第392話ボクっ娘の意外な食材
「さて、次はどれ食べよう――――」
フォークを持った手が、料理の載ったお皿の上を行ったり来たり。
迷い箸、ならぬ、迷いフォーク状態だ。
ユーアの前で、お行儀が悪いかと思ったけど、仕方ないよね?
だって、
「うわ~、どれもこれもいい香りがするねっ! 見た目も凝ってるし」
だって、目の前に並ぶ料理のどれもが美味しそうに見えるのだから。
そんな料理を目の前にして、逆に悩まない方がおかしい。
寧ろ、迷い箸自体が、正しい礼儀作法なんじゃないかって思えるくらいだ。
「お、これは随分といい匂いがするねっ! 見た目もボリューミーだし」
その中でも、ひと際香ばしく、濃厚な臭いの漂う料理を見付ける。
鉄板のお皿の上で「ジュ―ジュ―」と音も立てている。
「ステーキかな? これは」
大きなお肉が中央に陣取り、周りには申し訳程度にサラダが添えられている。
そしてその主役のお肉の上には、何かをスライスしたものが乗っている。
「ああ、匂いの原因はこれかぁ~」
漂う臭いは濃厚ではあるが、お肉のような油の臭いはしない。
どちらかと言うとスパイスに近く、更にちょっと上品な感じ。
その臭いに自然と食欲を掻き立てられ、無性にかぶりつきたくなる。
『ん? あれ? これって――――』
「あっ! それはボクとハラミがウトヤの森で採った食材で作った料理なんだっ! ナゴタさんにも手伝ってもらったけど」
『わうっ!』
どことなく、覚えのある匂いに記憶をたどっていると、ユーアが手を挙げる。
「あっ! これがユーアたちのなんだっ!」
「うんっ! あ、あとね、こっちのお肉のお刺身と、そっちのお肉のスープと、あっちのお肉の蒸し焼きはボクが作ったんだっ!」
「そ、そうなんだ。どれも美味しそうだねっ! いい匂いもするし」
笑顔で教えてくれたユーアの頭を撫でる。
お肉の料理ばかりなのは敢えて、突っ込まない。
添えてあるサラダが少ないのを見て、何となく察してたから。
「それで、このいい匂いのするものって?」
教えてくれた料理、全てに入っているものを指差す。
「うんっ! ハラミが探してくれたんですっ! 凄くいい匂いで、お料理を美味しくしてくれるって。そのままでも食べられるけど、え~とねぇ…… これがそうなんだっ!」
嬉々として腰のポーチから、黒く丸い塊を出してくれる。
大きさは野球ボールぐらいで、表面がゴツゴツしている。
「ん? ユーアなんじゃ、まるで獣のフn――――」
「ああっ! これってトリュフじゃないっ!?」
ナジメが変な事を言い出したので、慌てて寸断する。
「え? とりゅふ?」
「え? 違うの」
コテンと首を傾げて目を丸くするユーア。
「ユ、ユーアちゃんっ! そ、そ、それどこで採れたのですかっ!?」
私たちの話にナゴタが身を乗り出し入ってくる。
珍しく慌てている様子だ。
「これはですね、ウトヤの森のずっと奥の、土の中にあったんですよ?」
ポンと、更にもう一つ出して教えてくれる。
「ほ、本当ですかっ! ウトヤの森って、確かコムケからそんなに離れてないですよね? それとつい先日、アマジさんたちと戦った場所ですよねっ!?」
ユーアの話を聞いて、更に声高になるナゴタ。
「う、うん、そうですよ? ハラミが匂いで探してくれたんです」
「匂い?」
今度は私がユーアに聞いてみる。
何やらナゴタが興奮しているようだから。
「はい、ハラミが匂いで探してくれて、ボクとハラミで地面を掘ったんです」
「って、事は結構深かったんだ。ハラミも掘ったって事は」
「はい、大体あそこの木と同じぐらいだったよ?」
そう言って指を差したのは、ここから一番近い5メートル程の高さの木だった。
「………………は?」
そんなに掘ったの?
