第376話SS蝶の英雄の訓練 その2




「一体何だっていうの。お腹は大きいし、みんなは疑うし。ん、おはよ~、ラブナ」



 台所から食堂へと移動し、一人椅子に座るラブナに手を振る。

 子供たちは隣のリビングで何やら騒いでいて、ここには誰もいなかった。



「ぐみげぇ~っ! もごもご~っ!」

「ん? 朝から何かの物真似? それよりもナゴタたちは? ユーアもいないけど。あ、ナジメは昨夜は晩ご飯食べて帰ったんだっけ」


 不思議な言語で話すラブナに首を傾げながら、ナジメ以外の居場所を聞く。


「ん"ん"ん"~っ!」

「お、お姉さま、おはようございます…… うううっ」

「お姉ぇ、お、おはよぉ、むぐぐ……」


 ラブナがもごもごしていると、ちょうど姉妹の二人が入ってくる。

 何やら辛そうに見える。



「ナゴタとゴナタもどうした…… あれ? ナゴタとゴナタだよねっ!?」


 苦しそうな表情もそうだが、二人のある部分に違和感を感じて聞き返す。



「は、はいそうです。私たち朝起きたら、こんな事に……」

「うううっ…… キツイよぉ」


 そんな二人は体を抱いて、少しだけ辛そうに見える。



 って、それよりも――――


「な、なんで二人は真っ平になってるのっ! 胸はどこいったのっ!?」


 二人の変貌した姿を見て、我を忘れて大声を上げる。



「ううう、締め付けが苦しいです…… 胸は大丈夫です」

「うう、胸がキツイぞ」


 そんな姉妹の二人は、アイデンティティである、Gランクの凹凸が無くなっていた。

 そして今は寸胴な体型になっている。


 その姿はまるでみたいだ。



『こ、これって………… もしかして?』


 次に、椅子に座って唸り声を上げるラブナを見る。


「ん"ん"ん"っ!」


 何かを訴える様に、必死に自分の口元を指さしている。

 ただし、その口元は動いてはいたが、口は開いてはいなかった。


『…………』


 ラブナの口元を見ながら、スキルを解除する要領で操作する。



「っ!? ぷはぁ~、ぷはぁ~、や、やっと喋れたわっ!」


 何度も息継ぎをして、涙目で復帰するラブナ。

 どうやらこれで話せるようになったみたいだ。


『…………』


 次にナゴタとゴナタの順に解除する。



「あっ! 急に楽になりましたっ!」

「ほ、本当だっ! 大きいのも嫌だけど、キツイいのも嫌だったなっ!」


 解除された姉妹の二人は、ムギュと両手で持ち上げて、安堵している様子。



『う~ん…………』


 何の事はない。

 3人とも透明壁スキルでいたずらされていただけだ。


 ラブナは口を覆われ、余計な事を話せなくして。

 姉妹は矯正下着の様に胸を抑え付けられて平らにされていた。



 ただ問題はそこじゃない。

 誰がやった? のかでもない。


 だって、解除できたんだから首謀者は私なんだもん。


 一番の問題は「いつ?」それと「なぜ?」だろう。

 そこを解決しないと、また同じ事が起きる。



『いつってのは、夜中に私が帰ってきた以降だよね? なぜ、ってのは――――』


 額に人差し指を当てて考え込む。


 すると、


「ス、スミカお姉ちゃんっ!」


 スタタタ――――


 隣の部屋で賑やかだった子供たちの間から、ユーアが私を見つけ駆けてくる。


「あ、ユーア、おは――――」

「これ、スミカお姉ちゃんだよね?」


 朝の挨拶を遮って、ユーアがモジモジと自分の頭の上を指さす。


 その指さす方向には……



「え? こ、これって、天使の輪。だよね?」

「う、うん。そう見えるよね」


 赤い顔で俯くユーアの頭の上には、煌々と光る輪っかが浮かんでいた。

 白のワンピースも相まって、本当の天使に見える。 


