第386話釣って釣られる幼女




「で、何か良い作戦あるの? ここのぬしを捕まえる方法が」


 自分で出した案に、上機嫌なナジメに尋ねる。


「うむ、それなのじゃが、ちょっと待ってくれなのじゃ?」


 ゴソゴソと腰のポシェットを漁り始める。

 あれやこれや言いながら。



「うむ、あったのじゃっ! で、次は――――」

「ん? それってロープ?」


 最初に出した物を見て聞いてみる。


「む? そうじゃよ。で、それに付けるエサは――――」


 答えながら、またゴソゴソと探し始める。


「エサ? もしかして釣り上げるつもりなの? そんなロープで?」

「そうじゃよ? わしはそれで大物を釣った事があるからのぉ!」


 探すのを止めて、自慢げに無い胸を張る。

 続けて、


「それにこれはただのロープではないのじゃ。強靭な糸を持つ、蜘蛛の魔物の素材から出来ておるのじゃ。この湖の魚ぐらいなら問題ないじゃろ」


「へ~、そんなのあるんだ。さすがは元高ランク冒険者だね。それで、エサは見付かったの?」


 話ながら、まだポシェットを漁っているナジメ。


「うむ、それが以前に、血抜きしたクマの魔物を入れておいたのじゃが、どうやら食べてしまったようじゃな。コムケの近くの森で狩った物じゃったが、どうしたものか……」 


 う~ん、と顎に手を当て悩み始める。

 もう当てがないんだろう。



「…………なら、私が持ってる魔物あげるけど?」


 なので、そんなナジメに見かねて、そう提案する。


「ぬ? ねぇねは何を持っておるのじゃ?」


「そうだね、オークとか、トロールが多いね。後は大きな虫と、ログマさんのとこで買った、加工済みのお肉があるけど。あ、あと素早いウサギのがあったね。名前忘れたけど」 


「そ、そうか、ならオークが欲しいのじゃっ! トロールではさすがにデカすぎるかもじゃからなっ! それとねぇねの収納魔法は、時間経過がなかったのじゃな?」


「そうだね。一応収納した状態で残ってるけど」


 キラキラと期待の眼差しを向けるナジメに答える。


「おお、さすがはねぇねじゃっ! それなら新鮮な極上のエサになるのじゃっ!」

「そう、それは良かったね。ならもう準備をしたら、みんなも作り始めてるし」


 森の近くのみんなを見渡して、そう話す。 


「うむ、わかったのじゃ。それじゃオークを出すのはちっと待ってくれなのじゃ」

「うん、別にいいけど」


 私に声を掛けて、トコトコと湖の際より少しだけ後ろに移動するナジメ。


「よし、いくのじゃっ!」

「ん?」


 止まったところで、手を挙げ何かを唱えると、ナジメの足元からアーチ状に地面が伸び、そのまま湖に向かって足場のようなものを作り上げていく。


「おぉ~っ!」

「むふふ~っ!」


 それは高さが湖面から10メートル程で、長さが50メートル程の、

 土で出来た橋だった。幅は約2メートル程だ。


「それじゃ、この橋の突き当りまで来てくれなのじゃっ!」

「うん」


 ナジメの魔法でできたばかりの橋を二人で渡っていく。

 湖面を覗くと、キューちゃんたちが首を傾げてこっちを見ていた。





「ねぇねよ。ここにオークを出してはくれぬか」

「うん、わかった」


 橋の末端まできたところで、ナジメに頼まれる。

 なので、未だに血糊の残る生臭いオークを一体、橋の上に出す。



「で、そっからどうするの? 竿とか針とか必要じゃないの?」

「針は元々持ち歩いているのじゃ」


 そう言いポシェットから、ナジメの身長の半分ぐらいの針を出す。


「おお、随分とデッカイね。で、釣り竿は?」


 早速、ロープを針とオークに結び付けているナジメに聞く。



「竿はわしじゃよ。わし自身じゃよ」

「はあっ?」


 エサにも結び終えたナジメは、今度は自分の腰にロープを巻き付けていく。


「………………」


 もしかしなくとも、そう言う事なんだろう。



「これで獲物が掛かったら、わしが引き上げて魔法を撃ち込んで終わりなのじゃっ!」


 準備が終わり、ドンと自分の胸を叩いて、声高らかに宣言する。


「いや、いや、ナジメが引き上げられるほど、主が小さいとは限らないからねっ! きっとナジメが思うよりも大きいと思うよっ!」


「ねぇねや。わしはこれで何度も大物を釣ってきたのじゃっ! そもそもわしが魚類なんぞに後れを取るわけないのじゃっ! ぶっこ抜いてやるのじゃっ!」  


 ふふんと鼻を鳴らして、何やら自信満々なご様子だ。

 腰に手を当て、ふんぞり返っている。



「魚類って、う~ん、そこまで言うんなら………… いいかな」

 

 そのどこからくるかわからない自信の根拠は、きっと今までの経験に裏打ちされたものだろう。


 だからそんなに心配しなくてもいいのかな?

 ナジメの魔法もあるし。



「それじゃ、のんびり釣っててよね。私はみんなのところに戻るから」


 軽く手を振って、ここを去る事を伝える。

 釣りなんて、結構時間がかかるし、気長にやるものだしね。 



「うむ、期待して待っておくのじゃっ! 極上の馳走を釣ってやるのじゃっ!」


 そんなナジメの明言を聞いて、私は踵を返し歩いていく。



『あ、もしナジメが釣り上げたら、ここならみんなに丸見えだよね? なら目隠ししておこう。ナジメもみんなに見せてびっくりさせたいだろうし』


 ここにいてもナジメを手伝えることはないので、歩きながら湖とみんなの前に、スキルで壁をパーテーションのように作っておく。


 これなら見えないし、みんなも調理に専念できるだろう。



 なんて、一人満足して歩いていると――――


「ぬおっ!」


「ん?」


 すぐさま背後から、ナジメのくぐもった声が聞こえてきた。


「え? もしかして、もうかかったの? さすがは釣り慣れているんだ」


 なんて、話ながら後ろを振り向くと、主らしきものと奮闘する幼女がいた。


「おおっ! ナジメ頑張れっ!」

「ぐぬぅ、た、たかが魚のくせしてっ! あっ!?」

「え?」


 シュンッ!