「「「………………」」」
私とみんなはそれを見て固まる。
「だから時間が一杯かかっちゃって、あまり採れなかったんです…………」
ボト
更にもう一つ、テーブルの上に同じものを出すユーア。
その顔はちょっとだけ不満げだ。
「で、ナゴタ。結局これってなんの食材なの? 採ってきたユーアも、他のみんなも知らないみたいなんだけど」
2個に増えた、トリュフもどきを見たまま動かないナゴタに聞いてみる。
「はっ!? は、はいっ! これはキノコの一種で、名前は『千年茸』と言いまして、非常に高級な食材なんですっ!」
「千年茸?」
名前からもの凄く、そのキノコの希少性が伝わってくる。
ただどうやらトリュフとは違うみたい。色々と似通ってはいるけど。
でも地中にあるとか、犬や豚の鼻を使って探すことから、この世界でのトリュフみたいなものだろう。その芳醇な匂いにしても、見た目的にも。
まぁ、実際はそんな深くに生えてはいないし、ハラミは犬じゃないけど。
「そうですっ! そのキノコは千年茸と呼ばれてまして、その名前からわかるように滅多に手に入らない食材なんですっ! 数年に一度、他国からの賓客を招いた王宮での晩餐会にしか近年では出されてませんっ!」
「へ、へぇ~、そうなんだ」
早口で捲し立てるナゴタの剣幕に押されて、それだけしか言えなかった。
ただ、その希少性の高さだけは伝わった。
王宮での晩餐会でしかお目にかかれない、その食材の存在の大きさに。
「ナジメは食べた事ないの? 冒険者だった頃に」
ナゴタの話を聞いて、みんなと同じように驚いているナジメに振ってみる。
因みに、採ってきたユーア本人も固まってる。
「う、うむ。その名前は聞いたことはあったのじゃが、食した事はさすがにないのぉ…… わしも王宮には招待されたことはあったが」
「えっ! マジでっ!?」
その答えを聞いてナジメの顔をマジマジと見てしまう。
「う、うむ。食べた事ないのじゃ。 と、言うか、そんなに驚く事かのぉ? 寧ろナゴタの話を聞いてたら、食べた事が無いのが普通じゃろう?」
私の視線にビクビクとして答える。
「う、うん、そうだよね? 普通は」
まぁ、本当はナジメがお城に行ったこと自体に驚いてるんだけどね。
だって、その変わった格好だし。普通は門前払いだよ。
いつから着てるか知らないけど。
―
「だってさ、ユーアとハラミ。こんな高級食材をご馳走してくれてありがとうねっ! そして美味しかったよっ! 採取も大変だったのにこんなに振舞ってくれて本当にありがとうねっ!」
一口ずつ味わった後で、隣のユーアとハラミにお礼を言う。
「う、う、うん、どういたしまして、です、はいっ!」
『わう?』
お礼を言われたユーアは、何故かオドオドとしていた。
それを隣で不思議そうに眺める従魔のハラミ。
きっと、自分たちが採ってきた食材の価値を知ってショックを受けているんだろう。
いつもならモグモグと、幸せそうな顔で食べるユーアが手を付けず、ずっと真顔だったし、時たま下を向いてブツブツと何かを呟いていたから。
そしてそれに釣られるように、他のみんなも価値を知って委縮してしまっていた。
ユーアが作ってくれた料理の殆どは手付かずとなったままだった。
「あ、あのね、スミカお姉ちゃんっ! ボ、ボクねっ! 知らなくてねっ!」
手付かずのままの料理を見渡した後で、顔を上げるユーア。
「だって、それは仕方ないでしょ? そんな高級なのものがあるなんて誰もわからないんだから。きっと街の人たちも知らないと思うよ?」
まさか、コムケの街の近くに、王宮でも珍しいとされる食材があるだなんて。
確かにウトヤの森は、そのジメジメした環境から菌糸類が多いとは聞いていたけど。
なんて、ユーアをとハラミを見ながら、そんな事を考えていると、
「ユーアっ! これ美味しいわよっ! 味付けも上手くなったじゃないっ!」
ラブナが口いっぱいに頬張りながら、その味に絶賛する。
更に続けて、
「ふわぁ、これは確かに美味しいですねっ! 素材の良さを引き出す味付けと言い、千年茸の芳醇な匂いも合わさって食べ過ぎてしまいそうですっ!」
「うんっ! これはうまいなっ! お替りだっ!」
「うむ、美味いのじゃっ! どの肉も千年茸に合っているのじゃっ! こんな良い物をご馳走してくれたユーアには感謝なのじゃっ! 帰ったら自慢するのじゃっ!」
みんながみんな、ユーアの作った料理と、苦労して手に入れた素材を声高に絶賛している。
「え? ラブナちゃんも、みんなも?」
それは高級食材を口にする事に、遠慮していた訳ではなく、
「ふふふ」
どちらかというと、ただ単に、
「もう、スミ姉が食べるのをみんな待ってたんだからねっ!」
「そうですね、お姉さまの一番の妹のユーアちゃんが作ったものですから」
「最初にワタシたちが食べちゃうのは遠慮しちゃうよなっ!」
「そうじゃっ! ねぇねが食べないと、わしたちが食べられないのじゃっ!」
誰が最初に食べるかで、遠慮しているだけだった。
高級食材だからといって、ユーアが作った物を食べないという選択肢はなかった。
「ふふ、良かったね、ユーア。みんな喜んでるよ」
笑顔を浮かべ、夢中に食べているみんなを見てユーアの頭を撫でる。
「うんっ!」
『わうっ!』
その光景を見て、ユーアも満面な笑みに変わる。
「あ、でも早く食べないと、ユーアの分も無くなっちゃうよ?」
「あああっ! 本当だっ! それじゃボクもいただきますっ!」
「うん、それじゃ私もユーアの愛情がこもった料理をもっと食べちゃおうかな」
「うん、まだまだあるからいっぱい食べてね、スミカお姉ちゃんっ!」
そうして、ナゴタたちの料理に続き、ユーアの料理も賑やかな食卓を作ってくれた。
さあ、次の料理も楽しみだねっ!
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