第383話ウトヤ湖の不思議少女




「ん? こんなところに人間がいる。珍しい」

「え?」


 絶望する私に声を掛けてきた一人の少女。

 湖から少し離れた、森との境界線からゆっくり歩いてくる。



「あなたは………… 誰?」


 声を掛けながら身構え、私も含めてみんなを透明壁スキルで覆う。 


 湖の後ろから来たであろうその少女は、背格好は幾分私より大きい。

 大体ナゴタとゴナタと同じぐらいだ。


 服装は森を歩くには相応しくない、ダボダボな桃色のストライプ柄の……

 パジャマ?

 そして手には、枕らしい同じ模様のクッションを抱いている。


 髪の色は墨で描いたような腰までの黒色。

 肌は白を通り越して、まるで石膏のような白色だった。


 どこか人間味が感じられない、無表情の少女だった。



「ん? マ、じゃなくて、あたしはメヤ」

「メヤ? 変わった名前だね」

「ん、そう?」

「うん」


 コテンと小首を傾げ、私を見るメヤと名乗る少女。

 そこには敵意や、殺意といったものは感じられない。


 けど――――



『見た目は全く違う。けど、どこか雰囲気が似ている』


 私はシクロ湿原で相対し、まんまと逃げられた、

 マヤと言っていた黒い少女を思い出す。

 


『だとしたら何が目的? 腕輪の回収? でも何故問答無用で襲ってこない?』


 メヤという、白い少女に注意を払いながら、シスターズたちの様子を伺う。


『………………』


 ユーアとハラミは、キョトンとした顔で話を聞いている。

 そんな一人と一匹は、特になんの反応も見せてはいない。


 ラブナは腕を組み、こっちの様子を伺っているようだ。

 なんか、目が少しだけ怖いけど。


 ナジメたち、高ランク冒険者組は、片足を後ろに引いて半身に構えている。

 いつでも動ける状態で待機しているのだろう。


『………………ううん』

 なので、目配せして今は動かない事を伝える。


「「「…………コク」」」

 それに対し、浅く頷く事で肯定するナジメ達。


 そんなナジメ達はその異質さに気付いたみたいだ。



 『私たちの意識外から突然現れた、その異常性に』




「それでメヤだっけ? あなたはどうしてここにいるの? ここってあんまり人が入らないって聞いてたんだけど。小動物や採取できる素材があまりいい物じゃないそうだから」


「ん。メヤはお昼寝に来た。シンリンヨク?」


「森林浴?」


「そう。魔物も少ないから、最適だと思った」


 そう言って、持っていたクッションに「ポフ」と顔を埋める。


 それはやはり枕だったらしい。

 で、それを見てパジャマを着ていた理由も理解す――――



「いや、いや、おかしいからっ! 普通、寝巻で森に来ないからっ! しかも枕を持参って、どんだけ寝る気でここまで来てんのっ!?」


 枕に顔を埋めるメヤに突っ込む。

 正直、理解なんて出来るはずがない。



「え? 別にこれで来たわけじゃないから。着替えただけ」


 枕から目だけを覗かせて答えるメヤ。



「う、ま、まぁ、それでもおかしいけど…… でもね――――」


 クイクイ


「ねぇ?」

「ん? ユーア、どうしたの?」


 羽根を引っ張るユーアに振り向く。


「あのね、このメヤさんは大丈夫だと思うんです」


 私を見上げてそう訴えるユーア。


「なんで?」

「だって、ハラミも吠えないし、ボクも怖くないから」

「そうなんだ。なら大丈夫かな?」

「うん、メヤさんより、だってみんなの方が怖いよ? 今は」


 後ろをチラと振り向き、そう話す。


 確かにユーア以外は、未だに警戒を解いていない。

 その剣呑な空気を感じ取って、ユーアは少し怯えているのだと思う。



『それはわかる。悪意に敏感なユーアが言うんだから、きっとそうなんだろう。けど、ただ敵意や圧を感じなくても、この少女はかなりおかしいんだよね…… ただの実力者って訳じゃないと思う』


 それを感じ取ったからこそ、ナジメ達はすぐさま警戒態勢を取ったのだから。

 まぁ、ラブナの態度は良く分からないけど。



「それで」

「うん?」

「メヤは理由を話した。あなたたちは?」

「ん、あ~、え~とね…………」

「ボクたちはね、ぴくにっくに来たんだよっ!」


 私の代わりに、嬉々としてここに来た理由を話すユーア。


「そう。それは楽しそう。でも蝶の女の子は悲しそうな顔してた」


 ユーアから視線を外して、私を見る。


「う、うん、それはね、ここに連れてきた、カエルの魔物がいなくなっちゃったみたいなんです。それで落ち込んでいるんです」

「ん? カエルの魔物って…… キュートード?」

「うん、そうです。それで――――」


「あ、ここからは私が話すからいいよユーア。ありがとね。で、みんなも楽にしてていいよ。ユーアの言う様に大丈夫みたいだから」


 ユーアを撫でながら、みんなにもそう伝える。


「うむ、わかったのじゃ、ねぇねよ」

「「はい」」


 高ランク組の3人は、それで力を抜き自然体になる。

 ただし、メヤを見る視線と表情は鋭いままだったけど。



「で、なんでラブナは腕を組んでおっかない顔してんの?」


 なぜか腕を組み、いつもの仁王立ちのままでメヤを睨むラブナ。

 臨戦態勢にしても何にしても、それじゃ初動に影響あるんじゃないの?



「え? ア、アタシは、またスミ姉に悪い虫が、そ、そのぉ…………」

「ん?」


 何やらモジモジと下を向いて言っているが、良く聞こえない。

 

 なんか私に虫がどうとか言ってるけど。

 まぁ、蝶だけにそこは否定できないけどね。



「んじゃ、ちょっと中断しちゃったけど訳を話すよ」


 待たせていた、メヤに向き合い声を掛ける。

 

「ん」


 そんなメヤは大人しく、私たちの話を見ていた。

 僅かに口元に笑みを浮かべながら。



―・―・―・―・―

  


「――――とまぁ、そんな訳で私のキューちゃんがいなくなったんだよ」

「ん」


 メヤに話を終え、湖に目を向ける。

 それを聞いて短く返事をし、メヤも私と同じように湖を見る。


『はぁ~』


 本当だったら今頃、みんなでキューちゃんと遊んでいたのに……

 なんて、遠い目をして湖面を見つめる。


 

「ん、なら大丈夫。かも?」

「え?」

「全部が無事かは保障出来ない。けど」

「どど、どういう事っ?」


 タタッ


 予想もしなかったキューちゃん生存の可能性の話に、

 通過を使って透明壁を出て、メヤに詰め寄る。


 

「んっ! ちょっと近いっ」

「そんなのいいから、さっきの話を詳しくっ!」


 私との距離に珍しく慌てるメヤ。

 それを聞いて、更に距離を詰める。


 だって今日一番重大な事だから。



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