 一瞬にして、目の前からロープを持ったままのナジメの姿が消える。

 そして真下から、ジュボと何かが落ちる音が聞こえてきた。


 なんの力の拮抗もなく、簡単に引き込まれていった。

 ぶっこ抜くと意気込んでたのは誰だったろう。



「はぁ? って、ナジメが釣られてんのっ!?」

 

 タタタッ


 急いでナジメがさっきまでいた場所まで戻り、橋の下を覗き込む。


「ナジメ~っ! 大丈夫っ!」


 湖面に向かって、慌ててナジメの名前を叫ぶ。


「って、もう見えないっ! 水の中に引き込まれたっ!?」


 だけど叫んだ先には、緩やかに波紋が広がる水面があるだけだった。



「は、早く助けに行かないとっ! 水中戦はあまり得意じゃないけど、そんな事は言ってられないっ! …… ってあれ?」


 覚悟を決めて、飛ぶ込もうとした瞬間。ふと、ある物に気付く。



「え? これって、ナジメのロープ?」


 それは橋の隅で結んである、ナジメを縛っていたロープだった。

 そこを辿ると、どうやら水中まで伸びているようだ。


 きっとナジメはある程度の危険を見越して、保険で結んでおいたのだろう。

 まぁ、これでは長すぎて意味ないけど。



「で、でも、これを引っ張り上げれば、ナジメも主も一気に釣り上げることが出来るっ! よ、よし、気合入れて引っ張ろうっ!」


 湖面に向かって伸びているロープを強く握り、グッと力を入れる。

 なんだけど、固くて全く引き上げられない。



「こ、これは中々重いねっ! し、仕方ない、あれを使おうっ!」


 『Safety安全 device装置 relea解………』


「ん?」


 ピシュンッ

 

「えっ! あ、危なっ! 何か飛んでったっ!?」


 ロープを握る私の前髪を掠って、何かが上空に飛んでいく。

 気付くのがもう少し遅れてたら、おでこに激突するところだった。



(うぬ~っ! 奴めわしを弾き飛ばしてからに~っ!)


 その上空では聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ナジメっ!? なんで?」


 見上げると、ロープに絡まり、ジタバタしている小さな姿が見えた。



(ねぇねっ! そこも危ないのじゃっ! あ奴は怒っておるのじゃっ!)


「え? なんて~?」


 何やら叫んでいるが、飛ばされた影響なのか、クルクルと回っていてよく聞き取れない。


「そこも危ないのじゃ~っ! 逃げるのじゃっ!」

「危ない?」


 今度は落下してきて距離も近づいたので、幾分聞き取れた。

 

「危ないって、ここって湖よりかなり上だよ? 一体何が」


 確認の為に、橋より顔を出して水面を見てみる。


 すると――――


「え?」


 湖面が大きく膨らみだした瞬間、そこから破裂したように何かが飛び出る。 

 そしてその勢いのまま、私の立っている橋に激突し、


 ドゴォ――――ンッ!


「わっ!」


 ナジメの作った橋の瓦礫と共に、私まで空中に弾き飛ばされる。



「びっくりした~っ! もしかして主なのっ!?」


 スタッ


 空中で態勢を立て直し、透明壁スキルで足場を作り、その場に留まる。 



「って、今はそれよりもナジメにも足場を…… あ、違うっ! ナジメだけじゃダメなんだっ! ロープで繋がってるんだったっ!」


 なので、このままだとナジメも一緒に落ちる。

 主が水中に落ちたら必然的にそうなってしまう。



「だったら、あの主を水中に戻れないようにすればいいんだっ!」


 即座にそう判断して、飛び出て来たであろう巨大生物とナジメの真下をスキルで覆う。

 これならロープの長さも足りて、相手を逃がさないで済む。 



「ふぅ、何とか間に合ったよ。ナジメも大丈夫?」


 ナジメの乗ったスキルを操作して、私の隣に並べる。

 ロープは未だに繋がったままだ。



「うむ、助かったのじゃ、ねぇねよ。あ奴はわしが引きずり込まれた時に魔法を撃ち込んだら、怒り狂ってわしを弾き飛ばしたのじゃよ」


 濡れた髪をペタペタと触りながら、そう教えてくれた。


「そうなんだ。でも無事で良かったよ。本当に焦ったからさ」


 話ながらナジメにタオルを渡す。


「ありがとうなのじゃっ! ねぇねよ」

「うん、いいよ。それにしても、湖の主って――――」


 ナジメと私を弾き飛ばした、今は湖面ギリギリに打ち上げられた生物を見る。



「はぁっ? こ、これが主なのぉ~っ!?」


 思わずその正体を見て叫んでしまう。


「うむ、間違いないと思うのじゃ。その大きさじゃし。凶暴だしのぉ」

「いやいや、そもそも魚じゃないじゃんっ! 見た事あるもん、絶対に魚じゃないってっ! だってこれって――――」



 まるでウーパールー〇ーにそっくりだもん。

 魚類じゃなくて、両生類だよ。


 まぁ、大きさは本来の50倍以上あるけど。

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