第382話絶望する蝶の英雄




『いっそげ~っ! 最速でっ! 最短でっ! 真っすぐにっ! 一直線にっ!』


 私はスキルを操作し、ウトヤの森の中に突っ込む。まるで巨大な弾丸の様に。

 森の木々や細い枝にぶつかり、辺り一面に派手に散らすが、今はそんな事を気にしてられない。



「ちょ、ちょ、ちょ、スミ姉っ! 一体どうしたのよっ!」


 透明壁スキルの内部が揺れる中、ユーアとハラミに掴まっているラブナが叫ぶ。


「どうしたも何も、あの子たちが危ないんだよっ!」

「はぁっ!? あの子たちってなによっ!」

「せっかくみんなにも会わせようと思ってたのに―――― あ、湖が見えたっ!」



 森の中を突っ切る事数十秒。

 視界がパッと開けて、青い空とそれよりも濃い、湖の水面が視界一面に広がる。



「よし、着いたっ!」


 スタッ


 みんなが乗った透明壁スキルを湖の少し手前に止める。

 そして一人飛び降り、一目散に湖畔に駆け寄る。


 そして、


「ねぇ~、みんなぁ~っ! 約束通りに私が来たよっ!」


 広大なウトヤの湖に向かって、手を頬に当て大声で叫ぶ。


 し~~~~~~ん


「ねぇ~、怖くないから出てきて~っ! もう大丈夫だからね~っ!」


 し~~~~~~ん


「わ、私の仲間も連れてきたんだよぉ~っ!」


 し~~~~~~ん


「あ、あんなにいたのに、みんな一体どこへ…………」


 湖を見渡して小さく呟く。


 つい先日まではここにいたはずなのに、今は水面が緩やかに揺れるだけ。

 所々に広がっていた、色とりどりの花の姿が見えない。



「や、やっぱりみんな、ゴナタが言ってた、この湖のぬしの魔物に――――」


 ガクンッ


 私はショックのあまり膝から倒れ両手をつく。


「ううっ……」


 もっと事前に調べていたらこんな事にはならなかった。

 恐らくゴナタが言っていた、この湖の主の餌食になったのかもしれない。


 だって、あんなにいたみんなが、全員いなくなるなんて……



 トテテッ


「スミカお姉ちゃんっ! 突然どうしたのっ!」


 膝を付き、放心状態の私の傍らにユーアがやって来る。


「スミ姉っ! あの子ってどこ?」

「お姉さま? 一体どうしたというのですか?」

「お姉ぇっ!」

「ねぇね……」


 そして、ユーアに続き、みんなも私の周りに駆け付ける。



「あ、あのさ私、みんなにも会わせたくて連れてきたんだよ。でも、みんないなくなっちゃった。きっと食べられちゃったんだ……」


 俯きながら、ポツリとその理由を話す。


「え? 食べられたっ!? それがさっき言ってたあの子なのっ!」


 ラブナがその話を聞いて驚愕する。


「うん、だってたくさん連れてきたもん。でも今はいないんだもん……」

「連れてきたって、一体誰の事よ?」

「え? それはもちろん、キューちゃんたちだよ」


 顔を上げてラブナの質問に答える。


「キューちゃん? それってどこの子なの? そもそも人間なの?」

「違うよ。キュートードのキューちゃんだよ。ラブナもこの前会ったでしょ? 私、シクロ湿原から連れてきたんだ。みんなに見せたくてさ……」


 しずかに波打つ湖に視線を移す。

 昨日はキューちゃんの花があんなに咲いていたというのに。



「はぁっ!? って、理由はわかったけど、みんなってどれくらいなのよ?」 

「100匹」

「ひゃ、100匹っ!?」


 その数を聞いて、更に驚くラブナ。

 マジマジと私の顔を見ている。



「あ、あのぉ、そのキューちゃんって誰なの? スミカお姉ちゃん」


 おずおずといった様子で、ユーアが話に加わる。

 

「う、うん、あのね、ユーア。キューちゃんはね――――」

「ユーア、キューちゃんはただのカエルの魔物よ。ただスミ姉が異常に執着してるけど。それとかなり美味しいわよ、色んな料理があってねっ!」

 

 なぜかラブナがユーアに指を立てて説明する。 

 しかもそんな食材だけな言い方って……


『う~ん……』


 もっとキューちゃんの魅力を伝える言い方ってあるよね。

 私だったら余すことなく、その可愛さを伝えられる。


 それでも、まぁ、絶品なのは認めるけど……



「美味しいの?」

「へ?」

「キューちゃんって、美味しいの? スミカお姉ちゃん」

「………………うん」


 ほら。

 ラブナがそこを強調するから、ユーアが食いついちゃったよ。

 ユーアもみんなも少しだけど食べた事あるけど。



『それにしても、みんな食べられちゃうなんて…… こんな事になるんだったら連れて来なければ良かったよ……あっちで幸せに生きてて欲しかったよ。 ごめんね、キューちゃんたち……』


 私はあの愛らしい姿を思い出して、心の中で懺悔する。

 鳴き声も仕草もあんなに可愛かった、たくさんのあの子たちに謝る。


 私のせいで、儚くて小さなたくさんの命を散らせてしまった事に。



『はぁ…………』


 あの日。

 みんなが食材集めに行く事になったあの日。


 みんなより先に出かけ、キューちゃんのいるシクロ湿原ではなく、先にノトリの街に直行した。

 その理由は、街のみんなにキューちゃんたちの生態を教えてもらう為だ。


 シクロ湿原だけしか生息出来ないかとか。

 他の水辺でも大丈夫かとか。

 気候の変化とか水質はどうとか。

 何を主食にしているのだとか。

 勝手に連れて行っていいのかとか。

 繁殖に気を付ける点はどこかとか。


 私はキューちゃんを連れてくるにあたって、色々と情報を仕入れたのだ。

 あしばり帰る亭の料理長や、お土産をもらった街の人たちに聞いて。


 

『うう、透明壁スキルに入れて、せっかく慎重に連れてきたのに。みんなにも見て欲しくて頑張ったのに…… なのにこんな結末なんて、異世界は残酷だよぉ~』



 もちろん、外敵の事は頭にあった。

 どう見ても、あの愛らしいキューちゃんたちに身を守る術はないからと。


 なので、ここの湖の一部を透明壁スキルで覆い、その中にいてもらっていた。


 ただし、水中深くまではスキルで覆ってはいなかった。

 キューちゃんだって水の中で遊ぶだろうし、窮屈な思いをさせたくなかったから。



『きっと、それが裏目に出たんだね。もっと過保護になってたらこんな事にはならなかった。いくら繁殖能力が高いって言っても、一匹残らずいなくなったら、もうダメだよね……』


 顔を上げて、ウトヤの広大な湖の水面に視線を移す。

 太陽の光が反射して、キラキラと輝いていた。


 本当だったらそこに、色鮮やかな花が咲いていたはずだ。

 可愛いキューちゃんたちがみんなで合唱をしながら、さも楽しそう。



『みんなに紹介したくて、私は一日走り回ったって言うのに…… はぁ~』


 私は人知れず、自分の迂闊さと愚かさを呪った。

 あんなに小さくて、か弱い生き物を守れなかった事に。



 そんなこんなで初めてのキャンプは、私にとって最悪な初日を迎えたのだった。



 そう思っていたんだけど――――


 ザザッ


「ん? こんなところに人間がいる。珍しい」

「え?」


 ただしそれは、森の中から現れた、一人の少女によって救われる事になる。


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