


 ギュッ


「っ!?」

「うん、ラブナちゃんっ! 行こうっ!」


 3人で体を滑らせ、ズリズリとスロープまで近づく。

 その際に、背中に柔らか物体が2つ当たるが気にしない。


「くっ!」


 私だって、似たようなもの持ってるからね……

 だから何の感情も湧かないからね?



「お姉さま~っ! 景色はどうですか~っ!」

「お姉ぇっ!」


 眼下では、ナゴタがこちらに向かって手を振っている。

 妹のゴナタはキューちゃんを1匹持ち上げて、片手でブンブンしている。


 ナゴタはいいとして、ゴナタは仲良くなったって認識でいいよね?

 まさか「食材ゲットだぞっ!」とか言わないよね?


「うん、景色はいいよ~っ! キューちゃんも華やかだし、湖もきれいだからね」


 笑顔の二人にそう返し、もう一度見渡してみてみる。


 透明度の高いウトヤの湖と、帰ってきたカラフルなキューちゃんたち。

 それと太陽光がキラキラと反射して、まるでおもちゃ箱のようだ。

 水面に映り込む緑の木々も、その雰囲気へ更に相乗効果を与えている。



「本当にきれいだね、この世界は……」


 私はその光景に見蕩れる。


 こんな景色は知らないし、行った事もない。


 元の世界にもあるだろうが、行った事も、行きたいとも思った事はなかった。

 私の世界の大半は画面の中だけで終着し、そこから出る事は稀だったのだから。



「スミカお姉ちゃん、どうしたの?」


 前に座るユーアがクリッとした目で振り返る。


「どうしたのよ、スミ姉? 早く行くわよ」


 背中では結構なボリュームの、二つの柔らかい感触を持つラブナが。


「くっ! な、何でもないよっ! それじゃレッツゴーっ!」


「「うんっ!!」」



 そうして私たち3人は、なんちゃってスライダー(チューブ型)を滑降していった。



――――



「ぷはっ! 楽しかったね、スミカお姉ちゃんっ!」

「そ、そうだね、ふぅ~」

「やっぱり3人だと速さが違うわねっ!」

「そ、そうだね、はぁ~」


 スライダーで、水面に飛び込んだ二人はどうやら満足したようだ。

 顔を上げて早々に、感想を言い合っていた。


 そんな中、私は胸の鼓動を落ち着かせるのに深呼吸を繰り返していた。


『だって、あんなに滑るだなんて思わなかったよっ! もっとカーブとジャンプ台を自重すれば良かったよぉっ! どこかに飛んでいきそうだったよっ!』


 笑顔の二人とは裏腹に、心の中で反省する。


 楽しかったと言えば、楽しい。

 でもあまり楽しむ余裕なんてなかった。

 まぁ、それを作ったのは私なんだけど。


 グルグルと視界は変わるし、速度は上がっていくしで、楽しむよりは恐かった。

 きっと、蝶の装備をしていなかったのも原因の内の一つだ。


 それでも目の前のユーアは両手を挙げてはしゃいでいた。

 そんな姿を目の当たりにしたら、作って良かったなと、その時は心底思った。


 けど、この早鐘の鼓動の主な原因は、ある意味背中の人物が引き起こしたものだ。


 前列のユーアとは違って、後列は両手を離すことが出来ない。

 それは途中で分解して、別々に滑っていってしまうからだ。


 したがって、後列のラブナは私の背中に密着する事になる。


 急カーブなり、ジャンプ台なり、興奮度が上がる度に背中に押し付けてくる。

 今にもDランクにも匹敵しそうな、その凶暴な塊を。


『…………チラ』 

 

 その張本人を横目で見てみる。


「でね~、今度はナジメと3人でさっ!」

「うん、次やってみようよラブナちゃんっ!」


 そんな加害者は手振り身振りでユーアと談笑している。

 被害者の私の気持ちと、心に負った傷の事も知らないで。



「はぁ~」


「さぁっ! お姉さま。次は私たちと滑ってください」


 グイッ むにゅ


「いいっ!?」


「次はお姉ぇとナジメの4人で滑るぞっ!」


 グイッ むにゅ


「うはぁっ!」


「ねぇね、わしとも滑ってくれなのじゃ~っ!」

「ほっ」


 グイッ ぴと


 そんな傷心している私の心の内情も知らずに、

 更なる追い打ちをかけるように、姉妹の二人が腕を取り引っ張る。

 ナジメは腰にくっついてきた。


『うわ~っ! こ、これ以上、私を落ち込ませてどうするのっ! そんなの絶対に私が挟まれて、その圧倒的物量に悶絶する未来しか見えないよっ!』


 なんて、笑顔でキャッキャと手を引く、本人たちの前では言える訳でもなく、


「わ、わかったから、もう少し離れて行こうねっ! 二人とも」


 若干、引き攣った笑みでそうお願いする。が、


「え? 何ですか、お姉さま?」

「うん? ナジメがうるさくて聞こえなかったぞ、お姉ぇ?」

「うむ、わしが悪いのかのぉ?」


 ぎゅむ ×2

 ぴと ×1


 更に、心に傷を刻み込まれていく、見た目全裸の私だった。



『ああ…………』


 ユーアの感触をもっと味わって、自信を付けておくんだったよ。


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