第389話不安と期待と信用と




「ああっ! とうとうナジメが捕まったっ!」


 パルパウの伸びる6本の触手に捕らえられたナジメ。

 そのまま身動きが取れずに、地面に何度も叩きつけられ、その度に悲鳴を上げる。


「くっ、あのトカゲめっ! 脳天から串刺しにしてやろうかっ! そしてそのまま丸焼きにしてやろうかっ!」


 グッと拳を握り、ナジメに加勢をしようと気持ちが逸るが何とか抑える。


「ダ、ダメだ、ナジメは自分で倒すって言った以上。我慢しなきゃダメだっ!」


 立ち上がろうと、上げた腰をそっと下ろす。

 そして今までと同様に、事の成り行きを冷静に見守る。



『あんな攻撃でやられない事は私が知っている。それに私が助太刀しても、ナジメは喜ばない。だから私が出来る事は――――』


 戦う当人に不安を感じさせないように、ただ信じて静観するだけだ。



――



「ぐがっ! ごがっ! あがっ! って、いい加減に、ぶはっ!」


 自在に触手を振るい、執拗に何度もわしを地面に叩きつけるパルパウ。


『プギャ――ッ!!』


「ああ、もう、鬱陶しいのじゃっ! 『風牙』」


 わしの周囲を巻き込むように、風の精霊魔法を唱える。

 無数の風の刃が現れ、パルパウの触手に襲い掛かる。


 だが、


 ガギィ―ンッ


「な、なんじゃとっ!」


 それは6本から1本に合体した、野太い触手に難なく弾かれる。


「はぁっ!? そんなのズルいのじゃっ! もしやそれがお主の隠し玉なのかっ!」


 わしを掴んでいた触手が、今までの6倍の太さになっている。

 そしてそれ以上に驚愕したのは、その強度だった。


 『風牙』は、わしより太い幹さえ数本まとめて切断出来る。

 それがあのグネグネとした触手が合わさっただけで、表皮にさえ傷をつけずに弾かれた。



 ヒョイッ


「ぬ?」


 パルパウがわしの体を手放した。

 ちょうど自身の胸の高さほどに。


『もしや、わしの風牙が効いたのか?』


 ふと、そんな事が脳裏をよぎるが違っていた。



『プギャ――ッ!!』


 ブンッ


 ドガンッ!


「んがぁっ!」


 したたかに背中を地面に叩きつけられ、思わず悲鳴が漏れる。


 パルパウは触手ではなく、前足を振るってわしを真下に叩き落とした。


「んなぁ、そんな短い腕で小癪なまね――――」


 立ち上がり、パルパウを見上げ、そんな皮肉を言い切る前に、更に、


 ドガッ

 ドガ、ガガガガガッ! ――――――


 次なる攻撃が全身を強打する。


「ん、ぐ、ごが、んがががっ!! なっ! 今までよりも――――」


 重く、ズシリと来る、触手6本が合わさっての攻撃だった。



「は、速さは、さほどないっ! なら避けて反撃じゃっ!」


 わしは背後に回り込もうと走り出す。新たな魔法を唱えながら。



『よし、やはり合体した分、触手の動きが鈍いのじゃっ! このまま回り込んで盛大なのを見舞ってやるのじゃっ!』


 わしは内心ほくそ笑みながら、タタタッと背後を目指して避けていく。


 ヒュンッ


 バチンッ!


「んなぁっ!?」


 すると、わしの目前に現れた、何かに弾かれ、また正面に戻される。



『プギャ――ッ!!』


 それはパルパウの尻尾だった。

 獲物を逃がさまいと、尻尾を横薙ぎに振るって弾き飛ばしていた。



「く、こ奴っ! 今度は尻尾じゃとっ! だが、これは――――」


 攻撃の種類の豊富さに感心すると同時に、今のこの状況に戦慄する。


 逃げれば尻尾で遮られ、正面では巨大な触手で攻撃される。



『うぬ、なんじゃこれはっ! 魔法を練る時間も作れないのじゃっ! 隙が無さ過ぎるのじゃっ! このままじゃと、わしは――――』


 執拗なパルパウの攻撃のループから、わしは抜け出せずにいた。



――



「はぁっ!? 触手が合体したのっ! しかも尻尾が邪魔して逃げられないみたいっ!」


 ナジメが横に回った事で、パルパウが少し移動し、巨体の影に隠れてしまってはいるが、太くなった触手を何度も打ち付けている様子から、ナジメは逃げ出せずに打たれ続けているんだと思う。


「ナジメは能力を使っているの? このままだと逃げ場も隙もないし、ただ堪えてるだけじゃジリ貧だよっ!? 一体向こうはどうなってるの?」


 ナジメが見える向こう側に、そっと移動しようか悩む。


 ただ状況を知れたところで、助太刀なんか出来ない。

 なまじ目にした方が、冷静でいられる自信もない。 


 だったらここを動かずに、このままの方が良いとさえ思える。



「はぁ~、勝つのはわかってる。 けど、仲間がやられるのを見てるってこんなに心配で辛いんだ。ユーアもみんなもこんな気持ちなのかな? 勝敗に関係なく、ただただ不安で心が騒めいちゃうみたいな…………」 