 だから子供たちは騒いでいたんだろう。

 その神秘的なユーアの姿を見て。



『こ、これは――――』


 【湾曲】+【鱗粉発光】+【追尾】の能力の3コンボだ

 完璧に天使の輪を再現している。



「ね、ねぇ、これ恥ずかしいから、もう取ってください、スミカお姉ちゃん」

「わ、わかった。なんか似合ってるけど、それじゃ外歩けないもんね」


 すぐさま、ユーアの天使の輪もどきを解除する。



「ありがとうスミカお姉ちゃんっ! あ、それと、いくら夜にお腹が減っちゃったからって、勝手に食べ物を食べちゃダメだよ? さっきお手伝いさんが騒いでたよ」


「え?」


「ハラミがね、黒いスミカお姉ちゃんが食べてたって、教えてくれたよ。それじゃボクはお手伝いに行ってくるねっ!」 


 輪が取れて、笑顔が戻ったユーアは、そう言って私のお腹を見ながら去っていく。


「黒い私?」


「お、お姉さま、そんなに空腹でしたら、私がご準備しましたのにっ!」

「お姉ぇ、いつでも言ってくれよなっ! 干し肉も持ってるからさっ!」

「スミ姉だったのね、犯人はっ! さっさと謝りにいきなよねっ! あと、お腹が胸より出てるわよっ!」


 ユーアの暴露話を聞いたシスターズは、それぞれに言いたい事を言っているが、私の耳には入ってこなかった。 


 去り際にユーアの言っていた、


 『黒い私』


 の単語が引っ掛かっていたからだ。



『はぁ~~、もういい加減受け入れよう。ってか、全ての証拠が私だって言ってるじゃん。朝起きたら違う部屋で寝ていたのも、食料を盗み食いしたのも、ナゴタ達にいたずらしたのも……』


 心の中で長い溜息を吐き、今までの罪を認める。



 ハラミが食堂で目撃し、ユーアにチクった『黒い私』は【暴食】

 そのせいか、食材を貪り喰ったから、お腹が大変な事に。


 そして、シスターズにいたずらしたのは――――


 こっちはハッキリと分からないが、何となく予想してみる。


 ナゴタたちの胸を平らにしたのは『白い私』の【嫉妬】

 その理由は言わないけど。


 次にラブナの口を塞いだのは同じく『白い私』の【憤怒】

 これは色々と辛辣な事を言われてるからだと思う。


「なんだけど……」


 ただ、なぜユーアに天使の輪を乗せたのかがわからない。



『え~と、出ていない色欲にも当てはまらないし、怠惰も違う。もしかして強欲? 私がユーアを天使にしたいって事? でもそれもピンと来ないな。う~ん、一体何だろう?』 



 ユーアだけは何故か、何の本能にも当てはまらない事に気付く。

 まさか天使になりたいだなんて、ユーア自身も思ってたわけではないし。


 まぁ、私は天使のような存在だって思ってたけどね。

 あの無垢な笑顔と、可愛い声も愛くるしい仕草も。



『にしても、やっぱりまだ不明な点が多い能力だよね。私以外の外部の思念を読み取ってる可能性もあるかもだし…… でも今回やらかしたのは、乱発し過ぎて脳処理のキャパを超えちゃったのが原因だと思う、頭重かったし。回数だったら補足があってもいいからね』



 後はバージョンが上がるのに期待するか、訓練でコツを掴めばいいかな? 



 そう締めて、私はみんなに事情を説明してごめんなさいする。

 ビエ婆さんたちがいる台所にも行って、平謝りをする。


 シスターズのみんなは私のいたずらって気付いていたらしいけど、この後に謝った、お手伝い組は少しだけ複雑な表情だった。


『うん、まぁ、ね、これは私が全面的に悪いよね…… げぷ』


 それはそうだろう。

 食料という物的被害を受けたのは、ビエ婆さん率いるお手伝い組だけなんだから。



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