第381話空の旅と新たな食材
「空を見ていて思い出したのですが、お姉さま。こんな話を聞いたことがありますか? ある村で家畜がいなくなるお話なのですが」
「うん?」
ユーアとラブナがハラミと遊んでいるのを見ていると、私のカップに紅茶を注ぐナゴタが唐突にそんな話を切り出す。
私たちは今はウトヤの森を目指して、空中を透明壁スキルで移動中。
そのスキルの上では、いつものテーブルセットを出してお茶している最中だ。
空から見渡せる、長く続く街道や草原。遠くに見える森や山岳地帯。
そんな景色も2時間も堪能したのだから、さすがに飽きる。
今はそれぞれが好きな事をして時間を潰していた。
そんな中で、ナゴタが声を掛けてきた。
「うん? それってどんな話?」
私も特にする事もないので、ナゴタに視線を移しその話に乗る。
「はい、何でもここ数週間。南西に凡そ5日ほどの高原にある村なのですが、そこで家畜が頻繁に襲われ、連れ去られているそうです」
ナゴタも自分の分の紅茶を注いで、私の隣に座る。
「家畜って、名前は?」
「はい、家畜はミーノですね」
「ミーノ? って初めて聞いたなぁ。どんなの?」
「え~と、馬よりも太っていて、白黒な姿です」
「白黒?」
う~ん、名前は違うけど、これって『ウシ』だよね。
かなり典型的な模様だけど。
「ウモ~って鳴く? それと大きなお乳からミルクが採れたりする?」
鳴き真似をしながら、たゆんたゆんと手で胸を揺らす振りをする。
「え? は、はいっ! その通りですっ! そのミーノから取れるミルクを特産としている村なのですが、最近魔物に襲われて数を減らしているそうです」
「魔物? 種類は」
ナゴタの視線が一瞬だけ「えっ」てなったけど気にしないで先を進める。
「はい、魔物なのは間違いないそうですが、ギルドで小耳に挟んだくらいで、その正体までは話していなかったですね、すいません」
申し訳なさそうに目を伏せるナゴタ。
「うん、別にいいよ。遠い村の話で情報も遅いんだろうし、でもありがとうね」
そんなナゴタにお礼を言う。
きっとこの話題は、暇を持て余してた私を気遣ったんだろうし。
「いいえ、とんでもございません。あ、でも――――」
「ん?」
「その正体はわからないですが、ミーノをさらった時の痕跡が無いそうですっ!」
思い出したかのように、ふと顔を上げるナゴタ。
さっきよりもテンションが高い。
「そうなの? 足跡とかも」
「はい、地面にもどこにもそれらしいものがなかったそうですっ!」
「え? そうなんだ。あんな大きい動物を攫うんだから、きっと襲ったのも大きな魔物だろうね。なのに痕跡がないって事あるんだね、だったらその場で丸飲みしたとかかな? あ、でも足跡ないんだっけ。う~ん、なんだろう?」
ただの暇つぶしのおしゃべりのつもりが、少しだけ興味が出た。
謎の魔物の存在と、それと新たな食材の発見に。
「で、そのミーノから採れるお乳…… ミルクは美味しいの?」
魔物もそうだけど、今の私にはこっちの方が気になる。
「はい、美味しいですよ。私もゴナタも飲んだことありますし。調理にも使われますし」
「へ~、それって冒険者で各地を回ってた時に飲んだの?」
「いいえ、子供の時が主ですね、私の住む街にも流通されてましたので」
なるほど。
なら幼少の頃のナゴタたちの住む街の近くに、牧場みたいなのがあったのだろうか?
