第388話園児vs白い怪獣




 湖の水面に浮かぶ透明壁スキルの囲いの中で、巨大生物と相対する一人の幼女。



 その巨大生物は、青白い色をした、見た目ウー〇ールーパーのパルパウ。

 その全長は10メートル程で、二本足で立ち、眼下の幼女を見下ろし威嚇している。


 対して、


 そのパルパウに臆することなく眼前に立つ幼女は、元Aランク冒険者のナジメ。

 身長は凡そパルパウの1/10で、その姿は黄色い帽子と白いシャツと紺の肩掛けのスカートだった。


 まるで母親と入園式を終えた園児、その帰りと言った様相だ。



「いや、いや、それだと私がお母さん役になっちゃうって。まだ子供なんて早い、か、ら?…… うううっ……」


 なんて、自分に突っ込みながら、ちょっとだけ落ち込む。


 元の年齢だったら、ナジメぐらいの子供がいてもおかしくはないのだから。



「って、それよりもナジメの戦いを見守らないとっ! でもあんなに体格差があると不安になるんだってっ! あ、これがもしかして、母性本能?」


 更に余計な事を考えてしまう。


「あ~、もうっ! 信じて待つって決めたんだからそれに従おうっ! 相手はただの時代遅れのウーパールー〇ーなんだから、大した事ないってっ!」



 そう言い聞かせ、透明壁の上にドカと腰を下ろし、眼下に注目する。


「よし」


 これは何があっても動かないと決めた、私なりの意思表明みたいなもの。

 だから体だけではなく、心も動かないと決心した。


 それは信用に足りえる実力が、ナジメには備わってると知っているからだ。



――



「なんじゃ、わしが怖いのか? 水中でお主に一撃喰らわせたわしの事を」


 パルパウは両手を広げて威嚇の雄叫びを上げるだけで、仕掛けてくる気配がない。



「あれか、得意の水中でわしを攻撃して吹き飛ばしたはいいが、その後もこうして無事に立っているのが不思議と考えておるのじゃな? こんな小さな存在がなぜ平気だと」


『プギャァ――――ッ!!』 


 わしの問いかけに、パルパウはひと際大きい雄たけびを上げて答える。



「やはりそうなのじゃな。でもそれは仕方ないのじゃ。わしはお主が戦ってきたどの魔物よりも強い。そして固く頑丈なのじゃ。ではおしゃべりも飽きたからこちらから行くのじゃっ!」


 言いたい事を言い終え、開始とばかりに魔法を唱える。

 

 5センチ程の3桁を超える水滴が、わしの周りに浮かび上がる。



「それじゃ行くのじゃっ! 『水鉄砲【乱】』じゃっ!」


 両手を掲げて、待機させていた魔法を発動させる。


 ピピピピピピピュンッ! ――――――

 ピピピピピピピュンッ! ――――――


 浮かんでいた無数の水弾がパルパウに襲い掛かる。


 ズドドドドドドドッ! ――――――

 ズドドドドドドドッ! ――――――


『プギャァ――――ッ!!』 


 それを全身に喰らい、堪らず絶叫するパルパウ。

 青白い体に無数の穴が開き、全身を血で染める。



「うぬ? やはり貫いたのは表皮だけで、中には届いておらぬか」


 血だらけながらも、弱った様子のないパルパウ。


「深水の水圧にも堪えうるのじゃから、それは当たり前じゃったな。ぬっ!?」


 今まで威嚇だけだったパルパウが攻撃を仕掛けてくる。

 全身を傷をつけられたことにより、困惑よりも怒りが勝ったようだ。



 ヒュン ヒュヒュンッ!



「おっと、触手は地上ではあまり動かせないのではなかったのかっ!」


 バチンッ!


 わしはそれを見て、慌てて駆けだす。 

 立っていた地面を、1本の触手が打ち付ける。


「なるほどっ! 地上ではムチの様に使うのじゃなっ! やるのじゃっ!」


 引き戻した触手を見て、感心する。


 水中と地上ではそれぞれ使い分けをしているのだと。

 それが苦手な陸でも戦える方法なんだと。



「じゃが、そんな速度ではわしは捕まらないのじゃっ!」


 襲い掛かる触手を避けながら、次なる魔法を炸裂させる隙を伺う。


「乱発がダメなら、次は――――」


『プゴォ――ッ!』


 ヒュヒュヒュンッ!


「ぬっ!?」


 避けながら、攻撃の時機を計るわしに更なる触手が襲ってくる。 


 ヒュン ヒュヒュヒュンッ!


「こ、今度は数を増やしてきおったのかっ! ぬあっ! 危ないのじゃっ!」


 最初の1本から3本に、触手を巧みに扱い、パルパウはわしを追い立てる。

 


『プギョ――ッ!!』


「こ、これはさすがに逃げきれないのじゃっ! 『水風船』」


 わしは、わしと同サイズの水の球を20出現させる。

 その水の玉の表面には反射したわしが映り、本体の姿を紛らわせる。



『よし、これであ奴が他を攻撃しているうちに、デカいのをお見舞いさせてやるのじゃ』


 そんなパルパウは触手を6本まで増やし、片っ端から水風船を破壊していく。

 わしは更に水風船を増やしながら、強烈な一撃を入れる絶好の機会を伺う。



『今度の魔法は時間がかかるのじゃ。もう少し水遊びしておるのじゃ』


 みるみるうちに、数を減らしていく水風船。

 それを補充しながら、次の魔法を練る。



「よし、準備完了じゃっ! これでお主に風穴を―――― なっ!?」


 ギュルッ


 1本の触手が伸びてきて、わしの足首に巻き付く。

 数多の水風船の間を迷いなく掻い潜り、わしを一直線に目掛けて。



「ぬおっ! まさかわしの姿ではなく、気配を追ってきたのかっ!」


 そのままグッと引き寄せられ、パルパウの目前に宙づりにされる。


『プヒャ――――ッ!』

「うぬ、外れぬのじゃっ!」


 足首に巻かれた触手に手を掛けるが、解ける気配がない。

 ヌルヌルとしているが、ガッチリと捕まえられている。



「うぬぅ~っ!」


 良く考えればそうだった。


 元々パルパウは触手を伸ばして、疑似餌に魅せて相手を捕まえることが出来る。

 なら、相手の姿が見えなくても、触手には相手を感じ取る気管があってもおかしくない。



「く、考えが浅かったのじゃっ! こ奴は生粋のハンターなのじゃっ!」


 宙づりにされたまま、目の前のパルパウを睨みつける。


『プギャッ!』


 するとそれに反応するかのように「グン」とわしを、自身より宙に釣り上げる。



 そして、そのまま――――



 ビュンッ!


 ドガッ!


「うがぁっ!」


 地面に向かって、高速で叩きつけた。



『プギャッ!』


 ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!


 一度では怒りが収まらないのか、何度も地面に叩きつける。

 止めを刺す為に、執拗に触手を振り回す。


「がっ!」「むがっ!」「ぐがっ!」「うごっ!」


 わしは叩きつけられるたびに、苦痛に悲鳴を上げる。


 ねぇねがわしの為に作ってくれた、魔法壁に叩きつけられながら。


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