 以前に、ナゴタとゴナタと戦って、トロールとも戦った時の事を思い出した。


『あの時は勝手に私がいなくなって、トロールを討伐して帰ってきたら、ユーアに泣かれて怒られたんだっけ。私が絶対に負けないって信じてても、もしかしたらって、不安になって……』


 信用、信頼はしていても、そこに絶対は存在しない。

 私にだって万が一があるし、もちろん、今戦っているナジメにもある。


 私がナジメの実力を知っていて、いくら勝ちを確信してても、それが必ずいい結果に繋がるとは言えない。結局は終わってからでしかわからない。



「うう~、どうせなら早く勝ってくれないかな。ずっとこの調子じゃ、こっちの心が持たないよ。戦ってもいないのに疲れちゃうよ。 って、あれ? 今こっち見なかった?」


 未だにパルパウの背中に隠れて見えないが、一瞬だけ回り込んでこっちを見てた気がする。すぐに尻尾で払い飛ばされて見えなくなったけど。


「……ん、でもあの様子だと平気そうかな? きっと大逆転劇を見せてくれるよ」


 無事な姿を一瞬だけ見れて安心する私。


 ナジメも、そして、それを信じた私を、最後まで信じようと思った。



――



『うぬ、ねぇねがずっとこっちを見てたのじゃ』


 すぐに尻尾の攻撃を喰らって、再度正面に戻されたが、一瞬だけ見えたねぇねは、そこから動かずに、どしりと魔法の壁の上に座っていた。


 そこにはなんの迷いも不安もない、いつもの毅然とした姿だった。



『わははっ! こんな劣勢に見える状況でも全く変わらないとはのぉっ! じゃったらわしもお遊びは終いにするのじゃっ!』


 ねぇねがいつもと変わらないのを見て嬉しくなった。

 仮にこれがわし以外の者だったら、きっとねぇねは動いただろう。


 なら今動かない理由は、一つしかない。



『ねぇねはわしに何の不安も感じていないのじゃっ! 心底信じて待っているのじゃっ! ならわしはそれに答える為に派手に行くのじゃ~っ!』


 『小さな守護者(Litttle Guardian)』


 わしは特殊能力を発動する。

 忌まわしい過去で顕現したその能力を。


 ねぇねを守れなかった能力を、今はねぇねの為に。



『プグォォ――――ッ!』


 ブンッ ブンッ ブンッ


 合体触手での重い乱打が絶え間なく続いている。

 その全てをわしは受け止める。


 ニヤリ


「無、駄じゃ、パル、パウよ。お、お主、の攻撃は痛、くもか、ゆくもない、のじゃ…… って、わし、が話、しておるのにぃ、いい加減、叩くのをや、めるのじゃっ――――!」


 触手を全身に受け、そのままカッコイイ決め台詞を言おうとしたが、執拗なパルパウの攻撃のせいで小刻みに揺れ、カタコトになってしまう。



『プグォォ――――ッ!』


 ドガン ドガン ドガン


「じゃ、から、もう、効かぬと―― うがぁ~ッ! 『大洪水鉄砲【激】』」


 空気の読めないパルパウに対して、怒りの水魔法を放つ。


 これは最初に奴に放った『水鉄砲【乱】』の上位版。

 貫通性のある水滴が、敵を貫く攻撃魔法。


「いっけぇ~っ! そして風穴を開けるのじゃっ!」


 ただし、その水滴の大きさはわしの3倍以上ある。



 ドガッ


『プギャ――――ッ!』


 極太の大量の水の弾丸がまともに直撃する。

 その衝撃に堪らず絶叫を上げるパルパウ。



「うぬ? 貫けなかったのか?」


 『大洪水鉄砲【激】』を受けて尚、貫くどころか受け止めたままで堪える。

 

「ち、少し加減が過ぎたのじゃ。さすがに素材がダメになると思って手を抜いたというのに、どうやらあ奴の頑強さを甘く見ていたようじゃな」


 たたらを踏みながら、なんとか踏ん張り続けるパルパウ。

 それでも吹っ飛ばないのは、恐らく尻尾を下ろして耐えているんだろう。



『プギャ――――ッ!』


「なら、止めはわしの得意な魔法にするのじゃっ! じゃがこれはこれでは悔しいから、ぶっ飛ばした後で喰らわせてやるのじゃっ! 【廻】」


 受け止められている大洪水水鉄砲【激】に、更なる魔法を付加する。



 それは――――


 ギュルンッ


 水鉄砲の魔法に新たに捻りを加え、強力な回転力を付与する。

 それにより、収縮された小規模な渦巻が発生する。



「これでぶっ飛べなのじゃ~っ!」


『グギャ――――ッ!!!!』


 ギュンッ!――――


 そしてその威力は、パルパウの巨体を巻き込み、回転しながら吹っ飛ばした。



「よしっ! 『旋風つむじかぜ』」


 わしは次なる魔法を唱えて、ビュンと空中に飛んでいく。

 見学しているねぇねの遥か上空に。



「さぁ、最後はわしの真骨頂の土魔法で終わりにするのじゃっ!」


 眼下に背中からひっくり返っているパルパウを見やり、高らかに宣言する。

 新しい土魔法を披露する絶好の機会だ。




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