じゃないと、運搬するのも大変だろうし、生ものだから長持ちしないだろうし。
いや、それよりも――――
「ナゴタたちは、そのミーノのミルクを子供の頃からずっと飲んでたの?」
「はい、ほぼ毎日飲んでましたね、ゴナタも一緒に。今も売っていれば飲みますよ」
「ふ~ん、子供の頃から姉妹で毎日ねぇ」
私はチラとナゴタの強調する、ある部分を盗み見する。
そしてそこまでに育った理由がわかった気がする。
『よし、これは一度見に行きたいねっ! ユーアや子供たちの成長にも良いだろうし、材料としても使えるだろうし、もちろん私にも最適なものだろうしねっ!』
私は大豆食品以外にも有効な食材を見つけて、更に希望を見出した。
これならランクアップ間違いなしだ。
※
「スミ姉っ! ほら、あそこじゃないの? 目的地のウトヤの森って」
ラブナが遠くを指差し振り返る。
「うん、あそこで合ってるね」
マップを視界に映して場所を確認して返事する。
うん、間違いなくウトヤの森だ。
「え? ラブナちゃんよく知ってたね? 物知りなんだねっ!」
その隣ではユーアがキラキラした目でラブナを見ていた。
凡そ、遠出する機会が少なかったユーアから見たら凄い事なんだろう。
「そ、そうっ? まぁ、アタシはユーアよりお姉ちゃんだから知ってるの当り前じゃないっ! これを機にアタシに色々聞いてもいいわよっ! なんでも教えてあげるわっ!」
それに対して腰に手を当て得意げに答えるラブナ。
ってか、この前、私と来たから知ってるだけじゃん。
「おおおっ! あそこが今回『きゃんぷ』をする森じゃなっ! 確かに来たことがあるのじゃっ! 魔物にも人に荒らされていない、きれいな森じゃぞっ!」
次いでナジメも、数百メートル先に見える森に視線を移す。
「そうだね、魔物も少ないみたいだね。いたとしても小動物系の魔物ばかりだし」
「うぬ、ねぇねは何度か来たことがあるのじゃな? その口ぶりだと」
「うん、今回で3回目だね。中も一応確認したし」
私を見上げるナジメに答える。
「私たちは初めてですね。お姉さまの言う通り、強い魔物が少ないので冒険者として来る機会がなかったです。なので今回は楽しみですね」
「アタシもナゴ姉ちゃんと一緒だなっ! あ、でも森にはいないけど、湖には凶暴な魔物がいるって聞いたことがあるけどなっ!」
「えっ!? そうなの?」
ゴナタの説明に驚き聞き返す。
「うん、ウトヤの湖が大きくて深いから、普段は見かけないけど、大型の魔物を一口で食べちゃうくらいにデッカイ
「………………マジ?」
「まじ? まぁ、聞いた話だから本当かどうかわからないなぁ。でも大型の魔物が少ない理由は、その湖の主がいるからって話なんだっ! 水辺に来た時に丸飲みしちゃうからってさ」
腕を頭の後ろに組み、ウトヤの森を見ながら説明をしてくれたゴナタ。
それを聞くと、確かに大型の危険な魔物が少ない理由の信憑性が増す。
『マジか…………』
私は遠目に見える森を見つめ肩を落とす。
まさか、そんな魔物が巣食う、危険な湖だなんて知らなかったよ。
そんなところに、みんなを連れて…………
「ああ、でもそんな魔物が現れても、アタシたちシスターズが返り討ちにしちゃうけどなっ!」
「そうですね、お姉さまの手を煩わせることなく退治しちゃいましょう」
「そうじゃな、わしもその時は手伝おうぞっ!」
「ボクも頑張るっ!」
「ア、アタシの魔法で丸コゲにしてやるわっ!」
『がうっ!』
森を見て固まった私を落ち込んだと勘違いしたのか、シスターズ全員から励まされる。
「あ、あのさ、私――――」
「なので、お姉さまもそんなに心配しないで大丈夫ですよ」
「そうだな、アタシたちは冒険者なんだっ! 危険な事は当たり前だっ!」
「そんなところに、――――」
「ねぇねや、そんな気に病むこともないじゃろ? わしもいるんじゃしっ!」
「スミカお姉ちゃん、みんなの言う通りだよ? だからねっ!」
「もう、そんな事ぐらいで凹まないでよねっ! スミ姉たらさっ!」
各々が、肩を落とす私を心配して声を掛けてくれる。
私の失敗を帳消しにする為に力を貸してくれる。
なんだけど…………
「ごめん、みんなっ! のんびり行くのはここまでだよっ!」
「「「へ?」」」
「今から全速力で湖に向かうからっ! 目一杯飛ばすから気を付けてっ!」
ギュンッ ――――
「「「えっ!? わわわっ!」」」
私は全力で透明壁を操作し、加速する。
ただ物理的に大きいし、全面を囲ってるから空気抵抗で思ったよりも速度が出ない。
なので、先端を三角錐▲に変えて、風圧の中を突き破るように突っ切る。
『ヤバいって、ヤバいよっ! みんなが危ないよっ!』
そしてその勢いのままに、森の中に突入した。
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